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Da-iCE 花村想太らが新撰組の熱き想いを生きる。舞台『駆けはやぶさ ひと大和』開演! 「俺たちで“もののふ”は終わらせない!」

Da-iCE 花村想太らが新撰組の熱き想いを生きる。舞台『駆けはやぶさ ひと大和』開演! 「俺たちで“もののふ”は終わらせない!」

“もののふシリーズ”とは、波乱の時代を強く駆け抜けた武士たちを描く大ヒット舞台シリーズ。その最終章にあたる『駆けはやぶさ ひと大和』が2月8日から銀河劇場で上演中だ。新撰組の平隊士、中島登の目線から新撰組の新たな一面が清新に描かれる。今作で“もののふシリーズ”が終わるということで、名残惜しい気持ちをファンはどこに発散させたらいいのか……。とはいえ、最終章にふさわしいエネルギーを隊士たちは、我々の代わりに舞台上で激しく放ってくれるだろう。エンタメステーションのインタビューで“もののふシリーズ”すべてで土方歳三役を務めた荒木宏文は「新しい始まり」と答えていた。そんな言葉を信じて、このゲネプロのレポートをあなたに贈ろう。さあ、最終章の始まりへ、そして新しい始まりへ。いざ!

取材・文・撮影 / 竹下力

“もののふ”とは生きることがすべて

カーテンコールで鳴り止まない拍手の中、平隊士の中島登役・花村想太(Da-iCE)は、「本日はありがとうございました」と少し照れたように微笑みながら挨拶をした。ふと気づくと、泣き濡れた跡が残る服の袖口。何度、涙を流して目頭を袖で拭いただろう。何度、口を押さえて笑っただろう。何度、隊士たちと明日のために生きることを誓っただろう。

それは、近藤勇(的場浩司)の生き様に影響を受けて? 土方歳三(荒木宏文)の荒ぶる男の魂にか? 沖田総司(山本涼介)の病をおして可憐に戦う姿にか? 勝海舟(萩野祟)の新撰組に対する熱い友情にか? それだけではないだろう。舞台のすべての登場人物の演技、スタッフの妙技がそう感じさせてくれるのだ。ありがとう。そう叫びたくて心がオーバーヒートし続ける約2時間半。

舞台装置はシンプルでいて奥深い。つい先だって発表された、“読売演劇大賞”2018年で優秀スタッフ賞を受賞した乘峯雅寛の美術は、隊士たちの生き様を見事に描ききっている。

池田屋の襲撃から始まる物語に合わせたように、血しぶきが飛び散ったような灰色の壁がある2階建ての舞台、舞台右手に階段がある。左手の天井には若々しい枝木。それを見ているといつも桜吹雪が舞っているように感じさせるし、実際に様々なシーンで効果的に桜吹雪が使われる。幾つもの障子をパズルのようにスピーディーに組み合わせ、江戸末期のリアルなシーンを作り上げる手腕が見事だ。奥からライトを当てることで、障子の奥に隠れている登場人物や隊士(主に伝令役の花村想太)が幻想的な影絵になる仕掛けも美しい。
まるで障子を境に生死の狭間を表現したような脳裏に深く刻まれる舞台装置。

物語は、新撰組が解散した明治という時代から始まる。スポットライトが地面に当たり、そこが誰かのお墓だとわかる。そこでお参りをするのは、絵師でもあり、自称日本一ついてない男・中島登、勝海舟(萩野祟)、桂小五郎(中村亀鶴)、斎藤一(青木玄徳)たち。どうやら同窓会めいた雰囲気が漂う。どこか寂しさもあり嬉しさもある。すべてが良かったあの時代へ。すベての漢(おとこ)たちが色めきだっていたあの時代へ。中島登にスポットライトがあたり、彼は自ら描いたという絵をもとに過去を語り始める。

暗転すると新撰組が池田屋にいる桂小五郎を襲撃する事件の勃発だ。ひょんなことから、そこに巻き込まれた中島登は伝令役にまわり、桂たちをキリキリ舞させる。そこへ登場するのは、近藤勇や沖田総司、土方歳三ら新撰組の面々。

エンタメステーションのインタビューで荒木宏文は「例えば、昔の時代劇のような殺陣を好んで観ている人からすると、違って見えるかもしれませんね。2.5次元のバトルもの舞台が多い昨今、強い人は絶対に腰を落とさないと振れない武器を使っている訳ではないんです。強さのパラメータは、重い武器も片手で簡単に操れる、扇子のように軽々と振るから強いと納得される人が多いと思います。ですから、ズバズバ斬っている人を観て感動してくださったら正解かもしれません」と語っているが、まさに舞踏のように相手を斬る殺陣が続く。
何手の斬撃が飛び交うのかわからないスピードと迫力。前作では2000手に近いと荒木は言っていたが、この段階で、すでに数百手はあるだろう。劇場の音響の良さも手伝ってつばぜり合いの音がとても心地よく耳に響く。

桂小五郎の失脚の後、にわかに活気づく新撰組。しかし、開国という新しい時代の影は否応無く迫ってくる。中島登はそれを事細かく絵にしながら語っていく。まるで歌舞伎の狂言回しのように朗々と。そして徐々に新撰組に訪れる闇を紡ぐ。

そこで描かれるのは薩長の開国派と江戸幕府の対立。新撰組の活躍。紛争が影を落とす時代だ。栄光と没落がある。そして最後には諦念に満ちた新撰組内での粛清、つまり、内ゲバへ堕ちていく。そこには、現代にも、どこの国にも当てはまるリアリティーがある。ここに作の西田大輔の稀有な才能が垣間見える。「現代のノリ」を忘れないヒップホップのようにリズミカルなセリフ回しと当て書きのような人物設定で物語をスリリングに進めていく。

中島登の花村想太(Da-iCE)は語り部として、時に殺陣もこなしながら、ストーリーの展開を語っていく。座長として、時には影になって隠密行動をしながら仲間を引き立たせるが、決して目立たないわけではない。むしろ、彼の存在があの時代の不穏な影を表現している。闇があれば希望の光がそこにあることを丁寧に語っていく。

隊長の近藤勇の的場浩司はまさに漢だ。背中の背負った「誠」ですべてを語る。泣き笑いも潔い。この舞台の色彩を彩っているといっても過言ではない演技。

土方歳三役の荒木宏文は、寡黙でありながら、俳句が好きなお茶目な部分を見せるも、生きることの意味を我々に問いかける。殺陣はこのシリーズ3作とも土方を務めているだけあって、まさに土方がそこにいるとしか思えない。セリフもよどみなく、彼の才能に改めて惚れ惚れするばかり。

斎藤一を演じる青木玄徳は、一槍を激しく操る乱暴者という印象だが、近藤と土方に全幅の信頼を寄せているのがセリフの端々から感じられて舌を巻いた。そして時に見せる激情の表情がかっこいい。

沖田総司の山本涼介は真っ赤な鞘に収められた長刀を、彼のすらりとした体躯を器用に使い、まるでフラフープを操る新体操の選手のように美しく舞う。

乾退助役の越村友一は、薩長の開国派ではあるが、近藤たちの意気に理解を示す演技が感動的で、開国と新撰組の間でゆれ動きながらも、自分の信じた男の生き様をしかと客席に見せつける。

勝海舟の萩野祟は、開国派でもあり、新撰組、とりわけ近藤の友であり、江戸末期に蔓延していた時代への鬱屈と新しい夢の間にある、民たちの声にならなかった声を、声量豊かなセリフで存分に代弁してくれた。

桂小五郎役の二代目の中村亀鶴は、まさに歌舞伎役者らしく、見栄を切り、そして生きることの大切さを舞台から問いかける。彼の「舞」は見事だったし、セリフは感情表現豊かで淀みがない。

伊藤博文役の近藤頌利は、ずる賢さを見せながら、日本という将来を背負って立つ覚悟を見せる。この舞台では唯一のピカレスク役だが、現代の風刺のようなリアルな立ち姿はキラキラと輝いていた。

幕府軍であり、蝦夷共和国、のちの北海道の基礎を作る榎本武揚役の久保田秀敏は、土方に全幅の信頼を寄せながら、お互いのプライドをぶつけ合い理解し合う。まるで、高校野球の優勝決定戦のような土方との清々しいやり取りは見所の一つだろう。

対して、新撰組の隊士たちは、どこか影が薄いけれど、それを必死で隠そうとする島田魁役の林田航平は、見事にコメディーリリーフをこなして思わず笑ってしまう。

市村鉄之助役の杉江大志は、同じく隊士の兄を尊敬しながらも、剣の強さを羨む。そして、隊士で一番の剣の強さを誇る沖田総司に感情移入しブラザー・コンプレックスを感じさせつつもそれを必死に乗り越えようとする演技が涙を誘う。

横倉甚五郎役の健人は、同期の市村と中島と友情を交わし、そして新撰組という組織を余すことなく感情豊かに表現してくれた。とてもシリーズ最終章だけの出演とは思えない堂々とした演技で、インタビューで「ちょっと不安です」と語ったあどけない彼も、稽古や先輩たちに揉まれて、舞台でしっかりと躍動していた。

そして紅一点の中島の幼馴染である音海役の山下聖菜は、遊郭で色気を放つ女性というより、チャキチャキとした江戸っ子のおてんば娘といった趣で満面の笑顔を見せ、ピリピリした場を和ませてくれる役割をしっかりとこなす。

演出の西田大輔は、荒木が「西田さんは、いま劇場に足を運んでくださる方が面白いと思える作品作りを心がけていらっしゃるからですね」と言う通り、殺陣は言うまでもなく、舞台上で起こるすべてを、役者の役どころを、障子の動きやライトの使い方を、音楽の入れ方を理解しながら、江戸末期の荒ぶる時代を駆け抜ける隊士たちを存分に語り尽くし、見飽きることのない仕掛けを作っている。

さらに音楽も見所で、テーマソングのストリングスのアレンジが素晴らしい「終わりある旅」(作詞・花村想太、作曲・坂詰美紗子、編曲・Motokiyo)は、隊士たちの悲喜劇を十全に歌で表現していて、中島の演技と歌、2重の表現力に驚くばかりだった。挿入歌の平義隆による「遅咲きの蒼」(作詞・西田大輔、作曲・平義隆、編曲・内田敏夫)、同じく平義隆による「淡き花散りゆく前に」(作詞・作曲は平義隆、編曲・内田敏夫)、vagueによる「いろはにほへと」(作詞はshieとYu、作曲・編曲はYu)、どの曲も舞台を深く彩っていて、舞台のテンションをマックスに持っていく。歌を聴きながら彼らの生き様を見ていると涙が止まらない。たとえ客電がついても泣き止むことはできないのだ。なぜなら、心臓の鼓動はまだ止まっていないから。我々は明日へ向かって生きているのだ。

公演は、2018年2月8日(木)~2月18日(日)まで天王洲 銀河劇場にて。大阪公演は2018年2月23日(金)~25日(日)まで森ノ宮ピロティホールへと続く。

何度も言おう。“もののふ”はこれで終わりじゃない。「新しい始まりとしてみなさんに提示できる舞台にしたいと思います」と語った荒木のように(頼む、次も出てくれ!)、終わりなき始まりを提示している舞台だ。だから安心して思いっきり、笑って怒って、泣いてしまおう。“人が生きること”のすべてが詰まった舞台。そして劇場を出た後に、涙を拭いて肩で風を切って明日へ向かって歩けばいい。背中には「誠」の文字があなたにも浮かんでいるはずだ。

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