Interview

高野 寛が敏腕プロデューサーと組んだ新作『A-UN』で見せたシンガー・ソングライターとしての新しい表情。

高野 寛が敏腕プロデューサーと組んだ新作『A-UN』で見せたシンガー・ソングライターとしての新しい表情。

今年、デビュー30周年を迎える高野 寛のニューアルバムが早くも届いた。日本屈指のプレイヤー&プロデューサーである、Dr.kyOnと佐橋佳幸からなるユニット=Darjeelingが起ち上げた新レーベル、GEAEG RECORDS(ソミラミソ レコーズ)からリリースされた『A-UN(あ・うん)』がそれだ。Darjeelingのプロデュースによるアーティスト作品の第2弾に当たる本作は、高野 寛がアーティストに提供した楽曲のセルフカヴァーを中心に、ボブ・ディランの「時代は変わる」の日本語詞によるカヴァーや、新曲2曲を収録。名うてのミュージシャンたちとバンドスタイルの一発レコーディングで、新たな表情を見せる高野寛の歌と曲を聴かせてくれる。30周年イヤーに、シンガー・ソングライターとして深まる魅力を知らしめるアルバムをリリースした高野寛に訊く。

取材・文 / 佐野郷子 撮影 / 板橋淳一

ティン・パン・アレー世代の遺伝子を引き継いでいくセッションは、バンド感がすごくあった。

昨年10月に新作ミニアルバム『Everything is Good』 をリリースしたばかりですが、今回のアルバム制作の経緯は?

高野 寛 昨年秋のDarjeelingのアルバム『8芯二葉~WinterBlend』にゲスト・ヴォーカリストと作詞で参加した時に、Darjeelingプロデュースでアルバムをつくる話をいただいて。僕の新作とはアプローチがまったく違うので、それも面白いかなと思ったんです。

本作は、Dr.kyOn(Keybords)、佐橋佳幸(Guitar)、屋敷豪太(Drums)、高桑圭(Bass)という腕利きのミュージシャンとバンドスタイルでレコーディングしているのが特徴です。

高野 それが “GEAEG RECORDS”の主旨でもあるんです。70年代にあったティン・パン・アレーや細野晴臣さんのレコードをリリースしていたPANAM(パナム)いうレーベルのように、セッション・ミュージシャンたちによる良質な音源を今の時代にと、Darjeelingが立ち上げたレーベルなので。ティン・パン世代のミュージシャンとセッション経験があるのは、僕や高桑圭くんくらいまでで、その遺伝子を引き継いでいく挑戦でもあり、それが今、出来るのは貴重な経験だと思って。

参加ミュージシャンは高野さんとは気心の知れたメンバーですよね。

高野 4人とも以前からよく知っているし、セッションではあるけれど、バンド感がすごくあった。アレンジは3人で軽く詰めたけど、現場は細かいことを指示することもなく、おまかせでしたね。みんな自由に色んなアイデアを出してくるし、しかもそれが予想を上回ることも多くて。最初は僕もティン・パンの流れのもっとアーシーなシンガー・ソングライター然としたサウンドをイメージしていたんだけど、結果的にはそれぞれの得意分野が重なり合いつつ、このメンバーでしか成し得ないジャンルレスな部分も出せたかなと思います。

『A-UN』は高野さんがこれまで他のアーティストに提供した楽曲のセルフカヴァーが中心ですが?

高野 それも佐橋さんから出たアイデアだったんです。いろんな方々に提供した曲や共作曲を思い出す作業から始めて、その中から厳選した楽曲に加えて、このセッションに合いそうなオリジナルや、「時代が変わる」の日本語歌詞カヴァーも入れることになったんです。

セルフカヴァーもオリジナルの選曲もプロデューサーに委ね、思いきって“まな板の上の鯉”になってみようと思った。

年代順でいえば、1992年の高野寛・田島貴男名義のシングル「Winter’s Tale ~冬物語~」のカップリング曲「Affair」のセルフカヴァーがいちばん古い作品になりますね。

高野 この曲は隠れていたんです。シングルのカップリングだから配信もされていないし、ここで音源化することに意味はあるかなと。サビの歌詞は田島くんが書いていて、あのフェロモンがムンムンの歌詞を歌うのは以前なら少し抵抗があったのかもしれないけど、普段とは違うことをやってみることが今回のテーマでもあるので、自分が歌わないような歌詞をあえて歌うのもいいんじゃないかと。

当時の年齢ではやや大人びた歌詞のソフトロック系ボッサを、今や自然に歌えるようになった?

高野 ねぇ。あれからブラジル音楽も随分聴いたり、プレイしてきたので、こういう歌い方もこなれてきたんでしょうね。

アルバムの頭と最後を飾るインストの「Salsa de Surf 」は、cobaさんに書き下ろした曲だとか。

高野 cobaさんから発注された時は「サーフ・ミュージックをサルサで」というテーマだったんです。たまに自分でもプレイしていたんですが、今回の手だれのミュージシャンたちとやってみると楽しいだろうなと。サーフものは僕が影響を受けてきたギタリスト、大村憲司さんやCharさんなどがベンチャーズ世代なので、うっすら隔世遺伝しているんだと思います。90年代はエレキ・インストのカヴァーのイベントにも何回か出たこともあったし、その記憶を巻き戻しつつ。

矢野顕子さんとの共作「ME AND MY SEA OTTER」(『ELEPHANT HOTEL』1994年)は、坂本美雨さんがコーラスで参加しています。

高野 矢野さんのアルバムではコードネームが書き表せないような矢野さん特有の世界だったので、再解釈する必要がありましたね。一度僕がギターでカヴァーしてみて、さらにそれをDarjeelingに料理してもらいました。この曲を一緒に歌うなら美雨ちゃんしかないと思ったし、ゲストも話題性ではなく、必然性のある人にしたかったんです。僕が最初に美雨ちゃんと会ったのは94年頃で、その頃はTM NETWORKが好きな思春期の少女でしたけど、今ではお母さんになり、この絵本のような歌にぴったりだったんじゃないかと。

「上海的旋律【Shanghai Melody】」(『Lady Miss Warp』2002年)は、野宮真貴さんのアルバムに提供した曲ですが、「Winter’s Tale 〜冬物語〜」に続いて野宮さんとデュエット。これも必然性のあるゲストですね。

高野 中国の歌謡曲のコンピを聴きまくってつくった曲なんですが、作品としても気に入っていたし、去年から野宮さんとは一緒に歌う機会が多かったので、良いコンビネーションで歌えました。これは女性目線で書いた歌詞なんですが、自分で歌っても違和感がなかったのは発見でしたね。

意外なところでは、本木雅弘さんに提供した「Rambling Boat」。

高野 これは佐橋さんが「今の時代っぽい」と、歌詞をすごく気に入ってくれた曲。基本的にはセルフカヴァーもオリジナルの選曲もプロデューサーの二人に委ねたんです。今回は思いきって“まな板の上の鯉”になってみようと。

ギターと歌が一体化して、ようやく本当の意味でのシンガー・ソングライターになったのかなと思います。

あえて“まな板の上の鯉”になってみたのは?

高野 今回はDarjeelingのアンサンブルに乗っかって、自分は歌に集中してやってみようと思ったんです。だから、ギターはインスト以外は簡単なことしか弾いてない。ただ、他の人に提供した曲って体に馴染んでないから歌うのが難しくて、一ヶ月くらい自主トレしました。最近は新曲もレコーディングする前に必ずライブでやるようにしていて、「とおくはなれて」と「みじかい歌」の2曲はすでにライブでは歌っている曲なんです。

フォーキーなテイストの新曲「とおくはなれて」は新鮮ですね。

高野 新曲はそういう曲を選んでDarjeelingに聴いてもらったんです。自分でプロデュースするとどの曲が良いか分からなくなる時があるから、今回のようにプロデュースされるのは僕も新鮮だったし、プロデューサーの二人はアルバムの統一感を考えた上で、曲を選んでくれたんだと思いますね。

ここ数年、弾き語りのライブを数多く経験してきたことも曲作りに関係していますか?

高野 そうですね。シンプルになりましたね。ギターと歌が一体化してきたかな。「とおくはなれて」は僕が教鞭を執っている大学の課題の模範解答のためにつくった曲なんです。歌詞の中に、たとえば「駅を乗り継ぎ6時間」という実体験を散りばめながら、記憶にある感情をそこに繋げて物語にしていくという手法も説明したりして。

高野さんのシンガー・ソングライターとしての味わいが滋味豊かなサウンドからも滲み出ている「みじかい歌」も深い余韻を残します。

高野 これは10年前につくった曲なんですが、10年後の今、歌っても違和感がなかった。「確かな光」という僕の中ではランドマークになっている曲と同じテーマのファイルに入っている曲ですね。自分が生きている間にこんなに色々なことが移り変わるとは思わなかったし、移ろいやすい世界への問いかけでもある。CDは半永久的だって言ってたのに、それさえどうなるか分からないわけですから。

1stや2ndの頃の高野さんを彷彿させるような感じもありますね。

高野 最近、初期の高野寛に回帰しているところもあって、シンガー・ソングライターにいちばん憧れていた頃、トッド・ラングレンの2ndのような感じが戻ってきた感が自分でもあるんです。ただ、あの頃は歌と音の一発録りなんてできなかったから、今、ようやく本当の意味でのシンガー・ソングライターになったのかなと思います。

それも、ギターと歌が一体化してきたからなんでしょうか?

高野 そう。昔は自信がない以前に本当にできなかったんです。2nd『RING』の「いつのまにか晴れ」なんて打ち込みでつくっていたから、あのコードが自分で弾けなかった。そういうところだけYMOチルドレンなんです。テクニックはなくても音楽はできると思い込んでいたけど、じつはYMOはテクニシャンだったと後から気づく(笑)。

自分なりに噛み砕いて日本語の歌詞にしてみたボブ・ディランのカヴァー「時代は変わる」。

ボブ・ディランの代表曲でもある「時代は変わる」のカヴァーに日本語訳詞で挑戦したのは?

高野 ボブ・ディランのカヴァーって、たぶんファンならハードルが高いし、恐れ多いと思う人もいるでしょうね。僕は2年くらい前に、中川五郎さんが日本語で歌っているのをネットで聴いて、今の歌みたいだなと思ったんですよ。色々調べたらフォーク・シンガーの高石ともやさんの日本語訳詞だったんですけど、メロディーやリズムを自分なりに噛み砕いて日本語の歌詞にして、ライブで歌ってきたんです。その後、アメリカ大統領も替わったので、それを3番の歌詞に反映させましたけど、それ以外は原曲に忠実だと思います。

ボブ・ディランを歌う時に心がけたことはありますか?

高野 ボブ・ディラン風に崩して歌うのではなく、ピーター・ポール&マリーのカヴァーのようにオーソドックスなフォークソングの解釈で歌ってみようとしましたね。60年代はカヴァーの感覚が今よりずっと身近で、ボブ・ディランの曲もたくさんのバンドやシンガーがカヴァーしている。僕もそういう感覚で歌ってもいいんじゃないかと。

「時代は変わる」のようなメッセージソングを今、歌おうと思ったのは?

高野 僕にも「アトムの夢」とかメッセージ色の濃い曲がちょいちょいあるんですが、日本語の訳詞の作風も含めて忌野清志郎さんの影響はやはりありますね。僕がデビューした時にちょうどRCサクセションの『COVERS』が発売中止になったり、ザ・タイマーズが出て来たりして。ただ、1964年に生まれた曲が今の時代にもリアルに響くということは、時代は変わったのだろうかとも思ったり……。

プロデューサーの存在によって、歌や歌詞にフォーカスが当てられ、ヴォーカリストとして集中することができました。

高野さん自身もプレイヤー/プロデューサーであるわけですが、プロデュースされる側になってみて気がついたことはありますか?

高野 佐橋さんもティン・パン世代に混じると“永遠の若手”と呼ばれているらしく、僕も“J-POP界の中間管理職”なんて言ってたんだけど、上の世代が元気なので今でも中間ですね。とはいえ、僕がプロデュースなどで関わったハナレグミやGRAPEVINEもすでに20周年ですからね。僕は音楽の引き出しがごちゃごちゃだし、何も入っていない引き出しもあるので、プロデューサー、特にアレンジャーとしては欠けている能力があるんですよ。今回も自分でプロデュースしていたら、選曲もアレンジも音の質感も違っていただろうと思います。僕は無意識のうちに奇を衒う、ひねりを効かせたくなる性分があるから、ここまでストレートな手触りのアルバムは自分ではつくれなかった。その結果、歌や歌詞にフォーカスが当てられ、ヴォーカリストとして集中することができました。

シンガー・ソングライター/ヴォーカリストとしての高野さんの魅力をあらためて知ることができるアルバムですね。

高野 ここまでトータルにプロデュースしてもらったのも、もしかしたら(高橋)幸宏さんやトッド・ラングレン以来かもしれない。昔はプロデューサーと自分が同じ土俵にいる気がしなかったけど、今はDarjeelingや参加ミュージシャンたちのようなベテランに混じっても気後れしないゆとりが出てきたかな。佐橋さんは高桑圭くんがいたロッテンハッツのプロデューサーだったし、僕は屋敷豪太さんプロデュースでシングルを出したこともある。そんなミュージシャン同士がまた音楽の現場で一緒になるという巡り合わせも含めて、「大人になるのって良いな」と思いましたね。僕もデビュー30周年を迎えるベテランの入り口で、これからもやりたいことをどんどんかたちにしていこうと思います。

高野 寛さん画像ギャラリー

その他の高野寛の作品はこちらへ

ライブ情報

高野寛 LIVE 2018「Everything is good」発売記念 Live tour Acoustic ver.
2月23日(金)広島・LOG
2月24日(土)岡山・蔭凉寺
3月4日(日) 茨城・Atelier ju-tou
3月11日(日)浜松・天王山 福嚴寺

高野寛 LIVE 2018「Everything is good」発売記念 Live tour Band ver.
member:高野寛(vocal & guitar)鈴木正人(bass)宮川剛(drums)
3月9日(金)大阪・THE LANDMARK SQUARE OSAKA
3月10日(土)名古屋・三楽座

【東京公演】“Man-O-jishite”
5月15日(火) 東京・Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

【高野寛×宮沢和史×おおはた雄一】
3月14日(水)ビルボードライブ東京

高野 寛

1988年にソロ・デビュー。1990年にトッド・ラングレンのプロデュースによるシングル「虹の都へ」が大ヒット。ソロ活動と並行して、田島貴男との共作「Winter’s Tale ~冬物語~」をはじめ、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、忌野清志郎、テイ・トウワ、クラムボン、ハナレグミ、星野源など世代やジャンルを超えたアーティストとのコラボレーションやセッションワークも多数。サウンド・プロデューサーとしても小泉今日子、森山直太朗、GRAPEVINEなど数多くのアーティストの作品を手がけている。2014年にはデビュー25周年記念アルバム『TRIO』をブラジル・リオデジャネイロで録音。2017年10月にはミニアルバム『Everything is Good』をリリース。近年は発売前のプライベート・レコーディングテイクなどをクリエイターズサイト・noteで随時配信中。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部・音楽コース特任教授でもある。

オフシャルサイトhttp://haas.jp/