Interview

おかしくも切ない、一線を越えんとする者たちの悶絶。林遣都と池田エライザが『チェリーボーイズ』に見た、男女の感覚の違い。

おかしくも切ない、一線を越えんとする者たちの悶絶。林遣都と池田エライザが『チェリーボーイズ』に見た、男女の感覚の違い。

25歳、非モテ童貞。それぞれにコンプレックスを抱えた3人の男たちが一念発起、間違った方向へと情熱を傾けていく日々を綴った古泉智浩の〝性春〟ストーリー「チェリーボーイズ」が、実写映画となってお目見えする。脚本は、今をときめく松居大悟。さかのぼること9年前、初めて長編映画用に書いたシナリオが本作だった。メガホンをとったのは、本作が長編デビュー作となった西海謙一郎監督。やはり9年前から映画化に向けて粛々と準備を進めてきただけに、熱情ほとばしる一篇に仕上がった。その熱き思いを背負い、林遣都と池田エライザが劇中でおかしくも切ない心模様を織りなす。はたして、2人の目には欲望が満たされずに悶絶する男たちの姿がどう映ったのか? 男女双方の視点から語ってもらった。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

経験が遅れるほどハードルは上がり、コンプレックスも増していく。

男目線から話してしまうんですけど、童貞か非童貞かのラインを超えるかどうかって、経験していない男子にとってはものすごく重要だったりするんです。その超えようともがく…不格好だけど必死なさまを、お二方はどのように見つめていらっしゃったのでしょう?

 外見も中身もコンプレックスだらけの…ひと言で言うと〝ダメ〟な男3人のバカげた物語なんですけど、そのコンプレックスやダメさっぷりというのは、女性経験がないことから自信を喪失していると思うんです。さらに尻込みすることによって一線を越えられなくなっていった結果、生まれたものだと思っていて。負のスパイラルじゃないですけど、経験が遅れれば遅れるほど、ハードルが高く感じられるというか…「童貞であることが恥ずかしい」という意識が植え付けられてしまうところがあるんじゃないかな、と。
僕の演じた国森もまさにそうで、バンドで有名になってやるという情熱と夢を抱いて上京したはずだし、本当は他人に対しても優しくありたいと思っているはずなんです。でも、どことなく周りとズレていて、そこに自分では気づくことが出来なかったから、周囲とのギャップに苦しむことになって、いつしかひねくれてしまったのだろうと思うんです。なので、単にダメな男たちの話ではなくて、それぞれにダメになっていった背景があることを感じてもらえるような芝居をしよう──と、脚本を読んで、まず考えました。

そのバックグラウンドを説明するのではなく、3人の関係性や登場人物たちとの会話によって見せていくのがいいなと感じました。そんな〝チェリーボーイズ〟たちを、池田さんはどんなふうに見つめていたのでしょうか?

池田 林くんも話していましたけど、経験が遅れれば遅れるほど、こじらせるものなんだなぁって。しかも、その間にも知識は増えていくから、理想像もふくらんでいくじゃないですか。そういった要素もあって、さらに遅れてしまうのかな、なんて思ったりもしました。でも、男子の世界ならではの共通の話題だったり、「経験したい」ということに対する熱量の高さが、何となく羨ましくもあって。もちろん、女子にも女子なりの想いや熱もあるんですけど…(池田が演じた)笛子の話をすると、彼女は現実主義で「なりたい自分になるために、やりたくない手段だって使う」と決めているんですけど、実際は自分がとっている行動に対して納得がいってなくてモヤモヤしているんですね。そういう意味では完成されていない…少女のような部分もあって。
ただ、男子たちと決定的に違うのは、性に重きを置いていないところですね。どちらかというと心を大切にして動くので、ボーイズとは異なるコントラストをなしているなと思いました。でも…たぶんエライザだったら、3人には関わろうとしないんじゃないかなぁ(笑)。

女子は、そういう部分をものすごく冷静かつ客観的に見ることができるような気がするんです。でも、男って単純だから、冷静になれない。とりあえず経験することによって景色が変わるんじゃないか、自信が得られるんじゃないかと短絡的に考えてしまいがちというか…。

 そういうところ、あります(笑)。

池田 ただ、笛子も達観する振りをして、ないがしろにしてきた部分がたくさんあるので、国森たちのバカだけど熱い想いを正面から投げかけられることによって、心の中で凍らせておいたものが溶けたような感じもしたんですよね。ただ、女子として守らなければならないものは絶対に守りきる、と決めているたくましい女の子でもあるので、達観を気取っているんですけど…国森たちから心に熱湯をかけられて、打たれるような感覚もありました。

 そんなふうに思っていたんだ…。現場ではわからなかったなぁ。

池田 でも、女子からすれば男子のことだってわからないものですよ。ウチは兄が2人に弟もいて、今でこそ「そういう悶々としていた時期があったよ」っていう話をしてくれますけど、当時の私は全然わからなかったんですよね。普通に学校へ行って、恋しているものだと思っていたから、まさか悩んでいたなんて思いもしなくて。私自身も「ちょっと〜、男子ぃ!」っていうように振る舞えるタイプでもなかったので(笑)、お互いに見えないところで悶々としているものなんだなって、今さらながらにして気づいたりもしました。

その見えなかった一面が何となく見える瞬間があって、そういう時に男は恋心を抱くんです。国森が笛子の意外性に惹かれたように。

 それまであんまり意識していなかったのに、「あ、こんなところがあるんだな」と思った瞬間、スッと心に入り込んでくることって、あるんですよね。ひと目ぼれとは違って、直感的じゃない恋だからどうしていいか分からないんですけど(笑)。

池田 何だろう、テンポが速いんですよね、男の人たちの恋って。どんどん思いとか妄想が飛躍していくじゃないですか。だから、笛子の出てくるシーンはゆっくりとした時間にしたいなという思いが、自分なりにあって。だから、どこか他動的な国森に深い意味もなく「休んでいきなよ」って言ってしまうんですけど、男子からすると「そんなの惚れんだろ!」っていうことになってしまうわけですよね…(笑)。

笛子としては、何の計算もないわけですよね。

池田 芝居的には、笛子の家庭的な面が見えたらいいな、という計算はあるんです。あくまで私の考え方なんですけど、女性のエロさって家庭的な面に垣間見えると思っていて。若い人たち風に言うと〝チルってる〟的な、気兼ねない空気が出せたらいいな、という思いが自分の中にはありました。

 でもね…女子の家に上がるっていうのは、男からすると相当勘違いします(笑)。特に国森の心情だと、「これはもしかして…」と変な期待を抱かせてもおかしくない状況であって。彼はそれを一生懸命こらえるわけですけど…。

池田 あのシーン、台本にどういうト書きがしてあったと思います? 「国森、笛子の部屋のゴミ箱を見る」って。本当に、「うわ、松居(大悟)さんサイテーだわ…」って思いましたから(笑)。私、ビックリしちゃって。「男の人って、それが普通なの!?」って。

 頭では全然違うことを考えているんだけど、「とりあえずタンスの角の方を触ってみる」というト書きもあって。あぁ、何となくわからなくもないなと思いました。だから、さっきエライザさんが言っていましたけど、男と女で空気の流れ方、時間の感覚が全然違うというのは、そういうところにも表れているんです。読んでいてツボに入るくらい笑っちゃったんですけど、笛子がつくった肉じゃがを食べる時に、「国森、箸をチュパチュパ舐める」って書いてあって…松居さん、サイテーだなって(笑)。

池田 そうそう! しかも、ふだんは笛子が使っているから、ちょっと見た目のかわいいお箸で(笑)。

 実際やってみたら、笑えて仕方なかったんですけど…国森としては、いろいろな気持ちが渦巻いていました。

池田 笛子はそれに気づかないという芝居だったんですけど、笑いをこらえるのが大変でしたね。

そもそも笑ったのが、笛子としては肉じゃがをタッパーに入れているから「持って帰って、家で食べてね」というメッセージを、そこで発しているわけじゃないですか。でも、国森はその場で開けて食べるという…。その噛み合わなさが絶妙におかしかったです(笑)。

 本当、演じていて笑いそうになっちゃうんです。国森としては「うわ、やっちまった…」っていう焦りがあるのに。

池田 「あ、食べる? ここで? あ〜、お箸お箸」って、対応する笛子もおかしくて(笑)。ああいう何気ないところに、松居さんと西海(謙一郎)監督のセンスが出ているなと思います。

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