ハンサムクリエイター・中道慶謙が『Last Standard』に仕掛けた野望  vol. 6

Interview

『Last Standard』ハンサムクリエイター・中道慶謙氏の実家を直撃!

『Last Standard』ハンサムクリエイター・中道慶謙氏の実家を直撃!

UNTIESからリリース予定の『Last Standard』で注目を浴びる新進のゲームクリエイター、中道慶謙氏への連続インタビュー記事。これまでの記事では『Last Standard』最新版のプレイリポートと、本作を作り出すI From Japanオフィスの実態について紹介してきた。

最終回となる今回は、改めて中道慶謙という人間にスポットを当て、そのルーツを探るために中道氏のご実家を直撃。中道氏の母親同席のもと、幼少期から現在に至るまでの中道氏を作り上げてきた環境についてお話を伺った。どのような環境の中で、何がこの若き俊英を作り上げてきたのか。中道氏の半生をもっとも近くで見守ってきた母親の視点を通じ、その秘密に迫る。

取材・文 / 大工廻朝薫(SPB15)


中道氏のご自宅を拝見

大阪のとある閑静な住宅街に、中道氏のご実家はある。ご実家で編集部を待っていたのは、中道氏の母。すっかり暗くなってからの訪問にもかかわらず、温かく出迎えていただいた。

社会人の息子がいるとは思えない若々しいその顔立ちは、ひと目見て親子であると確信できるほどに、中道氏とよく似た面差し。中道氏との関係も良好な様子で、前回の記事で中道家御用達のラーメン店のご店主から話を伺っていた通りの、家庭環境の円満ぶりを感じさせた。

個人宅ということもあり撮影は応接室周辺に限られたものの、取材そのものには快くご協力いただき、中道氏のゲームライフにかかわるさまざまなものを見せていただくことができた。

▲テレビの周囲に並ぶ新旧さまざまなゲームハード。足元にはPlayStation®2や3の姿も。いまだ現役のものもあるようだ

▲スーパーファミコン本体と、中道氏の最初のインタビューでもお話のあった『スーパーマリオワールド』の攻略本。幼い日の中道氏は、ゲームプレイそのもの以上にこの攻略本に愛着を抱き、熟読していたという

▲中道氏が子供のころ遊んでいたというPlayStation®用のゲームソフト。スーパーファミコンやPlayStation®のほか、キッズコンピュータ・ピコなどでも遊んでいたとのこと

よく遊び、よく遊ぶ……中道氏を育てた“遊び”とは?

ひと通り貴重な資料を見せていただいたあと、改めて中道氏へのインタビューを敢行。今回はお母様にも加わっていただき、何が人間・中道慶謙を作り上げたのか、その当事者としてこれまでを振り返っていただいた。

今回は取材にご協力いただき、ありがとうございます。早速お母様にお伺いしますが、中道氏はどのような子どもでしたか?

 夢中なものを見つけると没頭しがちな子どもでしたね。

中道さんが生まれて初めて没頭していたものが何か、覚えていらっしゃいますか?

 ひとつの遊びでいろいろおもちゃを出してきて、部屋全体をおもちゃ箱にする感じで遊んでいましたね。レゴブロックとかウルトラマンとかポケモンとか。私も思い出しながら書いてみたんですけど、こんな感じですね。ウルトラマンやポケモン、ベイブレードにトミカ……。

資料までご用意いただき、ありがとうございます。あとはルービックキューブ、プラモデル、ブロックに積み木……。ひとつのおもちゃにハマるというより、いろいろと興味を広げるタイプだったようですね。逆に、買い与えたもののまったく興味を示さなかったものはありますか?

 いえ、とくには……。小さいうちは私がおもちゃを選ぶんですが、嫌がることもありませんでした。でも幼稚園に上がると、自分でおもちゃを選んでましたね。

最初に自分から手に取ったおもちゃは覚えていますか?

 ウルトラマンだと思います。ウルトラマンのソフビフィギュア。小さいときから手にして遊んでいましたね。

クリエイター的な、ものづくりに関する素養を感じさせたことはありましたか? あるいは、「この子は少し変わっているぞ」と感じさせるようなことはありましたか?

 パズルをよく遊んでましたね。大きなジグソーパズルをバラしたりしながら、何回も遊んでいました。あとは、ある時期からゲーム機本体を分解していました。 

中道 PSP®本体などですね。

それは興味深いですね。ハードを分解するというのは、どのような魅力を感じていたのでしょうか?

中道 最初は壊れたか何かで、中が見えたんです。それで「何やろこれ?」みたいな感じで中を見て遊んでいました。 

 でも私としてはそれよりも、おもちゃを組み合わせて遊んでいたことのほうが印象的です。

「ウチの子はどうも普通の子とは違うな」という兆候はいつごろからありましたか?

 幼稚園の頃でしょうか。当時から頭は良かったんですよね。パズルを与えても、変わった解きかたを試していました。幼稚園自体も自由な発想でのびのび遊ばせてもらえるところでした。動物もいっぱいいて、豚とかカメレオンとか……。ヤギもいました。

幼稚園も変わったところだというのは初めてお伺いしました。これまでの中道さんの半生には、“普通の子”になるタイミングがいくつもあったと思うのですが、結果的にそうではなく、学生起業を果たすに至っています。この結果を親の立場から見て、この自由な発想を育んだのはどのような部分でしょうか?

 赤ちゃんの頃からずっと一緒に遊んでいました。遊ぶときはつきっきりで一緒に遊んでいますね。ゲームも遊ぶし、積み木でもレゴでもなんでも。

お父様とも一緒に遊ばれていましたか?

 父親とも一緒に遊びます。私にしたら普通の子なんですけどね。友だちもたくさんいましたし、中学生のころは毎日ここに来てゲームをしてました。小学校は私学だったので、距離の関係もあって約束しないと遊べなかったんですが。

▲テレビの周囲にはご家族との記念写真が並んでいた。中には幼き日の中道氏が父親とゲームイベント会場を訪れているという、現在につながる貴重な写真も存在した

では結果として、小学校のころはご両親と遊ぶ機会が多かったのですね。

 そうなんです。中学からは距離も近くなって、友だちとも遊ぶようになっていました。よく泊まりにも来ていましたね。

経歴を見るにさぞストイックな教育方針で育てられたのかと思っていたのですが、そうではなくて自由にのびのびと育てられたのですね。

 ずっと遊んでましたね(笑)。

遊びの種類としては、先ほどお伺いしたおもちゃを使った室内での遊びがメインでしょうか? それとも外での遊びもありましたか?

 両方です。公園でも遊びますし、家の中でも遊んでました。

中道さんは子供の頃、勉強はどの程度されていましたか?

 机にかじりついて勉強する、というのはありませんでした。赤ちゃんのときからよく遊んでいたので、脳が活性化されたのかな? 

お話を聞いていると、よくある“一流国立大に入れるための教育方法”のような英才教育とは無縁ですね。“よく遊び、よく学ぶ”という、ごくごく自然な教育方針を超えて、“よく遊び、よく遊ぶ”のように見受けられます。

 ずっと遊んでましたね。下に妹がいるので、家では妹とずっと遊んでいました。外でも家でも、毎日遊んでいました。

食事中に遊んだり、遊びすぎて夜更かししたりというような、叱るほど遊んでいたことはありましたか?

 それもないんですよね(笑)。すみません、それらしいエピソードがなくて。

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