黒選!メディアコンテンツ研究家・黒川文雄がテーマで選ぶ 3+1  vol. 28

Column

Nintendo Labo だけじゃない!任天堂が挑戦し続ける「遊びの革新」の歴史

Nintendo Labo だけじゃない!任天堂が挑戦し続ける「遊びの革新」の歴史

任天堂が挑む遊びの革新はさらに続く・・・

任天堂は日本はおろか、世界でも稀にみる大成功を納めた企業の一つです。しかし、数多くの挑戦と挫折を経験してきた会社ともいえます。

1950年代の高度経済成長期、タクシー会社、インスタント食品など多角化経営に乗り出しますが、うまくいかず撤退することになります。
1970年代には簡易コピー機、文具、ベビーカーなどを発売しますが、これも軌道に乗らず経営を圧迫したようです。
さらに、光線銃シリーズから生まれたアイディアで、レーザークレーを開発。実弾を使わずレーザー光線でクレー射撃をするレジャー施設を展開しようとしたところ、タイミング悪く石油ショックにあって大型の負債を抱えることとなります。この時の負債額は70億とも言われており、過去最大級の危機だったことがうかがえます。

しかし、ゲーム&ウォッチの成功により一年でこの負債を完済し、一説には40億円近い余力が出来たといわれています。

ファミリーコンピュータ発売以降も、意欲的な挑戦作とも言える「バーチャルボーイ」を1995年に発売しました。結果は販売不振で、ハードウェアとしては短命に終わったようです。
この「バーチャルボーイ」は、モノクロ画像ながら鮮明な3D表示が可能で、内臓音源も当時としては高いスペックを有しており、革新的な製品でした。
テレビゲームと違って一人で画面を専有するゴーグルタイプだったので、楽しさや面白さがなかなか伝わりにくいのが難点でしたが、今となっては当たり前になりつつあるVRの原点・先どりとも言える貴重な製品だったのではないでしょうか。

このようにビジネス的には成功しないことも多いのですが、のちの娯楽産業、エンタテインメントの礎となるような意欲的な製品を生み出し続けている点も、任天堂がユーザーの心を捉えて離さない企業としての魅力といえるでしょう。
その任天堂は、新しい分野への挑戦においても、見切りをつけて撤退をする場面でも、意思決定が早い印象があります。
この決断の速さは山内溥社長時代のトップダウン方式による意思決定によるものだと思います。前述の山内氏の経営哲学と合わせて読み解くと、「なるほど」と気づかされる点が多いですね。

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