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人は死ぬまであかんぼう──ひとりの男の人間ドラマを村井良大、松田凌ら6人だけで演じる、辻仁成原作・脚本・演出舞台『99才まで生きたあかんぼう』

人は死ぬまであかんぼう──ひとりの男の人間ドラマを村井良大、松田凌ら6人だけで演じる、辻仁成原作・脚本・演出舞台『99才まで生きたあかんぼう』

舞台『99才まで生きたあかんぼう』が2月22日(木)より開幕した。芥川賞作家・辻仁成の同名小説を原作に、辻自らが脚本・演出を担当。村井良大、松田凌、玉城裕規、馬場良馬、松島庄汰、松田賢二の6人の俳優と共に、ひとりの男の0才から99才までの生涯を舞台に紡ぎ上げていく。辻が「生まれて初めて書いたコメディ」と語る本作。そこには生きることへの祝福が込められていた。そんな温かい幸福感に包まれた舞台の一端を、ここにレポートしたい。

取材・文・撮影 / 横川良明

生きとし生けるすべての人に捧ぐ、辻仁成からの人生の福音

辻仁成と言えば、近年は「息子よ。」で始まる最愛の我が子に向けたツイートが、多くのフォロワーの共感を呼んでいる。シングルファーザーとして、毎朝6時半に起床し、息子の朝食をつくり、成長を見守る。キッチンに立つその優しい面差しには、かつての野心的でアーティスティックな辻仁成の面影は、ない。だが、そんな自然体の辻仁成の素顔に、今や多くの世代から憧れと応援の声が集まっている。

だから、だろうか。0才から出発するあかんぼう(村井良大)のこの物語もまた、愛する息子に向けた、そしてそれは、すなわち生きとし生けるすべての人に向けた、辻仁成からのメッセージのように思えた。ここには、辻仁成が58年の人生で学んだ、生きるうえで大切なことがたくさん詰まっている。

辻仁成は、1985年、ロックバンド・ECHOESのボーカリストとしてデビュー。文学性の高い歌詞と、ソリッドなサウンドで若者から支持を集めながらも、1989年に解散(2011年に再始動)。同時に、辻仁成は小説家としての道を歩み始め、1997年、『海峡の光』で第116回芥川賞を受賞。ミュージシャンと小説家、まったく異なるふたつの分野で成功を収めた稀有なアーティストだ。一方で私生活も波乱に満ちた。その半生は時にマスコミのバッシングの対象となり、世間の好奇の目にさらされたこともあった。

そんな彼が、次の世代に向けてどんな言葉を残したいのか。人生というものを、どんなふうに捉えているのか。唯一無二のアーティストが綴る人生哲学なるものが、あかんぼうの99年の生涯を通じて浮かび上がってくる。

例えば、落ち込むあかんぼうに対し、母(玉城裕規)は自慢のお手製オムレツを振る舞い、「食べることは生きることだ」と教える。その姿は、せっせと毎朝、息子の弁当をつくり続ける辻仁成の生き方と重なる。また、成功するためには「ほんの少し人より努力すること」が大事だと母は言う。あかんぼうは、こうした母からの教えを、周囲の人に、そしてやがて産まれる我が子へと伝えていく。命を繋ぐということは、単に血の繋がりだけを意味するのではない。先人から引き継いだ教えを次の世代へと受け渡すこと。そうやって、心さえ残れば、たとえ姿形はなくなっても、人は永遠に生きていくことができる。そんなことを感じさせてくれた。

劇中、あかんぼうは人生のモットーを問われ、こう答える。

「第一に丁寧な仕事。第二に勤勉。第三に誠実。第四に寛大。第五に忍耐。第六に謙虚。第七に友情。そして、最後に、スマイルだ!」

才能でも、人脈でも、ましてや富でも名声でもない。ロックの聖地・日本武道館を埋め、芥川賞も手中に収めた男が、58年生きて辿り着いた境地は、こんなにも質実で、こんなにも温かい場所だったのだ。

だからこそ、観る人の心は自然とやわらいでいく。心の表面に生えた小さな棘が、ひとつ、またひとつとこぼれ落ちていくような、優しい風合いに満ちた作品だ。父の背のような温かさもあり、母の手のような柔らかさもある。それはきっと、シングルファーザーとして2役を兼ねる辻仁成だからこその手ざわりだと断じてしまうと、作品とプライベートを混同しすぎだ、と言われるだろうか。でも、きっとこの曇りのない幸福感は、息子と2人で暮らす今の辻仁成だから生み出せたものだ、と思う。

村井良大の無垢なスマイルが、観客に魔法をかけていく

俳優たちもそれぞれに好演しているが、やはり主軸を担う村井良大の無垢性はひと際輝いている。作品の根幹をなす“スマイル”という言葉がお飾りのものにならないのは、ひとえにあの村井良大の明るい笑顔の賜物だろう。顔全体が綻ぶような、屈託のない笑顔は素朴で、裏表がなく、誰もを味方につける魔法の力を持っている。

だからこそ、紆余曲折の人生の中で、徐々に彼が“スマイル”を失っていくことに胸が痛くなるのだ。度重なる危機に顔をしかめ、やがて訪れる深い悲しみに我を忘れてむせび泣くあかんぼうを見ていると、「笑って、あかんぼう」と客席から声をかけたくなる。それだけ彼の生涯に引きこまれずにはいられなかった。それは、村井良大の汚れのないスマイルの力だろう。

また、もうひとつ印象的なのが、“抱擁”だ。本作では実に多くの場面で“抱擁”が交わされる。流行りの“ハグ”という言葉ではちょっと軽すぎる、“抱擁”という少し大仰な言葉がぴったりの、深い深い愛情表現だ。そして、その“抱擁”が歳月を重ねるごとに、どんどん色合いが変わっていくことが面白い。

幼き日は、ただ母の腕に抱かれるだけだ。やがて恋を覚えたあかんぼうにとって、“抱擁”は溢れんばかりの愛の放出となる。厳しい嵐の季節では共に堪え忍ぶための誓いに見え、忍び寄る人生の冬を前にしたときは、その“抱擁”がお互いの生きた証を相手に残すための尊い儀式のようにさえ感じられた。ぜひこの“抱擁”にも注目して作品を見てもらいたい。

最後の“抱擁”を見たとき、きっとあなたは、今心から抱きしめたい誰かの顔を頭に思い浮かべるはずだ。

悲しみを抱えた人にこそ観て欲しい、自然と笑顔がこぼれるコメディ

ゲネプロ前の囲み会見には、辻仁成、村井良大、松田凌、玉城裕規、馬場良馬、松島庄汰、松田賢二、そして音楽を担当したSUGIZOが登壇。

人生初のコメディに挑戦した辻は「今までは悲しいラブストーリーとかシリアスな物語が多かったんですけど」と前置きしたうえで、「何か吹っ切れたというか、人生笑い飛ばすみたいな、そういう感じになりましたね」と清々しい表情を見せた。そして、6人の俳優たちに視線を配りながら「若い彼らのエネルギーを借りまして、自分自身も“立ち直る力”をもらえる舞台にしたいなと思って頑張りました」と、この2月に発売したばかりの自著のタイトルに合わせて、堂々アピール。

これを受けて、俳優たちも公演そっちのけで、すっかり『立ち直る力』の宣伝づくしに。稽古場でよく辻に叱られたという松島だが、稽古期間中、辻本人から直接『立ち直る力』を渡されたらしく、「辻さんに傷つけられて、家に帰って、辻さんの本に慰められて。また次の日、辻さんにいじめられていた(笑)」と裏話を披露。すると、辻もそれに乗っかり、「僕は愛情を持って叱っているだけで。もっとこうしたら伸びるんだろうなと思っているからこそ叱っているんです。そう思わない人には叱らない」と愛の鞭であることを強調。さらに「人間には、好きな人か嫌いな人かじゃなくて、好きな人か関係ない人しか存在しない。『立ち直る力』にもそう書いてある」と再び自著アピールを。すかさず松島も「ぜひ『立ち直る力』読んでください」と取材陣にPRした。

舞台『99才まで生きたあかんぼう』は3月4日(日)までよみうり大手町ホールにて上演。その後、愛知、福岡を巡演し、3月24日(土)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて大千穐楽を迎える。


舞台『99才まで生きたあかんぼう』

東京公演:2018年2月22日(木)~3月4日(日)よみうり大手町ホール
愛知公演:2018年3月6日(火)~3月7日(水)名古屋市芸術創造センター
福岡公演:2018年3月20日(火)福岡市民会館 大ホール
大阪公演:2018年3月24日(土)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

原作・脚本・演出:辻仁成
音楽:SUGIZO
出演:
村井良大、松田凌、玉城裕規、馬場良馬、松島庄汰、松田賢二

オフィシャルサイト

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