モリコメンド 一本釣り  vol. 55

Column

番匠谷紗衣 “生の感情と真っ直ぐな言葉を大事するソングライティング”で生む、伝える力

番匠谷紗衣 “生の感情と真っ直ぐな言葉を大事するソングライティング”で生む、伝える力

2018年2月17日(土)、19才の少女は、東京・渋谷のライブホールMt.RAINIER HALLのステージに立っていた。“君がいるから、私は自分を好きになれた”という思いを歌い上げる「どんな今も」、大好きだった“君”への思い、失ってしまった恋に対する感情を描き出す「forget you」。アコースティックギターを弾きながら歌われる楽曲を通して、彼女自身から生まれた言葉のひとつひとつがしっかりと伝わってきた。強いメッセージ性を含んだ楽曲、豊かな表情を感じさせるボーカルも印象的だったが、その最大の魅力は、どこまでも真っ直ぐに歌を届けようとする姿勢。音程の正確さや声量だけではなく、“伝える力”こそがシンガーの本質であることを改めて実感させられるライブだった。

彼女の名前は、番匠谷紗衣(ばんじょうやさえ)。1999年1月生まれ、大阪出身のシンガーソングライターだ。ライブのMCでも語っていたのだが、彼女がアコースティックギターを手に取り、自作の楽曲を作り始めたのは、14才の頃だった。心のなかにある葛藤、周囲と上手く馴染めない自分自身、将来に対する希望と不安。思春期特有の感情の揺れを言葉とメロディに置き換えていった彼女は、意を決して路上ライブをはじめる(最初はあえて人がいないところで歌っていたという)。さらにライブハウスにも出演するようになると、そのストレートで真摯な歌は徐々に広まり、オーディエンスの数も着実に増えていった。

番匠谷紗衣の楽曲の中心にあるのはやはり、言葉の強さだろう。日々の生活のなかで起こる出来事、そのなかで生まれた感情を飾らない言葉で綴り、リスナーのひとりひとりに手渡すように歌う。そのスタンスからは、彼女がフェイバリットに挙げている尾崎豊、槇原敬之も感じられる。描き出す風景や感情、サウンドの手触りはそれぞれ違うが、彼女はおそらく、尾崎、槇原の音楽から“生の感情と真っ直ぐな言葉を大事するソングライティング”を学び取ったのではないだろうか。(ちなみに前述したライブで彼女は尾崎の「forget-me-not」をカバーしていた)。

通信制の高校に通い、ライブのブッキング、楽曲制作を基本的に自分の力で進めてきた彼女は、2015年12月に梅田AKASOで初めてのワンマンライブを開催。約200人の観客を動員したこのライブをきっかけにして、本格的にプロを目指すようになったという。翌年5月には東京で60名限定のワンマンライブ、12月には難波Artyardで女性限定ライブを開催。さらに2017年3月大阪・BIGCATでワンマンライブを成功させるなど、着実にステップアップしてきた。派手なプロモーションに頼らず、丁寧にライブを重ねることで自分の音楽を伝えようとする活動方針も、彼女のキャラクターや楽曲を誤解なく波及させているのだと思う。

昨年3月には初のミニアルバム『どんな今も』をリリース。「どんな今も」「forget you」を含む本作は、現時点における彼女の集大成と言っていいだろう。きつい現実、失敗だらけの日々から逃げることなく、それでも前を向いて進んでいきたいという意志を高らかに歌い上げるポジティブソング「前を向いて」、エッジの効いたギターサウンドとともに、衝動的な感情をぶちまけるロックチューン「衝動」、学生時代のキャンプの思い出を綴ったアコギ弾き語りナンバー「キャンプのうた」、落ち込んでいる友達を励ますために作ったという初めてのオリジナル曲「君へ」。アコギと歌を中心にしたオーガニックな音作り、繊細な感情表現とダイナミックなパワーを共存させたボーカルも、楽曲の良さをしっかりと引き立てている。“歌を大事にする”という軸がまったくブレてないことも、本作の魅力。きわめて純粋な思いに貫かれた彼女の歌は、流行やトレンドに流されることのない、普遍的なパワーを備えているのだ。

冒頭に記したライブ会場には、彼女と同世代の女の子から30~40代あたりの男性まで、幅広い層のオーディエンスが集まっていた。思い通りにはいかない現実、理想とはかけ離れている現状の姿と対峙しながら、なんとか自分自身を奮い立たたせ(ときには誤魔化し)、未来に向かって生きていくーーその状態は決して10代特有のものではなく、一生続くものだと言っていいだろう。だからこそ、彼女の歌はこんなにも強く聴く者の心を揺さぶり、力を与えてくれるのだと思う。

シリアスな楽曲だけではなく、一体感を生み出すナンバー、ハッピーなパワーを放つ歌、そして、19才女子として素の表情が感じられるフレンドリーな佇まいも彼女のチャームポイント。昨年秋に上京し、来年1月に20才になる番匠谷紗衣。シンガーソングライターとしての彼女のキャリアは、まだ始まったばかりだ。

文 / 森朋之

オフィシャルサイトhttp://www.banjoyasae.com

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