【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 62

Column

尾崎豊 釣り堀の向かいのビルで、尾崎に逢った午後

尾崎豊 釣り堀の向かいのビルで、尾崎に逢った午後

これから書く文章は、尾崎の女性ファンに捧げたい。そもそも尾崎豊について言説を繰り広げるのは、圧倒的にオトコが多い。改めて、彼にまつわる様々な記事を読んだけど、実際、多かった。さらに想った。みなさん、リキが入ってる。当時、自分が書いてた記事も、ご多分に漏れず、ガチガチだ。尾崎が素晴らしいからこそ、ついつい気負ってしまうのかもしれない。

でもこのコラムでは、出来るだけニュートラルな態度で尾崎を書いてみたい。そもそもこれから書くのは、尾崎豊のパブリック・イメージなんてものは、まだ定まってなかった頃の話なのである。

デビュ−する少し前(てことは、83年の秋、とかだったかも…)、尾崎に初めて会った日のことを思い出してみる。場所は市ヶ谷の、所属レコード会社の黒いビル。市ヶ谷といえば、駅のすぐ脇に釣り堀(市ヶ谷フィッシュセンター)があり、よくテレビの散歩番組などに登場する。駅側の線路から釣り堀を挟み、道を隔てた真向かい辺りに、このビルはあった(建物自体は現存する)。

「今度、いい新人がデビューするんだ。まだ高校を卒業するかしないか、くらいの歳なんだけどね…」。「へぇ~。じゃあ会わせてくださいよ」。最初はおそらく、そんな感じだ。約束の時間、約束の場所である、当時、彼の宣伝担当だったヒトのデスク付近に集合する。奥の部屋で打ち合わせ中だった。もうすぐ終わって、出てくるらしい。僕は宣伝担当のヒトと、別件の打ち合わせをしつつ、待つことにした。

やってきた。はにかんだような笑顔で、角のデスクをひょいと交わしつつ、こっちへ近づいてくる。マネージャーさんとか居なくて、一人で歩いてきた。その姿をみた瞬間、僕は…。

おいおい。柴田恭兵みたいなヤツがやってくるぞ!
 
そう呟いた。注釈する。これは1983年の話であり、“柴田恭兵みたいなヤツ”とは、あくまで“シュっとした顔立ちの二枚目”ということだけで、他意はない(ついでに書くと、83年当時、既に柴田は人気俳優だったが、『あぶない刑事』で大ブレイクを果たすのはこの数年後である)。

この時代に人気だった他の男子に較べ、尾崎というのはより“完成された美男子”という印象であり、ちょっとネガが入った書き方をするなら“古風”にも思えた。

「こんにちは」。「こんにちは」。「デビューするんだって?」。「そうなんですよ」。その日は顔合わせというか、取材じゃなかったし、他愛ない会話を少しして、別れた。とりあえず、“感じのいいヤツ”ってとこだ。

貴重なものが残されていた。『YESに影響されたNO 尾崎豊十代のインタビュー集』(藤沢映子・著)である。デビュー直後の彼にもたっぷりインタビューしている。大いに雑談を含む内容だが、“録画していた以前好きだった番組を観てたら、一緒に録れてた当時のCMこそが貴重に思えた”、みたいな読後感がある。この本のなかの尾崎はカリスマなんかじゃなく、いたってフツーであり、そこがいい。

さて、尾崎の第一印象、そのルックスのこと書いて終わりかよ…、と、そう思われないために更に書く。今度、いい新人がデビューするんだ、というインフォメーションとともに、彼に会う前、もちろん何曲か、聴かせてもらっていた。そりゃそうだ。そうじゃなきゃ始まらない。

歌を聴いた印象は、80年代的というより70年代的だった。何がって、“感情移入”の作法が。この時代といえば、無機的な(プラスチックな?)歌い方もカッコいいとされていたが、尾崎の歌は呟きから叫びまで多くのレイヤーに支えられた表現であり、新人なのにフルボディな味わいがした(実は彼が登場した83年といえば、「さざんかの宿」とか「矢切の渡し」とか、演歌が大ヒットしていたが、むしろそっちのほうがライトボディに思えるくらい、尾崎の歌は濃い味わいだった)。

歌詞に関しては、息遣いがそのまま聞こえてくるようであり、それでいて格調高くもあり、彼より上の世代に見られた“翻訳調”の乾いた感じとも違っていた。僕にはボーカリストとしての力量が勝ったものとして聞こえたのか、当初は“歌詞のヒト”ってイメ−ジを抱かなかった。

マジは生きづらい時代。尾崎はマジだった。あの頃、時代を代表する顔は『オレたちひょうきん族』であり、“洒落のめす”ことこそカッコよく、マジは敬遠された。それでも尾崎は、真摯な想いを正面からぶつけた。そんな作風が、そのまま“ナウい”わけじゃなかった。時代のなかで、浮いてたといえば浮いていた。実際、彼は鳴り物入りでデビューしたわけじゃなく、最初はまさに、知る人ぞ知る、だった。

やがてじっくり、デビュー・アルバム『十七歳の地図』を聴く日がやってくる。さっき調べたら、このレコード(アナログのLP)が、仕事場に3枚もあった。一番盤質がいいものに、次週、針を落としてみることにする。

でもね…。ふと今、僕はこの原稿を読んでくれる対象を、ついついオトコに設定してしまっていた。

文 / 小貫信昭

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