映画『去年の冬、きみと別れ』  vol. 2

Interview

原作者・中村文則と瀧本智行監督が明かす『去年の冬、きみと別れ』映画化の”肝(きも)”

原作者・中村文則と瀧本智行監督が明かす『去年の冬、きみと別れ』映画化の”肝(きも)”

自然とページをめくる動きがはかどり、読み進めていった結果、驚愕する──。そして読み手は一様に物語をさかのぼり、つかみ損ねていた「真実」を探すことになる…。
「掏摸〈スリ〉」「教団X」などで知られる芥川賞作家・中村文則のベストセラー小説「去年の冬、きみと別れ」は、一度手にしたら何度でも読み直したくなる魔力と魅力を秘めている、と言っていいだろう。
傑作であるがゆえ”映像化不可能”とも目されてきたが、不可能を可能にした男がいた。
瀧本智行監督。
「脳男」(’13)や「グラスホッパー」(’16)で遺憾なく映像センスを発揮した瀧本によって一本のフィルムに紡がれた映画版「去年の冬、きみと別れ」は、これまた何度でも見返したくなる一作に仕上がっている。
そこを踏まえ、特集2回目では、原作者と監督という立場の2人に、それぞれの思いをじっくりと聞いた。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

中村文則をして「この手があったか」と唸らせた至高のシナリオ編さんと瀧本監督の映像術

まず、中村さんにおうかがいしたいのですが、愛情と狂気とが表裏一体で進んでいく本作の着想として、「愛」ありきだったのか、あるいは「狂気」ありきだったのか、と…。

中村 ”人が一線を越える瞬間”を書こうと思いました。あと、人の欲望というのは本当にオリジナルなのか、誰かが「好きだ」と言ってるから自分も好きだと思っているのではないかという、「欲望の模倣」のテーマもあった。それを薄い本でテクニカルなミステリーとして構築する、というところから始まったので、愛情というよりも狂気が先になるのかもしれません(笑)。では、一線を越える理由として何があるのかというと、そこには愛情があったりするわけです。

一方、映画版の「去年の冬、きみと別れ」では愛情が前面に出ているという印象があるのですが、映像化にあたって瀧本監督は何を心がけたのでしょうか?

瀧本 1人でも多くの人に観ていただく、というところでフックになるのは、感情移入しやすいかどうかというところなんです。でも、原作の本質は見失わないようにしたい。そのバランスをとろうと心がけました。当然ながら、映像は文章よりも生々しいので、描写をきちんと律するという意識を持って臨まないと、別の意味にも捉えられかねないですし、単にお客さんが嫌悪感を抱くことにもなりかねないので、そのギリギリのラインはどの辺りなのだろうか、ということは試行錯誤と言いますか、常に考えていましたね。

©2018映画「去年の冬、きみと別れ」製作委員会

映像化においては、視点をどこに据えるかということがテーマでもあったようにも感じるのですが、いかがでしょうか?

瀧本 小説は読み手のペースでページをめくっていけますし、時にはページを戻って読み直すこともできますけど、映画は劇場で2時間前後、お客さんが受動的に映像を浴びせられるわけです。作り手としては、その2時間前後で見せきるつもりで撮るので、お客さんがどう受け止めるのかという部分がすごく大切になってくるんですね。そこを踏み外さないようにということは、やはり相当意識しました。
というのも、この原作は…叙述ミステリーと呼べる技法で書かれていて、小説だからこそ表現できた物語でもあるわけです。当然、そのまま映画にしてしまうと、『えっ!?』という反応が起こりかねない。だからこそ”映像化不可能”と言われてきたわけですけど、それでもなお映画にするには、どういう構造にしなければいけないのか、というところから始めなければならないわけです。そこが最大の課題でもあったんですけれども…。

中村 僕としては、”映像化不可能”と言われていた原作を、どう映像化するのかなと楽しみにしていたところがあって。実際、脚本が届いて目を通した時、『なるほど、この手もあったか』と驚きましたし、できあがった映像を拝見したら、さらに素晴らしい作品になっていたので、ただただうなずいたという(笑)。
なぜなら、映画の『去年の冬、きみと別れ』を逆に小説化することは難しいからです。一つ方法があるんですけど、それを言ってしまうとネタバレになってしまうので(笑)。言ってみれば、原作と映画版は兄弟みたいな関係になっているんですね。”『去年の冬、きみと別れ』を映画にするなら、このシナリオしかない”と脚本を読んだ時に、自分の中で腑に落ちたと同時に、これは面白いものになるなと確信したところもあったんですよね。僕にとってもベストなシナリオだと思いましたし、映画としての『去年の冬、きみと別れ』が生まれたことに、感動をおぼえました。

原作と映画の変更点は、大きなポイントになっていますよね。

中村 ネタバレになるから言えないですけどね(笑)。何にしても、シナリオで原作の核をしっかりとらえてくださったので、僕はそれがうれしかったんです。それから…誤解を恐れずに言うと、メジャーの大作映画なのに深い作品になっていることも、嬉しかった。総合芸術の映画としてしっかり成立しているし、エンターテインメントとして楽しむこともできる。これを両立させることは容易じゃなかっただろうな、すごいなと素直に感じたんですよね。

原作者・中村文則

瀧本 僕は逆に、中村文則という作家さんはその両立をずっと…いろいろなところでお話していますけど、エンターテインメントと純文学のハイブリッドというか──ご本人を前にして言うのも偉そうでおこがましいんですけど(笑)、多くの読者に向けて、難しい言葉を使うことなく深いテーマを描き続けてきた人だと思っているんです。しかも、毎回違う題材を扱って、常に挑戦し続けていらっしゃる作家さんなので、その方の原作をお預かりする以上、当然多くの人に観てもらいたいですけど、同時に『やっぱり中村さんの原作だなぁ』と実感していただけるような映画にしなければいけないな、というプレッシャーのようなものも感じていたんです(笑)。

中村 さっき、『メジャー映画なのに~』と申し上げましたが(笑)、メジャー映画でも大好きな作品がたくさんあるんですよ、洋邦問わず。それらは幅広い層に向けてわかりやすくつくられていながらも浅くない──心の深いところに届くメッセージやテーマを内包しているんですね。そういう映画と出会った時も、僕は感動するんです。なので…自分の原作を映画化した作品が、自分を感動させてくれた映画の仲間入りをするように仕上げてくださったことに、すごく感謝しているんですよ。先ほどの発言をフォローしているわけじゃないんですけど(笑)。

観終えた時、思わず膝を打ちました。「なるほど、そうだったのか!」と…。

瀧本 語弊があるかもしれませんけど、行為としてはえげつないんですよね。ただ、観終えた後にある種のカタルシスを感じていただければ、という思いは当然撮りながら持っていましたし、映像は直接的な表現なので、一歩間違えると作品そのものから品格が失われかねなかったので、そこは留意して、先ほどもお話したようにギリギリの線を探りながら撮っていきました。

©2018映画「去年の冬、きみと別れ」製作委員会

ある種のピカレスクでもあり、純度の高いラブストーリーでもあるという絶妙なバランスもさることながら、原作で起こることはほとんど映画でも起きているのもスゴイなと思いました。

中村 まさしく。もちろん、僕からも意見を出させてもらったんですけど、映画化に関わっていらっしゃる方々が一流の映画人ばかりですので、アイデアを出しつつも『お任せできるな』と信頼を寄せていたんですよ。正直なことを言うと、脚本の段階では細かい部分で『ここはこうした方がいいかもしれないけど…信用してお任せしよう』と、敢えて口をつぐんだところもあるにはあったんです。でも、完成した映画を観たら信頼してよかったと思えました。
”奇跡的”…というのは、ちょっと大げさか。いえ、ある洋菓子店が『奇跡の○○』と自ら銘打って売っているのを見て、“うわ、気持ち悪い、自分で言ってる”、と思ったことがあって(笑)。まぁ、原作者だから映像化に関しては言ってもいいですよね。本当に、今回の映像化は色んな意味で”奇跡的”だったなと感じています。

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