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深澤大河・三浦海里・白柏寿大・市瀬秀和らが届ける極上な“友愛”という料理を召し上がれ――本格文學朗読演劇「極上文學」シリーズ 第12弾『風の又三郎・よだかの星』観劇レポート

深澤大河・三浦海里・白柏寿大・市瀬秀和らが届ける極上な“友愛”という料理を召し上がれ――本格文學朗読演劇「極上文學」シリーズ 第12弾『風の又三郎・よだかの星』観劇レポート

3月8日から歴史ある紀伊國屋ホールにて、こちらも初演から第12弾まで積み上げた歴史ある本格文學朗読演劇「極上文學」シリーズ 第12弾『風の又三郎・よだかの星』が13日まで上演していた。
傑作文学を朗読という形式だけにとらわれず演劇的手法を用いて魅せる感動的な舞台。第12弾も傑作と呼ぶに相応しい舞台だった。その模様をレポートしよう。
※観劇したのは、“読み師”に深澤大河、三浦海里、白柏寿大、市瀬秀和。“語り師”に山口智広の組み合わせの回。

取材・文 / 竹下力 撮影 / 鏡田伸幸

劇場に吹きぬける美しくも悲しい”風”

「風」――宮沢賢治を語る上で、最も欠かせないキーワードだろう。花をなびかせる春の優しい風、夏の暴風雨のような激しい風、秋の稲穂を撫でるような柔らかい風、冬の空を飛ぶ鳥が凍えてしまうような凍てつく風。このシリーズのカンパニーは常にチャレンジングに、見事に原作のテーマを体現してくれる。今作ではまさに美しくも悲しい“風”を劇場に吹かせていた。

「極上文學」シリーズとは、日本文學の上質な世界観を“読み師”と“具現師”がビジュアルと音楽で魅せ、朗読と芝居を織り交ぜて表現するスタイルの舞台。マルチキャスティング制で俳優の組合せは日替わりで、第12弾に当たる今作は、幻想的な童話の世界を描くことで有名な宮沢賢治の『風の又三郎』『よだかの星』を舞台化した。

まず、舞台美術に目をみはる。上手に紫色の布のかかった椅子を一脚用意し、中央には“極上文學”と記された紗幕を使った回転舞台を設置している。床に青い装丁で「極上文學」と金文字で記された本が綺麗に配置されている。読み師たちは、その本を取りながら様々な表情や仕草で朗読し、具現師たちがモノやコトを動きで表現し、今作から初登場となった声優陣による語り師が声で魅了した。

ライティングにも注目だろう。中央の回り舞台や客席をも巻き込みながら柔らかい色合いの光で劇場を照らし、舞台に花を添えていた。

ストーリーは、舞台上手の椅子に一人の男が座る。どうやらここは図書館。彼はとある友達を待っているらしいのだが……そして時間つぶしに本を手に取り、読み始めたのが『風の又三郎』。そこから劇中劇が始まっていった。

そして舞台はどこにでもある田舎の小さな小学校に早変わり。そこに都会から赤毛の高田三郎(深澤大河)が転校してくる。同じ教室の子供達は、赤毛をからかいながらもどこか憎めない優しい存在だと気づく。しかも彼には何かしら不思議なオーラのようなものをまとっていて、彼は村にいる伝説の精霊“又三郎”に見えるようになり……。6年生の一郎に白柏寿大、5年生の喜助に市瀬秀和と、具現師たちが、騒々しくもあの時代にあった楽しい学校の教室を、子供達を愛した宮沢賢治のような、『風の又三郎』の暖かくも物悲しい世界を緻密に作り上げていった。

さらに目を見張るのは、見事な振付だろう。風、川、土着的な風俗、悲劇、喜劇、当時の自然や文化、感情を余すことなく具現師達に再現してもらいながら、朗読だけにとらわれない甘美で時にビターなビジュアルで劇場に『風の又三郎』の風景を観客の目の前に提示していた。

読み師たちも激しい稽古のもと、互いの間とタイミングを適切に測りながら、淀みなく朗読を続けていき、息もつかせぬ空間を声と演技で作り上げていった。

又三郎役の深澤大河はどこか不思議な少年を闊達に演じていてつかみどころがないのだが、彼はどの子にも優しい、その本当の正体は……。

そして6年生の一郎役に白柏寿大。彼はエンタメステーションのインタビューで「僕が演じる「一郎」は、小学校の6年生のとあるクラスの学級員で、みんなのお兄ちゃん的な存在。ただ、お兄ちゃんといっても小学6年生ですから、僕の年齢に近い大人を演じるのではなくて、下級生の時に感じていた大人の6年生の持った雰囲気を醸し出したいです」と述べていたが、時にリーダーとして、時に弟を事故で失った深い悲しみを朗々と話す。5年生の市瀬秀和はやんちゃで、ちょっといたずらっ子な子供を可愛く演じた。

朗読は続き、次第に『よだかの星』へと繋がって行く。シームレスな演出が見事だ。いわば劇中劇のまた別の“劇中劇”に様変わりした。

よだかはとてつもなく醜い鳥。昼は行動できずに夜、羽虫やカブトムシを捕って食べている。美しいはちすずめや、かわせみの兄でありながら、鳥の仲間から嫌われている。特に鷹には改名しろとまで脅される始末。

三浦海里は「“よだか”は傷つきやすく感受性が豊かで、自分はどうして生まれてきたのだろうと考える内向的なキャラクター。僕とは正反対の性格だと思ったので、どれだけ“よだか”になれるのか、自分の演技の幅を広げるチャンスだと思います」と述べていた。舞台上でも、彼は、自分が生きている意味を、センチメンタルな表情とフラジャイルな雰囲気を醸し出して表現していく様が圧巻だ。そして、とうとう耐えきれずに昼間に空を飛ぶという無謀な行為に出るが、まさに太陽に近づかんがために羽が溶けてしまったイカロスのように朽ちて行くのだが……。

鷹の白柏は「周りをひれ伏せさせるオーラを纏った鳥。海里の“よだか”とぶつかり合う関係です。高圧的になればなるほど、いじめればいじめるほど“よだか”が引き立つと思います。そうすることで、お客さんが感情移入できるスペースが生まれる。作品へのイメージがさらに膨らむと思うので、舞台を傍若無人にぐちゃぐちゃにかき回したいです(笑)」と語ったが、彼が嫌な役になればなるほど、よだかの生まれ持つ悲しみが引き立って、最後の大円団が華々しく見えるのだ。彼らのインタビューを参照にしていただければ、どれだけ彼らの親密具合がこの舞台に生かされているのかわかるが、まさに師弟愛を超えた、友愛を感じさせた。

さらに、『よだかの星』では全編を通してハイセンスな衣裳だけれど、よだかと鷹、あるいは色とりどりのかわせみとの衣裳のコントラストが舞台を彩り特筆すべきだった。

この朗読演劇は、ただ原作をなぞっただけではない、文学の奥底にある真髄に潜っていくチャレンジングな舞台だ。カンパニーをまとめあげる演出のナイスコンプレックスのキムラ真は、とてつもない仕事を成し遂げた。中央の回り舞台を活かしながら、客席をも巻き込み、ただの朗読に収まらない、まさに朗読演劇という新しいジャンルの空間を果敢に作り上げて行った。

脚本の神楽澤小虎(MAG.net)は、シームレスに2つの話、いや、実際には3つの話をとても丁寧に繋げ、観客に戸惑いを感じさせることなく飽きさせない仕掛けを作っていった。

そして音楽・演奏の橋本啓一は、大正浪漫的な歌謡音楽を、ジャジーなアレンジで、宮沢賢治らしく実験的で野放図に、まさに風に吹かれているように演奏していたが、耳触りが良かった。紀伊國屋ホールの音響は素晴らしさに定評があり、目を閉じればイヤホンをつけて音楽を聞きながらお気に入りの本を読んでいる身近な状況をふと思わせてくれた。

この舞台のテーマは友愛だ。友達、それ以上に、他者との関係性からしか生まれない“勇気”や“優しさ”を丁寧に表現しており、現代にとかく欠けている「他者へのいたわり」を直接語るわけではなく、まさに演劇として声と体を使って物語で十二分に語っていた。まるで“注文の多い料理店”で極上の一皿が出てくるような感覚。

こんな舞台はなかなかお目にかかれるものではない。直接舞台を体験して欲しいが、観劇に間に合わなかったという人もいるだろう。すでにこのシリーズの何作かは、DVDとして映像で見られるという。売り切れという人気作もあるが、ぜひ一度文学の奥深さに演劇というフィルターを通して触れてみるのはいかがだろうか。春の訪れにふさわしい暖かく優しい傑作であった。

本格文學朗読演劇「極上文學」第12弾『風の又三郎・よだかの星』

2018年3月8日(木)~13日(火)紀伊國屋ホール

原作:宮沢賢治
演出:キムラ真(ナイスコンプレックス)
脚本:神楽澤小虎(MAG.net)
キービジュアル:ますむらひろし
音楽・演奏:橋本啓一
コレオグラファー:美木マサオ(マサオプション)
【読み師】又三郎 役:納谷 健(劇団patch)・深澤大河/よだか:藤原祐規・三浦海里/
一郎・鷹:鈴木裕斗・白柏寿大/喜助・弟:松本祐一・市瀬秀和
【語り師】赤羽根健治/折笠富美子/竹内順子/田丸篤志/三浦祥朗/山口智広(五十音順)
【具現師】美木マサオ/福島悠介/濱仲太(ナイスコンプレックス)/萩原悠/百瀬友水 (ナイスコンプレックス)

オフィシャルサイト

©ますむらひろし
©2017 CLIE/MAG.net

宮沢賢治傑作選 『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』『風の又三郎』ほか

著者:宮沢賢治
出版社:ゴマブックス
『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』……誰もが一度は読んだことがある有名作・人気作を完全網羅!!宮沢賢治10作品!!

風の又三郎

原作:宮沢賢治
著者:ますむら・ひろし
出版社:扶桑社
好評「ますむら・ひろし賢治シリーズ」第2弾!宮沢賢治の作品世界をますむら・ひろしが完全ビジュアル化!!日本の東北地方の自然に育まれた宮沢賢治の代表作「風の又三郎」少年期の子供だけが見ることができ、感じることのできる世界を描いた賢治の童話をますむら・ひろしがコミック化。