佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 36

Column

大瀧詠一さんの夢が生きているスタンダード・ナンバー、「夢で逢えたら」のカヴァー集全86曲に乾杯 !

大瀧詠一さんの夢が生きているスタンダード・ナンバー、「夢で逢えたら」のカヴァー集全86曲に乾杯 !

3月21日といえば日本人には「春分の日」なのだが、音楽ファンの間ではいつの頃からか、「大瀧詠一の日」になった。
大瀧詠一を知る者にとって3月21日という日付は、今でも特別の意味を持っている。

そもそもの発端は1981年3月21日に、アルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』がリリースされたことから始まった。

1976年に日本コロムビアとレーベル契約を結んだ大瀧詠一は、最新鋭の16チャンネル・マルチトラック・テープレコーダーを提供してもらうことを条件にした。
そのかわりに3年間で12枚のアルバムを制作するという無謀ともいえる約束をしたのだが、それからは地獄の責苦のようなハード・スケジュールをこなさなければならなくなった。

それでも自宅そばに構えた「FUSSA45スタジオ」で、大瀧詠一は次々にアルバム制作に取り組み、ナイアガラならではの音楽づくりに邁進していった。

そして日本語のロックを考え続けた帰結として、『ナイアガラ・カレンダー’78』を完成させて、1977年の12月に発売したのだ。

ところが時代の最先端を行くサウンドやアイデアを込めた自信作にもかかわらず、このアルバムはセールス的にまったくの不発に終わる。
1978年の『LET’S ONDO AGAIN』を最後に、コロムビアとの契約は解消となり、大瀧詠一はナイアガラ・レコードを休業状態にせざるを得なくなった。

それからしばしの休息をはさんで、あらためて腰を据えて制作したのがアルバム『A LONG VACATION(ロング・バケイション)』だ。
これが1981年3月21日に発売されると、それまでのアルバムにはない好反でヒットしていった。
まもなくナイアガラとしては過去最高の売上を記録し、さらに売上を伸ばして5ヶ月後にはオリコン・アルバムチャートの2位にまで到達する。

その後もロングセラーを続けた『A LONG VACATION』によってナイアガラ・レーベルは軌道に乗り、翌年の3月21日には『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』がリリースされた。

それから1年おいた1984年3月21日、最後のソロ・アルバムとなる『EACH TIME(イーチ・タイム)』が発売されると、『A LONG VACATION』に続く大ヒットを記録した。
こうして3月21日はナイアガラにとって、大きな意味を持ち始めていく。

21世紀に入った2001年に『ロング・バケイション 20th Anniversary Edition』が発売になり、そこから3月21日はナイアガラの記念盤が登場する日として定着する。

2003年『ナイアガラ・トライアングル Vol.2 20th Anniversary Edition』
2004年『EACH TIME 20th Anniversary Edition』
2005年『ナイアガラ・ムーン 30th Anniversary Edition』
2006年『ナイアガラ・トライアングル Vol.1 30th Anniversary Edition』
2007年『ナイアガラCMスペシャル Vol.1 3rd Issue 30th Anniversary Edition』
2009年『TATSURO from NIAGARA』
2010年『EIICHI OHTAKI song book 1 大瀧詠一作品集 Vol.1』
2011年『ロング・バケイション 30th Edition』『NIAGARA CD BOOK I』
2012年『ナイアガラ・トライアングル Vol.2 30th Edition』
2013年『NIAGARA SONG BOOK 30th Edition』

大瀧詠一が2013年の年末に逝去した後も、ナイアガラ音源がリリースされる日となり、2016年には奇跡的なニュー・アルバム『DEBUT AGAIN(デビュー・アゲイン)』が登場した。

そして今年はついに大瀧さんが生前に発言したという、“次は「夢で逢えたら」だけの作品集だな”という企画が現実のものとなったのである。

『EIICHI OHTAKI Song Book III 作品集Vol.3 「夢で逢えたら」(1976~2018)』

ジャパニーズ・ポップス史に燦然と輝くスタンダード・ナンバーの「夢で逢えたら」が誕生したのは、ナイアガラのレーベル構想に夢をたくそうとしていた1975年のことだ。
そして翌76年に吉田美奈子の歌で初めてレコード化されたのを皮切りに、実に数多くのアーティストによってカヴァーされてきた。

その顔ぶれは俳優、アイドル、演歌歌手、海外アーティストに至るまで、ジャンルも年齢も超えている。

メーカーやレーベルの壁を乗り越えて古今東西に存在する「夢で逢えたら」だけを集めた企画が実現したのは、偉大なるレーベル・プロデューサーが遺してくれた奇跡と呼んでもいいだろう。

ぼくは2日に分けて全86曲を聴いてみたが、次から次へと新しい発見があって嬉しくなった。
縁があって年に1、2回は大瀧さんを囲んで長時間、お話を聞かせて頂いた頃の思い出も蘇ってきた。

お酒を嗜まなかった大瀧さんだったけれど、夢がかなった「夢で逢えたら」のカヴァー集に、思わず「乾杯!」と大きな声で叫んでしまった。

大瀧詠一さんの楽曲はこちらから

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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