Interview

ファンキー加藤 情熱と平温を詰め込んだ新作『今日の詩』。39歳の男の日常がきっと誰かの日常でもある

ファンキー加藤 情熱と平温を詰め込んだ新作『今日の詩』。39歳の男の日常がきっと誰かの日常でもある

自らの日々、その日常を生き様とするならば、生き様を歌い続けてきたのが、ファンキー加藤という人間ではなかろうか。その“歌”は、いつもギリギリで、切実で、まるで“俺はこういう生き方しかできない”という表明のようだったと思う。彼は、傷ついたり、転んだりしながらも、生き様を表明することで、聴き手と繋がってきた。
ソロ3枚目となるアルバム『今日の詩』が完成した。日常を紡ぐという軸は変わらないが、本人の音楽への向き合い方が変化した一枚だと思う。それは、いちリスナーとしてこの作品を聴いた際、実にフラットに楽しめる作品になっていたからだ。これまでは“さあ、ファンキー加藤のアルバムを聴くぞ!”という気構えが必要だったが、今回はまったくそれがない。知らぬ間に、一枚聴き終わっている。表明から表現へ……そんな変化を感じる、作品に仕上がっていると思う。音楽としてすぐ近くにいる、ような。『今日の詩』は、ファンキー加藤の変わらぬ情熱と、これまでになかった平温を感じられる、優しくしなやかなアルバムである。

取材・文 / 伊藤亜希


『今日の詩』は、例えるなら、肩まで浸かるくらい。ちょうどいいっていうか、少し見渡せるくらいの感じ

今作『今日の詩』の制作にあたり考えたことは?

がっちりしたアルバムコンセプトみたいなのは、考えてなかったですね。その日、その時、その瞬間に歌いたいなって思った言葉だったり、奏でたいと思ったメロディーを瞬発力でぼんぼん生んでいった感じ。今回ね、レコーディングでのスタジオ作業が、すごく楽しかったんですよ。前作の『Decoration Tracks』は、いろいろあった直後だったこともあって、結構、音楽に無理矢理、浸かりにいって作った感じで……。

なるほど。無理矢理というか……もう、音楽に集中するしかなかった?

そうそう。集中するしかなかった。自ら雑音を消すために、どっぷり頭まで浸かったんですね。もう、息苦しくなるくらいに浸かってた。でもそれはそれがあったから、生々しいアルバムになったとも思ってるから、結果としては、良かったなと思うんですね。今思えば、ですけど。で、今回の『今日の詩』はちょっと違って。例えるなら、肩まで浸かるくらい。ちょうどいいっていうか、少し見渡せるくらいの感じというか。

あぁ、自分の音楽を直接肌で感じることもできるし、俯瞰でも見られるような感覚?

そうです、そうです。あえて俯瞰で見ることで、肩ひじ張らずにできたらいいなと思って、そうしたんですけど。そしたら、スタジオ作業がすごく楽しくて、とても充実したレコーディングでしたね。

デビューから10年以上経った今、レコーディングが楽しいって言えるの、素晴らしいことだと思います。

本当に。正直言うとですね、ライヴと比べちゃうと、どうしてもレコーディングって、あまり好きと言えなかった……いや、違うな、決してレコーディングがイヤなわけじゃなくて、ライヴが好き過ぎて、そっちが自分の性に合ってるのが明らかにわかるから、その差が大きかったんですよね。でも今回は、それが感じられないくらい楽しかったんですよね。

そんなに特別な日々を過ごしているわけじゃない。僕の日常が、きっと誰かの日常でもあると思っている

アルバム『今日の詩』を聴いていて“雨”って言葉が、結構出てくるなと思ったんですが、何か理由がありますか?

あぁ、なるほど。言われてみれば……って感じですかね。自分ではまったく意識してなかったですね、そこは。僕、聴いてくれる人が、曲という物語に入っていきやすいアイコンとか、普段からずっと探しているんですよね。それが、朝起きて、パッとカーテンを開けたときの空の色だったり、するんだと思う。基本、インドアなんで、曲作りが天候に左右されるってこともないんですけど、自分の生活の中にある風景とかが、歌詞になっているから、そこが顕著に出ているんだと思いますね。

生活の中に普通にある何かが、歌詞を形成するアイコンになってくるって、生々しいですよね。過去に、曲や歌詞を作る際、自分を特別なシチュエーションに持っていったことがありますか? 例えば、ドライブするとか、小旅行とか。

ないですね。それこそスタッフさんから、何回か“山中湖の湖畔のスタジオで合宿でもする?”とか言われたこともあるんですけど、僕、全部断ってるんですよ。海外レコーディングとかも、まったく興味ないし(笑)。自分の日常の中に、いつも自分を置いておかないと、地に足着いた曲や歌詞は生まれないだろうなっていうのが、持論としてあるんです。曲はつねに、日常に寄り添っているものでありたい。僕自身、そんなに特別な日々を過ごしているわけじゃないと思っているから、僕の日常が、きっと誰かの日常でもあると思っているんです。だから僕が見る風景は、きっと街の誰かが見る風景と一緒だろう、と。だから歌詞を書くときも、基本的には自宅の作業部屋だったり、よく行く喫茶店の一角だったりするんですよね。

場所までも決まっているんですね。

決まってますね。

それが、加藤さんにとって普通?

そう、普通なんですよ。

なるほど。そうすることで、自分らしい曲ができる確信もあったり?

そうですね。確信っていうかね……そうじゃないと曲ができないって、自分が一番よくわかってるんです。

ファンキー加藤という、39歳の男性の人生も、面白おかしく楽しんでくれればいい

ところで。まったく話が変わりますけど。収録曲の「ダイジョウブルース」に“39歳 加齢臭”って歌詞が出てきますが、39歳で加齢臭は、まだ出てないんじゃないですか?(笑)

あはははははは(爆笑)。出てないと思いますよ。まだ(自分も)出てないです。一応、耳の裏はよく洗ってますから(笑)。“加齢臭”って言葉は、コミカルさを加えた感じですね。

「ダイジョウブルース」のコミカルさって、ファンモン(FUNKY MONKEY BABYS)時代から脈々と続いてきたコミカル路線とは、少し違うように感じました。

この曲は、アルバムの中でも結構、肝になる曲なんですよね。なんとなくアルバムのことを考えているときに“ダイジョウブルース”ってワードがフワッて浮かんできて。そのあと、ずっと木霊してたんですよ、頭の中で“ダイジョウブルース、ダイジョウブルース”って(笑)。あ、これは……って思って。僕、ブルースって、そんなに深く掘り下げたことがなかったんですけど、実験的に曲を作ってみようと思ったんです。ひとつのワードから、どれくらい音楽が広がっていくのか、試してみよう、と。そこからプロデューサーさんと一緒にブルースの歴史を調べ、往年のブルースミュージシャンの曲を片っ端から聴く……ってことをして。ブルースの様式美みたいなものを自分たちなりに導き出して、そこにファンキー加藤の色、熱量を注ぎ込んでみる、みたいなふうにして作っていった。歌い方も含めて、ちょっと面白い曲になったんじゃないかな、と。

あぁ、なるほど。たしかに“ああ、加藤さんはブルースをこう解釈したんだ”ってイメージできて、聴いててめちゃくちゃ面白かったです。

それは良かったです。嬉しいです。この曲で、ひとつのワードから曲ができるっていう、音楽の楽しさや自由さを改めて再確認できたんですよね。この曲は、今回のアルバムの中でも、かなり最初のほうでできた曲なんですけど、これができてから制作の勢いが増していった気がする。アルバムに勢いをつけてくれた曲だと思うんですね。だいたいこういうコミカルな曲って、ファンモンのときも含めて、8曲目か9曲目あたりに据えることが多かったんですけど、今回は、アルバム制作の立役者という意味も含めて、6曲目に格上げした感じです。

「ダイジョウブルース」って、人生観が伝わってくる、すごくいい言葉だと思うんです。でも、それが、ダジャレっていう(笑)。

そう、ダジャレ(笑)。

この“人生観”というか、これからの行く末、みたいなものを感じさせるところが、これまでのコミカル路線と違うのかも。

チャーリー・チャップリンの言葉で、すごく大好きな言葉があるんですよ。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」っていう。いろんな意味も含めて、ファンキー加藤という、39歳の男性の人生も、面白おかしく楽しんでくれればいいなっていうのはありますけどね。

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