若手ライターが選ぶ!買ってでも聴くべき本当の名曲  vol. 7

Column

『シェイプ・オブ・ウォーター』 映画と音楽がもたらす究極のコラボレーション

『シェイプ・オブ・ウォーター』 映画と音楽がもたらす究極のコラボレーション

多種多様な配信サービスの乱立、ジャンルの限りない細分化、アナログレコードやハイレゾ音源といった「音質」にこだわる聴き方の広まり――
「どのように」音楽を聴くかということと「どんな」音楽を聴くかということが複雑に絡まりあう現代において、音楽作品を「買って聴く」ということはどのような体験なのか。

今回、エンタメステーションでは、新進気鋭の若手ライター12人に「買ってでも聴くべき本当の名曲」というテーマで作品のセレクトを依頼した。
最前線の音楽シーンを見つめる12人は、それぞれどのような切り口でこの課題に応えてくれたのか。ぜひ紹介されている音源を実際に「買って」「聴いて」その違いを楽しんでみてほしい。


今聴くべき映画音楽『シェイプ・オブ・ウォーター』

『シェイプ・オブ・ウォーター (オリジナル・サウンドトラック)』

※ハイレゾ音源

水中で始まり、水中で終わる、幻想的な恋愛の物語。舞台はまだWASPの白人中心主義が強固であった冷戦中の1960年のアメリカのバルチモア。そこに、声を奪われた中年の女性清掃員のイライザと、施設内に保護された半魚人のような謎の生物、両者が出会う。形式にとらわれがちな社会の中で、どこまでも自由に愛した者たちの、非現実的な、神話的といっていい美しさには胸を打たれる。
メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督によるこの『シェイプ・オブ・ウォーター』は、ジェンダーやマイノリティーの問題が大きくクローズアップされた第90回アカデミー賞にて最多4部門(作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞)を受賞した。社会的に見ればマイノリティー2人の数奇な恋愛の物語は、説得力を持って多くの観衆の心にアピールしたが、それは一つの時代の象徴のようにさえ映る。

物語の進行は早い。映像は流れているかのようにめまぐるしく動き、次々と新しいシークエンスへと展開していく。映画作曲家のアレクサンドル・デスプラは最初に映画を見させられた時、まるで音のつけられていないミュージカル映画のように感じたと語る。
各キャラクターの描写や感情は、しばしば映像だけではうまく描写できない。異なる場面に連続性を持たせるために、性格的にキャラクターがうまく描写された音楽を繰り返し流すことで、物語の進行は彩られるのだが、この作品ではイライザも、また謎の生物も声を発することが出来ないため、音楽の役割は特に重要であった。
しかもスパイ映画的な場面もあれば、アクション的な場面もある。要素が混在した物語を筋の通った一つの恋愛の物語にするにあたって、アレクサンドル・デスプラが目指したのは、甘美で古典的な美しさに満ちた音楽で作品全体を統一することであった。

この幻想的な恋愛の物語は、大きな障害がある中、魅力が一層際立つ。冷戦下においては、両生類の知性ある生物は、宇宙開発における格好の実験材料になりうるので、国家機密的な機密情報を得るためにスパイが現れる。しかしその生物は知性があり、人間の言葉や音楽を理解し感情を持ち、実験室にポータブルのレコードプレイヤーを持ち込むと音楽に合わせ体を動かしたり、手話を理解するなど、イライザとの出会いと交流によって、徐々に情動と知性の存在が露わとなる。
彼女はやがて自分を真に受け止める存在として受け止め、危機に瀕したその生物をなんとか救い出そうとする。その周りで助ける彼女の同僚や隣人たち。しかし上司の圧力もあり必死で探し出そうとするエリート軍人ストリックランドが立ちふさがる。終盤にはある悲劇に見舞われつつも、やがて物語は、純愛が永遠に成就したかのような幻惑的な結末を迎えることになる。

デル・トロ監督が作曲家デスプラに求めたもの

デル・トロ監督は、自作品の中で最もヨーロッパ的要素が強い作品になったと語る。
そんな彼がモデルとした映画作曲家が、『甘い生活』『道』などフェリーニ監督作品や、ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』やコッポラ監督の『ゴッドファーザー』のテーマ曲も手がけたイタリアの巨匠ニーノ・ロータだった。クラシック的なバックグラウンドが強く、まるでテーマ曲で映画全体を描写してしまい、観客の記憶にいつまでも深く刻印される、表現力の高いメロディーを構築することができる作曲家だ。
デスプラも、今のハリウッドでは珍しく、古典的なメロディーを制作の中心においている作曲家である。しかし古めかしすぎるというわけでもない。前回アカデミー賞作曲賞を受賞した『グランド・ブタペスト・ホテル』の音楽のように、印象的なメロディーを作るのに留まらず、ヨーデル唱法やグレゴリア聖歌にツィンバロムやバラライカを使用するなど、楽器奏法や楽器編成の今までにありそうでなかった組み合わせを考え、古典的なメロディーに独特の雰囲気を作り出すことを得意としている作家である。
いわばクラシカルでありつつも現代にあった楽器編成に挑戦する、新鮮な感性の持ち主なのだ。

『甘い生活(オリジナル・サウンドトラック)』

『ゴッドファーザー』オリジナル・サウンドトラック

※ハイレゾ音源

この映画音楽が珠玉の名作である理由

デスプラは登場人物、イライザ、謎の生物、ストリックランドという3人のメインキャラクターに応じてテーマ曲を与えた。
例えばイライザであれば、ワルツのリズムを取り入れつつ、少女のように夢見がちな浮遊感のある曲調になっている。そして従来のオーケストラ編成の重厚感を与えないために、水の流れや透明感と同じ質感をもっているフルートを多用、アルトフルート、バスフルート、コントラバスフルートなど、計12本のフルートを使用したと言う。そして、きらめくようなピアノ、ハープ、ヴィブラフォンがパールのような質感を出していて、反射する水のイメージを作っている。
また、謎の生物のテーマには、スタッカートでならされる5音でできた低音部の旋律が繰り返されるが、それは『ジョーズ』におけるサメの登場のシーンのオマージュに他ならない。

映画のテーマ音楽も、イライザのテーマに多くが由来し、フルートが主旋律部分を担当し、ワルツの拍子なのもそのままだが、これが変装され繰り返し劇中で流れることにより、イライザの持続的で高まっていく恋愛感情を上手く表現している。デスプラ本人による、イライザの自由な感情を表したという口笛は、どこかユーモラスで、しかしどこか悲しい。
アコーディオンはフランスの伝統的なミュゼットの奏法を避けつつ、謎の生物が南米由来であることを示すアルゼンチン的な奏法に基づいている。1つの楽曲の中に、2人の存在を示す口笛とアコーディオンが共存し、キャラクターと音楽の出自を一致させ物語を形成することにも余念がない。

アルバムに入っている既存の楽曲の選曲は、3, 4ヶ月もの期間、何千という曲を聴いて選んだデル・トロ監督によるものだ。デスプラによる現代的なアレンジによってソプラノ歌手ルネ・フレミングによって歌われる「You’ll Never know」は、元々イライザがヴィンテージ物のTVで見ていた1943年の映画『Hello, Frisco, Hello』のアリス・フェイによる主題歌であり、それを声を発することの出来ないイライザが想像上で歌うという設定となっている。
またブラジル人であり、合衆国でも人気のあったカルメン・ミランダ、カテリーナ・ヴァレンテ&シルヴィオ・フランチェスコなど、かつてラテン的な世界観からヒット曲を生み出していた往年の音楽家の楽曲も選ばれ、歴史的な文脈から見て、また合衆国におけるマイノリティーとしての視線から見て、幾重にも味わい深い楽曲となっている。そしてそれは、デスプラ楽曲との親和性が非常に高く、デル・トロ監督とデスプラのコラボレーションの成功を証明していると言えるだろう。

執筆者プロフィール:大西 穣(おおにし・じょう)

音楽家/翻訳家。バークリー音楽院作曲科卒。即興音楽家としてボストン、NYの即興シーンにて活動。帰国後は音楽制作会社にて国際的なプロジェクトを担当。『intoxicate』にてスティーヴ・ライヒ論、ハイナー・ゲッペルズ論を寄稿。

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