雲田はるこ『昭和元禄落語心中』特集  vol. 5

Column

音楽にあこがれるマンガ家 後編

音楽にあこがれるマンガ家 後編

「江戸弁のもつリズム、まさに『音楽』を意識して、『音楽』として聴かせたい」と語る原作者・雲田はるこ。

まさに「音楽にあこがれるマンガ家」である彼女は、マンガのなかの「音楽」を、「コマが崩れる瞬間のリズム」ではないかと考えているそうだ。

たとえばふたりの人物が会話をする場合、ことばを発する人物、吹き出し、背景などが書き込まれたコマがいくつかつづくのがマンガの常道だ。しかし、いずれかがショックを受け、心象的な表現として背景が黒ベタになったり、劇的なシーンではコマをこえてイメージが拡散していくような描写がある。そういう変化のとき、音楽が聞こえるのだという。

人物が会話をしている場面では平坦に、聞こえるか聞こえないかくらいのBGMとして流れていた音楽が、コマが崩れる瞬間にわっと流れこんでくるんです。
あと、背景の謎の線。これがあるときには、かならず音楽が流れています。

マンガに描かれた音楽は、物語の感情の動きに沿っている気がします。たとえば謎の線の前でうっとりした表情を浮かべる八雲は、ひさしぶりに耳にした三味線の響きで幸福を感じているんですね。ラインは、そういう心の動きを象徴しているんです。*

このように、雲田さんの「マンガ=音楽理論」はすでに一貫したルーティンのようになっている。

音楽を聴くのは、ネームの後のラフを描くとき。セリフを考えるときは止める。なぜなら、音楽とことばはいっしょの脳みそを使っているから。下描きをはじめてまた音楽を聴くが、セリフを書きこむときもやはり止める。つまり、絵を描くときは聴いて、字を書くときは止めるのである。

これまでインタビューしてきたマンガ家たちも異口同音のことを言っていた。しかし、ここまで明確に、自覚的にシステム化しているひとははじめてだった。

『落語心中』はものすごく感情の起伏が激しい物語だから、「音楽が流れっぱなしで高ぶる」というのもすごくわかります。*

とも語っていた。ポイントは「情動=音楽」。シリアスな心理描写のある作品には音楽が多いのだそうだ。

それはまさに、『昭和元禄落語心中』のテーマにも関係している。

そもそも「心中」の物語である。もちろん暗喩だが、この「落語と心中する覚悟の人びとを描く」という物語性のために、現実より落語が衰退したディストピア的世界が展開されていることは、以前にも述べた。いつの世も、どんなジャンルにものしかかる、「芸を伝えていくこととは」という普遍的な命題こそがテーマなのだ。

後述する最新のインタビューで、雲田さんはまた、こんなふうにも語っている。

すぐれた先例がたくさんあるから、落語の物語といえば『笑いあり涙ありの人情もの』、みたいに考えがちですよね。私はそれをひっくり返したかったんです。もちろん笑いも涙もあるけれど、もっと深い、人間のもの悲しさや愚かさ、命がけで高座に上がる噺家の横顔といったものを描きたかったんです。

人間の喜怒哀楽、とりわけ深い情動を描こうとすると、心のなかで音楽が流れる。それならば、『昭和元禄落語心中』が“音楽的マンガ”なのは当然である。

そんな“音楽的マンガ”がアニメになったとき、クリエイターやキャストはどんな思いで、その“音”を形にしていったのだろうか。

雲田さんへのインタビューをお届けする前に、今度はアニメ『昭和元禄落語心中』と音楽の関係性について探ってみたい。

構成・文/高野麻衣

インフォメーション

TVアニメ「昭和元禄落語心中」
MBS、TBS、CBC、BS-TBS“アニメイズム”枠にて放送中
オフィシャルサイト http://rakugo-shinju-anime.jp/
【公式twitter】 @rakugoshinju 
(c)雲田はるこ・講談社/落語心中協会

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*引用元:高野麻衣/雲田はるこ 画『マンガと音楽の甘い関係』(太田出版)

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