黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 14

Column

ゲームクリエイター小口久雄氏が語るエンタメ論(中)一番深い部分で感じる楽しさは「貢献」と「達成」

ゲームクリエイター小口久雄氏が語るエンタメ論(中)一番深い部分で感じる楽しさは「貢献」と「達成」

「今、ペンギンが人気だからペンギンのゲームで企画を考えろ」って言われた企画

やっぱりそっちなんだ。でもセガに入って最初に作られたのはテレビゲームですよね。

小口 そう、84年に入社して最初に企画したのが『どきどきペンギンランド』(注12)。当時、ペンギンが登場するサントリーのCM(注13)がメッチャ流れていたよね。バックに松田聖子の曲が流れるやつ。

注12:ペンギンのアデリーくんを操作して、ブロックに穴をあけたり岩を落として敵のシロクマを倒したりしながら、タマゴを割らないようにゴールまで運んでいくアクションパズルゲーム。1985年にセガのSG-1000やアーケード向けに発売された。
注13:1983年から放送されたサントリー「CANビール」のCMのこと。CMに登場するアニメのペンギンたちの可愛らしい姿が話題となり、CMソングとして使用された松田聖子の『SWEET MEMORIES』ともども大ヒットとなった。

ありましたね。

小口 そうそう。で、上司が企画の僕たち新人に「今、ペンギンが人気だからペンギンのゲームで企画を考えろ」って言ってきて。あの大人気だったCMに乗れと言われて、自分で企画をした最初のゲームがコレ。その次に矢木(博)さん(注14)とかと『スーパーダービー』っていうゲーセンの競馬ゲームを作って。あんまり知られてないんだけど『ワールドダービー』(注15)の前に『スーパーダービー』っていうのがあったの。で、その『スーパーダービー』の後に『ワールドビンゴ』(注16)を作ったんだよ。「小口シリーズ」「ワールドシリーズ」って呼んでるんだけどね。

小口氏が手掛けた「ワールドビンゴ」の販売促進用ブロッシャー(チラシ)

注14:セガのAM製品開発本部長などを歴任。携帯型ゲーム機『ゲームギア』のほか多数のアーケード基板の開発に携わった。
注15:1988年にリリースされたセガのメダル競馬ゲーム。馬が左右に動いて走路を自由に変更できるフリートラックシステムが話題を呼んだ。
注16:1986年にリリースされたメダルゲーム。1~25の中から5つの数字が選ばれ、それらの数字が縦・横・斜めのいずれかに3つ以上並ぶとビンゴとなる。この基本ルールやメダルの投入数に応じてランダムでより有利な条件が設定されていくなど、小口氏が学生時代にハマったビンゴゲームがベースとなっている。

小口シリーズ(笑)。

小口 で、この『ワールドビンゴ』は、さっき言った僕がハマったビンゴをまんまトレースしたものなの。当時は企画も宣伝も営業もみんな一緒にやってたんで、ブロッシャー(パンフレット、チラシ類のこと)の原稿なんかも僕が自分で書いた。宣伝のアイディアも僕が出したんだよ。チラシに映ってるフランケンも僕(注17)。

注17:当時、宣伝用に作られたブロッシャーには、ドラキュラやフランケンのビニールマスクをかぶった客が『ワールドビンゴ』に興じている写真が使われていた。このフランケンのマスクをかぶっている客が若き日の小口氏だったとのこと。

(チラシの映像を見ながら)これ小口さんなの? このフランケン?

小口 これ、僕なんだよ。このコインを入れてる手も僕。(自分の手を見せながら)ほらほら、同じだろ。

ハハハハ。そうなんだあ~。

小口 それでね、このゲームはメダルを入れていってABCDのランプが点けば、有利な条件が設定されるんだけど、何枚入れたら条件が上がるかランダムで分からない。つまり、さっき言ってたビンゴゲームとゲーム性は同じなわけ。これ、売れたんだよ。

セガは第一志望じゃなかった。当時はナムコの時代だった

これを作られたのは入社何年目ですか?

小口 1986年だから2年目ぐらいだね。

すごいですね。ちょっと話が戻るんですけど、そもそもなんでセガだったんですか?

小口 いい質問だね。確かにセガは第一志望じゃなかった。まず、大学に5年行ったから「やばい、会社入んなきゃ」と思ったわけだね。勉強好きだったんで(笑)。

それでかぁ・・・どうりで計算合わないなあと思いましたよ(笑)

小口 で、ゲームメーカーいいかなと思っていたんだけど、僕が大学4、5年の頃はナムコの時代だったんだよ。

遠藤(雅伸)さんとか石村(繁一)さん(注18)の時代ですよね。

注18:開発一部長として『パックマン』のファミコンでの発売を軌道に乗せるなど草創期のナムコを支えた功労者のひとり。

小口 そうそう、『ゼビウス』、『マッピー』(注19)、『リブルラブル』(注20)とかね。サウンドもよかったよね。『マッピー』の「ティ、ティ、ティ、テイーリー、ティッティッティリテッティー」(マッピーのBGM)とか良くて。それで、ナムコに応募したの。で、ゲームの企画書を書けみたいな課題が出て、提出したんだけど全然音沙汰なかったので、その間にセガも受けとくかと。

注19:ネズミのマッピーを操作して、ネコたちをかわしながら盗品を取り戻していくナムコのアクションゲーム。1983年にアーケードにて稼働開始。翌84年に発売されたファミコン版も高い人気を誇った。
注20:矢印の形をした「リブル」と「ラブル」というキャラクターを操作して、ラインで空間を囲むことによって敵を倒したり宝箱を入手したりしていく、1983年発売のナムコのアーケードゲーム。

「セガの“ガ”って何?」とか思っていた

なるほど、そういう経緯だったんですか。

小口 一応、当時からセガもちょっとは知られていたんで。「セガの“ガ”って何?」「なんで会社の名前が“ガ”なんだよ」とか思ってたんだけどね。

アハハハハハ、でもなんか分かる気がします。

小口 でも、セガのゲーセンとかいっぱいあったからね。それで、セガも受けようとなって大鳥居(注21)に行ったんだよ。入社試験はあんま大したことなかった気がする。で、その日に人事の面接もあって。

注21:セガの創業地である東京羽田の大鳥居のこと。

もういきなりですか。

小口 そうそう。人事の責任者と面接したんだけど、その時に得意なことを聞かれて「喰いタン」とか言っちゃったんだよね。

なんですか、クイタンって?

小口 麻雀の役なんだけど、鳴いて鳴いてタンヤオ(注22)でサクッとあがるっていうセコいやり方なんだよ。で、普通は数学が得意とか言うところを、ちょっとシャレてみようと思って「喰いタンが得意ですかねえ」とか冗談気味に言ったの。そうしたら、その人がたまたま麻雀大好きで。入社したあと、その人とよく麻雀をやることになったんだけどね。

注22:「断公九」と書く。もっとも基本的な麻雀の役のひとつで中張牌(チュンチャンパイ)と呼ばれる数字の2~8の牌のみを使って手牌を完成させると成立する。

アッハハハハ、そういう逸話もあるんだ。面白いですねえ~。

小口 そうそう、その「喰いタン」って一言がけっこうハマって。「ああ、キミ面白いね」って言われて、その日に採用が決まったの(笑)。

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