雲田はるこ「昭和元禄落語心中」特集  vol. 8

Interview

第6回 インタビュー 雲田はるこ Part1

第6回 インタビュー 雲田はるこ Part1

その圧倒的な「音表現」によって臨場感と心地よさを味あわせてくれる『昭和元禄落語心中』。落語愛とともに根源にあるのは、音楽を愛し、音楽にあこがれるマンガ家・雲田はるこの存在だ。アトリエのある栃木へと雲田さんを訪ねた。


アニメ『昭和元禄落語心中』、繰り返し観ています。江戸弁や、あの落語の世界感が音になったときの気持ちよさといったらないですね!

私もそう思います。実際に音になったときの感動は忘れられません。もちろん、マンガでも江戸弁による音楽的な読み心地の良さを意識してはおりましたが、それが予想以上に良いものになっていて驚きました。

『落語心中』=音楽的マンガ説の私としては、予想どおりと言いたいところです(笑)。私は雲田さんに対して、ずっと感じていることがあって。どうしてこんなに対象を愛することができるんだろう、という驚きと尊敬です。 以前、「萩尾望都作品に登場する指揮者さん」ということで、ミシェル・コルボのコンサートにお誘いしましたよね。あのとき、隣に座っていた雲田さんがずっと嗚咽をこらえながら、涙を流していたのが忘れられないんです。

ああ、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭の。フォーレの「レクイエム」、とても感動しました。

はい。雲田さんが音楽好きなのは知っているし、ほんとうにすばらしい演奏でしたけれど、あそこまで感動していただけることってなかなかない。その「感受性のアンテナ」みたいなものは、どこからくるんでしょう?

あれは、時期もあるんですよ。じつはあのとき、『落語心中』5巻に収録されている、〈八雲と助六篇〉の最終話のネームをやってたんです。それでなんだかいろいろ、感極まってしまいまして。ネーム中は特に涙もろくなります。

知らなかった。物語も音楽(レクイエム=鎮魂歌)も、死がテーマですものね……。

そうなんです。そんな時期にあのレクイエムを生で聴いて、どうにも感情が高ぶってしまって。あのあとのCDを買って、それを聴きながらネームを進めたんですよ。コルボさんの音楽で、一気に物語に入っちゃったんですよね。ああ、助六は死んじゃうんだな、と。みよ吉も、菊比古さんの人生も変わりますし。おかげさまでネームもよく進みました。

とても光栄です。しかし、助六の死。わかってはいたんですけれど、あの、力強くてあたたかかくて、生きる希望そのものみたいな助六が、あんなふうに死んでしまうなんて。読んだとき、私まで半身をもがれたようにずしりときたのを覚えています。

rakugoshinjyu-anima1

八雲と助六は、3巻のミュージックホールのシーンで「落語心中」の元となる話をしますよね。「長く人の娯楽であり続けるには」というライトモチーフは、あとの巻でも繰り返し登場します。そもそも雲田さんは、こういう思いに至るまでにどんな経験があったのかな、と思いました。小さいころ好きだったものなんて、覚えていますか?

漫画になるようなドラマチックな人生は全く送っていなくて、両親も健在で普通の人達ですし、すごく平凡な子供時代でしたよ。ただ両親が、とても放任主義で、なにかを好きになることを否定しないで育ててくれた、というのは大きいかもしれません。たとえばだれかの音楽にハマってライブに行ったり、漫画を好き放題読んだりテレビを見たり、自由にさせてくれたんです。

なるほど。ちなみに、音楽歴を振り返ると……。

音楽は生業にしないと思ったので、好きなものを無責任に聞いておりまして、ジャンル雑多でお恥ずかしいんですが、まず思春期にはバンドブームがあって、ユニコーンさんなどにハマりました。奥田民生さんが好きだからビートルズを聴き、そこから広がってレッドツェッペリンを聴き、というオタクの王道の芋づる式です。
ロックを聴いているうちに黒人音楽に興味が広がり、R&Bやヒップホップにもハマって、そのあとクラシックもいいな、と思えるようになりました。手始めに聴いたのがモーツァルトだったんですが、あのひとの音楽ってすごくカラフルでとっても絵画的です。それで、そういう音楽を絵にしてみたいと思うようになりました。

趣味でアコースティック・ギターも習ったんですよね。雲田さんは、なにかを好きになったらすぐに形にしようとするイメージです。好きなものがクリアで、愛情深い。

高校生の時に一度、持ってたマンガをほとんど捨てられたという経験も大きいかも。家の建て替えのときのどさくさでマンガのダンボールを紛失するというアクシデントだったのですが(笑)。やっぱりマンガは大きな存在だったから、一度失ってしまった経験は大きかったんです。その後集め直すわけなんですが、それは「ほんとうに自分が好きなものは何か」を確認する作業になりました。

断捨離的な精神ですね。

そうですね。ニュージーランドに留学したことで、文化がすべて断たれるという経験も大きかったです。当時はインターネットも今ほど身近ではなくて、あそこには自然しかない。一年もするうちにスノボや山登りが大好きになりました。帰国して、オタク的な文化にほとんど興味を失ってしまったんですが、マンガだけは何故か復活したんです。

江戸文化への興味も、もしかしたら同時期ですか?

きっかけはそうですね。ニュージーランドで、日本の文化をなにも説明できない自分に気づき、もっと知りたいと思いました。そうこうするうちに2004年の大河ドラマ『新選組!』が始まりまして、あれでどっぷり江戸時代にはまったんです。

われらが『新選組!』!

はい。香取慎吾さん主演の三谷幸喜ドラマを楽しんでいたはずが、どんどん歴史背景まで好きになりました。しかもそこに、歌舞伎俳優さんと落語家さんが出ていた。

藤堂平助役の中村勘太郎(現・勘九郎)さんと、山崎烝役の桂吉弥さんですね。もしや「雲田はるこの落語愛」は『新選組!』きっかけですか!?

かなり大きいんです。新選組自体と落語はなんら関係ないんですけど(笑)。あのドラマが大好きで、演者さんのことや歴史的背景も含めて全部を知りたくなって、史跡巡りもしました。日野や会津まで、土方歳三(山本耕史さん)のパレードなども行きましたよ。そして役者さんの追っかけをする形で、歌舞伎座や落語会にも行くようになったんです。あの頃、ちょうど十八代目の勘三郎さんが襲名披露興行をされてて、タイミングもよくて。 また、みなもと太郎先生の『風雲児たち』『冗談新選組』というマンガや司馬遼太郎先生の小説も読んで、ますます江戸への興味を深めました。いろいろの原点が『新選組!』だったんですね。本当に楽しかったです。

つまり、すべてはオタクからはじまった(笑)。

はい(笑)。そんなわけで、江戸文化を色々知って行く中で、その中のひとつに「落語」がありまして。波長が合いました。

DSC02467

雲田はるこ秘蔵の「江戸弁帖」と落語ノート。

DSC02470

年表から寄席のチケットに至るまで、落語にまつわるさまざまな記録がスクラップしてある。作中で使用したセリフやエピソードには「済」の印も!

江戸文化を描くために、落語という題材を選んだ理由は何ですか?

まず「着物とか寄席とか、描くのが楽しそう」とはずっと思っていました。落語の美学でもある、シンプルで粋な美というものにすごく惹かれるんです。同時に落語を聴いたときの楽しさ、心地よさを描きたかった。そして、もっと詳しくなりたかったからです。
そんなとき、寄席や落語についてたくさんの著書がある色川武大さんのエッセイのなかで、「三遊亭圓生の演じる女はいやみで味わい深い」というようなことが書いてあったんです。そのときは圓生師匠の落語も聞いた事がありませんでしたし、お顔も存じ上げなかったので、そんな落語家さんがいるのかと驚き、「どんな落語家さんなんだろう?」と想像を膨らませました。そうして八雲さんの原型ができあがった気がしております。

落語を聴く前に、想像したわけですね。

実際の圓生師匠は、八雲さんとは全然違っていましたけど(笑)、でもそれがヒントにはなっております。

取材・文・写真 / 高野麻衣

インフォメーション

TVアニメ「昭和元禄落語心中」
MBS、TBS、CBC、BS-TBS“アニメイズム”枠にて放送中
オフィシャルサイト
【公式twitter】 @rakugoshinju
(c)雲田はるこ・講談社/落語心中協会

原作コミックス「昭和元禄落語心中」第1巻~第8巻(講談社刊) 好評発売中
最新第9巻は2016年2月5日(金)発売!

9巻書影
vol.7
vol.8
vol.9

編集部のおすすめ