Interview

映画『ミスミソウ』で”鈍い輝き”を放つ清水尋也。 その役と芝居に対するスタンスを語り明かす

映画『ミスミソウ』で”鈍い輝き”を放つ清水尋也。 その役と芝居に対するスタンスを語り明かす

凄惨でもの悲しく、しかしどこか切なさと美しさを感じさせる物語を綴り、読む者を釘付けにした押切漣介の伝説的コミック『ミスミソウ 完全版』が、待望の実写化を果たした。残酷な思春期を過ごす少年少女たちの心情と行動を容赦なく描写した世界に、今後の映画界を担う逸材たちが結集したことも話題を呼んでいる。

今回はメインキャストの1人、孤高のヒロインを支える相場晄を演じた清水尋也をフィーチャー。本作の見どころはもちろん、映画『ちはやふる -結び-』、ドラマ『anone』での好演も記憶に新しい、若き才能の芝居に対する”哲学”に迫った。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 冨田 望


映画の前半と後半とで変貌する相場。
自分では”変えた”という意識では演じていない。

思春期ゆえに残虐性をエスカレートさせていってしまう者たちの、ある種の”青春群像”にも映りましたが、清水さんは『ミスミソウ』という物語をどう受け止めたのでしょうか?

出演のお話をいただいてから原作を読んだんですが、最初は、言葉を選ばずに言うと「胸くそ悪いな」と思いました(笑)。ただ、表面的にはグロテスクで刺激的なものではありますけど、登場人物たちの行動に根ざしているのは愛情だ、ということが読むうちにわかってきたので、”切なくて美しいけど残酷な”という形容詞がピッタリな作品だなという感想を抱きました。

相場という役もまた、一筋縄ではいかないキャラクターでした。演じる上で、どのようなことを心がけましたか?

僕としては、物語の前半と後半で相場が変わったという意識はなかったんです。徐々に露わになってくる彼の気質というか、核となっている部分は、(山田杏奈演じる主人公の)野咲に対して優しい相場の中にもあると思って演じていましたし、相場自身もそれを隠していたつもりはないと思っていて。いや、どっちかというと隠していたわけじゃなくて、ただ見えていなかっただけで、それが後半になって見えてくるという変化だと思っているんです。そういったドロドロした感情は純粋な心とは別に持っていながら演じていたので、僕自身が芝居で何かを変えたというのは特にないんですよね。

映し方によって変わって見えてくるということでしょうか?

その引き金はあったんですよ。野咲と電話をするシーンで、それまで見えていなかった相場の心が見えてくる。そこは表層的に変わって見えるんですけど、僕自身がアプローチとして変えたところはいっさいない、ということです。

影のある役や闇を抱えた役が多い印象がありますが、ヘビーに感じたりもします?

なぜか、そういった役をよくいただくんですけど(笑)、僕はいわゆる憑依するタイプではないので、役に引きずられるということはなかったです。もちろん、何かを演じるというのはすごく精神力を使うので、その部分で疲弊することはありますけど、それはどの役でも同じで。単に役という衣を着ているだけであって、終わったら脱いでしまえばいいと考えているので、お芝居をしている時は相場の感情を共有していますが、カメラがまわっていない時は僕自身に戻る、という感じでした。

あくまでこれは僕の考えですけど…。パーソナルな時間も役を意識していないと演じられないというのは、役者じゃないと思っていて。カメラがまわっている時が役者であって、カットがかかればスイッチも切れる。だから、生活ごと役に寄せなきゃ演じられないとはいっさい思わないし、それを一瞬で切り替えられるのが役者だと思っているので、「常に相場でいる」という感じではなかったです。

なるほど。その相場になるためのトリガーであり、作品の世界観を象徴する雪景色の中に長期間身を置いたことで、どういったことを感じたのでしょうか?

まず、日常的に雪が降っていたりする地域に行くのが、人生で初めてだったんです。東京育ちですし、これまでスキーやスノーボードといったウィンタースポーツをしたことがなくて。雪が生活の中にあるという環境が初めてだったから、宿のドアを開けた時の視覚的な違いがシンプルに新鮮だったというのはあります。体感する寒さをはじめ、環境が違いすぎたので、新鮮という感じしかなかったです(笑)。

ひたすら広がる雪景色の中で何をすればいいのか、という10代の若者たちの閉塞感というか…逆に広すぎて息詰まるような感覚を、清水さん自身も感じたということは…?

こういう地で暮らすのは大変だろうな、とは思いました。(野咲春花をいじめるグループの一員である)真宮と池川が、「ここにはレンタルビデオ屋もない」みたいなことを話すシーンがあるじゃないですか。でも、僕が育った環境には、電車で一駅のところにカラオケがあるので、その気持ちがわかるとは…やっぱり言えなくて。ヒマな時もパッと外に出かけたら何かしら時間をつぶせる環境だったので、自分が雪しかない環境に身を置いたとしたら、確かにしんどいだろうなと想像することしかできないんですよ。ただ、変化のない日常を繰り返す中で、行き場のない抑圧された気持ちみたいなものは少なからず生まれるんじゃないかな、というふうには思いました。

おそらく『ミスミソウ』という作品は賛否両論分かれると思う。それでも、僕はまったく気にしない。

その抑圧された思いが向けられる野咲春花を演じた山田杏奈さんとの共演は、いかがでしたか?

彼女は基本的に真面目です。ただ、僕がそう感じただけかもしれないですけど…真面目すぎないのがいいなあ、って。あまり真面目すぎると、それこそ本当に思い詰めちゃったり、背負い込みすぎてしまいかねないじゃないですか。でも、彼女は最低限やるべきことをしっかりやって、悩むべきことを悩むけど、関わらなくてもいい部分は取捨選択して無駄なタスクを減らしていく能力があるな、と見ていて思いました。すごい重圧だった思うんですよ、16歳(撮影当時)でこの規模の映画の主演を張るっていうのは。疲れただろうし、ストレスもあったと思うんですけど、彼女はそれを最後まで顔に出さず、一貫して高いクオリティの芝居をしていたんです。でも、たぶん無意識にそれをやっているんですよね。そこがすごいと思います。それと、言われたことを呑み込む速さ。内藤監督に「もうちょっとこうしてみて」と言われたことを、すぐに表現することができていたので、そこもすごいなと思いながら見ていました。

彼女と相場が雪中で対峙するクライマックスのシーンは、ものすごく見応えがありました。

確かあのシーンが、冬場の最後の撮影でした。その前に佐山(流美)を演じた大塚れなちゃんがアップして、杏奈と僕の2人でずっと芝居していて…。だから、追いつめられていた感はありました。かなり長い時間ずっと雪の中にいたから、寒かったし(笑)。本当に山奥みたいなところで撮っていたので、室内が遠くて戻れない状況にあって、ずっと外にいるしかなかったんですよ。なので、ずっと朝から外にいて、体力的にもしんどくて。ただ、その状況がうまくストーリーにマッチしていたから、すごくいいシーンになったなとは思ったんですけど、2人ともカットがかかるたびに、ため息をつきながら演じていたことばかりを、今、思い出しました(笑)。

最終カットでOKが出た時の解放感は、ひとしおだったのでは?

そうですね、自分はもちろん、相場としても切羽詰まって追いつめられていたシーンでしたから。とにかくめちゃくちゃ寒かったので、細かい感情までは覚えてないですけど、「終わった~!」という安心感は大きかったです(笑)。

さて、公開も間近ですが、作品が世に出ていくにあたって、どういう思いを抱いていますか?

おそらく『ミスミソウ』という作品は賛否両論分かれると思うんです。ここからは、作品を観てくださる方々に対する僕の願望みたいなものですけど、「面白かった」というプラスの感情を抱いていただければ純粋にありがたいですし、負の感想もあって然るべきと思っているんです。仮にそう思われたとしても、プラスとマイナス両方があって初めて釣り合うわけで、まったく僕は気にしないです。
それに、この手の映画は観てインプットした後、どこかでアウトプットしないと、どことなく響いちゃうと思うんです。人によっては内に抱え込んでしまう可能性もある映画なので、ぜひ『ミスミソウ』を観た後は、人に話すでもいいですし、SNSに書いて文字として発信していただいてもいいですし、何かしらアウトプットの場をつくってもらえたら、と。で、そのアウトプットがまた別の誰かのインプットになる可能性もあるので、そうやって広がっていくと映画の宣伝としてもありがたいです(笑)。何にしても、普通の映画よりもトガった作品なので、違う“波”が生まれたらいいなと。それは今からすごく楽しみにしています。

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