Interview

真飛聖が女性目線から語る映画『娼年』。 欲望を満たすカタチの先に見えてくるもの。

真飛聖が女性目線から語る映画『娼年』。 欲望を満たすカタチの先に見えてくるもの。

石田衣良が「愛と性」に真正面から取り組み、作家としての幅を広げるターニングポイントになった一篇『娼年』。この意欲的な小説を、舞台と映画双方が話題を呼んだ『愛の渦』を手がけた三浦大輔が松坂桃李を主演に迎えて舞台化。役者陣が一糸まとわぬ姿で濡れ場を舞台上で演じ、センセーションを巻き起こしたことは記憶に新しい。そして『愛の渦』と同じく、その世界観と物語をスクリーンに映し出すことで、『娼年』という作品は完成形にたどりついた。主人公のリョウは舞台から引き続き松坂が演じたが、彼を”娼夫”としてスカウトするキーパーソンを、映画版では真飛聖がクールに演じている。
石田、三浦、松坂と男性陣が『娼年』を語る記事が多い中、女性目線、しかも作品にかかわったという立場から描かれたテーマを掘り下げてみたいと考えて、エンタメステーションは真飛に単独インタビューをオファー。その目に、抑圧された欲望を解放していく女性たちの姿とリョウという主人公の生きざまと成長はどのように映ったのか──浮き彫りにしていく。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

三浦大輔監督の情熱と作品への愛情に現場で触れるにつれ、『娼年』に携われるうれしさが増していきました。

舞台版では高岡早紀さんが演じられた御堂静香という、作品にとって重要なポジションのお話が届いた時、どう受け止められたのでしょうか?

私、舞台版は拝見できなかったんですけど、「今、松坂桃李さん主演ですごい作品を上演している」という噂は聞いていたんですよ。キャストが体当たりで挑んでいて、公演ごとに話題が広まっていると。
ただ、残念なことにタイミング合わなくて観劇ができなかったので、どのように”すごい”のかは想像するしかなかったんです。それからしばらくして『娼年』が映画化されることが決まったという話をお聞きし、台本を読んでみたんですが…1回では完全に作品のことを理解しきれなかったんですね。それで原作を読んでみて、もう一度台本を読み直していく中で、主人公・リョウとさまざまな女性たちの性描写ばかりをクローズアップされるのは本意じゃないな、そういう見方をされた時に作品の良さをどのように映し出せるのかな、といった不安がわき起こってきてしまって…。
でも、それは私自身がうがった見方をしているんじゃないか、と思い直して、もう一度台本を読み直してみたところ、ようやく『娼年』の深みに手が届いたように感じることができたんです。

©⽯⽥衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

その深みとは、どういったものだったのでしょう?

人が心の中に抱えている切なさであったり、女性の誰もが持っている欲望であったり…。世界にくらべると性に対してオープンではない日本という国において、ダイレクトな表現をするという表層的な話ではなくて、もっと繊細なところにテーマがあるということがわかってきたので、さらに原作と台本を何度も読み込んでみたら…突然、泣けてきたんですよ。
リョウという1人の大学生が他愛もない日々をおくっている中で、頑なに閉じていた心がさまざまな人たちと触れあうことで氷のように溶けていき、人間らしくなっていく姿が、とても美しく描かれていることに気がついて──。その時、「あぁ、この作品に是が非でも携わりたい」と、私自身も心から思ったんです。その時点でも「作品のセンセーショナル性ばかりが先行してしまうのでは」という怖さはありましたけど、それでも飛び込んでみたいなという気持ちの方が強くなっていて。もちろん、御堂静香のような役を演じるのは初めてだったので、ドキドキしながら挑戦するような気持ちで臨みました(笑)。

『相棒』や『隣の家族は青く見える』での真飛さんからは、大きくイメージが変わっている役どころだと思いました。

また、元々は宝塚で男役をやっていたという経歴もありますので、これまでとはうって変わった役に映ると思います。わりと強い女性の役をいただくことが多くて、御堂静香も表面的に芯が強く見える女性ではあるんですけど、彼女が心の奥底に抱えているはかなさであったり、とても切ない宿命を背負っているといった”もろさ”を隠して生きているところに、私自身も惹かれていて。
ただ、そういった影の部分を表面に出すお芝居をしてしまいがちだったので、三浦監督からは「そこは隠して、クールにいきましょう」と何度も釘を刺されました(笑)。あるいは、「そこは、ちょっとした目の動きで」という指示であったり。そういった細やかな演出によって、たたずんでいるだけでどことなく切なく見えたり、自分の宿命と凜と向き合いながら生きている御堂静香像が確立されていったんです。

確かに映画が進んでいくにつれて、一見、浮き世離れして見えた静香という人の葛藤が徐々に浮き立ってきますね。

前半は人間っぽくないというか、機械的で淡々とした雰囲気の女性としてリョウと対峙していますよね。私自身のアプローチは、最初からどこか人間くささが匂うたたずまいだったんですけど、三浦監督は静香の電話での口調にしても、「リョウに対して優しすぎる」「ちょっと距離が近すぎるかな」といったように、とても繊細なお芝居を求めていらっしゃって。「リョウくん」というひと言でも、語尾を上げると柔らかく聞こえるので、平坦な言い方にしてほしい、と。ただ、後半にいくにつれ、リョウの成長が手に取るようにわかってくるので、彼女自身もほのかにうれしさをのぞかせる、という微調整をしてはいるんですね。ただし、やりすぎないという前提は変わらなかったので、そのサジ加減は非常に難しかったです。

©⽯⽥衣良/集英社 2017映画『娼年』製作委員会

三浦監督は『愛の渦』(’14年)という作品でも話題を呼びましたが、こちらの作品は…?

拝見しました。なので、三浦さんが攻めた表現をする方であることはわかっていたつもりではいます。大胆に見せるだけではなくて、描きたい世界を美しく映したいという思いが伝わってくると言いますか…。自分が年齢を重ねたことで、そう思えるようになったのかもしれないですけど、一方で、「はたして私が挑めるかしら」と思ったのもまた確かで──。でも、監督の作品に対するこだわりと映画を撮ることに懸ける思いを現場で感じとって、絶対に表現することを妥協したくないと、私自身も思いを強めたんです。

長いシーンでも監督は納得するまで絶対にOKを出さないし、しかも途中でカットをかけないで最後まで芝居を続けさせてから、「はい、もう1回。最初から」と容赦なくリテイクを出すんですよ(笑)。どこが違うのかも言ってくれないので、迷ったり惑ったりするんですけど、考えるほど深みにはまりそうなので、「とにかく今の芝居ではなかったんだから、変えてみよう」と自分なりに整理してみたりもして。かと思うと、先ほどもお話したように細やかに指示を出される時もあって、その…いい意味での”飴とムチ”の加減に慣れるまで時間を要したんですが、監督の情熱と作品への愛情に現場で触れるにつれ、『娼年』に携われるうれしさが増していきました。ただ、撮影期間が濃密すぎて記憶が曖昧になっているところも、実はあったりもします(笑)。

主演の松坂桃李さんも「心身ともに疲弊した」と、おっしゃっていました。

撮影中はバナナだけしか食べられなかったそうで…。やはり、松坂さんも女優のみなさんも肌を露出して身体全体で演技をなさるわけですから、気力も体力も消耗なさる中でのバランスの取り方は難しいだろうな、と思っていました。そんな言い方をすると、他人事のようですけれども…。

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