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“世紀の発見”に貢献した女性科学者を板谷由夏が好演する舞台『フォトグラフ51』。矢崎広、宮崎秋人ら5人の男性と繰り広げる会話劇から物語の背景に想いを馳せる──

“世紀の発見”に貢献した女性科学者を板谷由夏が好演する舞台『フォトグラフ51』。矢崎広、宮崎秋人ら5人の男性と繰り広げる会話劇から物語の背景に想いを馳せる──

「フォトグラフ51」──モノクロのX線解析写真だが、それを見つめる女性の顔は興奮で鮮やかに紅潮している。これはノーベル賞の受賞にも繋がる、世紀の大発見の鍵を握った重要な写真なのだ。だが、彼女がノーベル賞を受賞することはなかった……。
初舞台・初主演の板谷由夏が演じる科学者、ロザリンド・フランクリンと彼女を取り巻く5人の男性を描いた舞台『PHOTOGRAPH 51』が絶賛公演中だ。ニコール・キッドマンが2015年にウエスト・エンドで主演し、好評を博した舞台の日本初演。演出はブロードウェイでも注目を集める女性演出家、サラナ・ラパインが担う。初日直前に行われたゲネプロにて、物語の行方を追った。

取材・文 / 片桐ユウ

誰もに正当性があるようで、絶対ではない。誰もが不器用で、愚かで、純粋

科学の分野において、まだ女性の地位が認められていなかった1950年代の話。イギリス人女性科学者ロザリンド・フランクリン(板谷由夏)は、遺伝子の最先端を誇るロンドンのイングスカレッジに特別研究員の座を獲得する。だが、同僚のモーリス・ウィルキンズ(神尾 佑)は出会い頭に彼女を助手として扱ったため、確執が生まれてしまう。

形式上は共同研究者となったロザリンドとウィルキンズだが、出会いの不味さが尾を引き、2人は衝突を繰り返す。助手のレイ・ゴスリング(矢崎 広)が取りなそうと四苦八苦するが、ナシのつぶてだ。彼女を慕う若き科学者ドン・キャスパー(橋本 淳)にはロザリンドも心を許すが、それもまたウィルキンズには面白くない。

チームワークの乱れは研究の進みも阻む。ロザリンドとウィルキンズがそうしている間に、野心家のアメリカ人若手科学者ジェームス・ワトソン(宮崎秋人)とウィルキンズの旧友フランシス・クリック(中村亀鶴)がチームを組み、DNAの謎の解明に挑み始める。

解明の鍵を握るのは、二重螺旋構造を美しく写し出したX線解析写真「フォトグラフ51」。撮影したのはロザリンド。だが、その写真は思わぬ波紋を呼ぶ……。

DNAの二重螺旋構造の発見を巡る科学者たちの思惑と関係性が、回想劇によって綴られていく。

セットはシンプル。舞台中央に組み立てられた円形のステージは、研究機材が置かれたデスクとイスのほかには何もない。ロザリンド・フランクリンの研究室として展開するその場所は、最大で3人、いやもう少し人数が乗る場合もあるが、広いとは言えない大きさだ。

まるでそれは、ロザリンドのパーソナルスペースであるかのよう。ロザリンドと和解したいウィルキンズは、頻繁にそこを訪れては追い出される。ほかの男たちも似たようなものだ。ロザリンドの警戒心の強さがそうさせているのか? それとも頑固で気位が高いからなのか? 女性だからか?

本作を囲む歴史を知れば知るほど、女性が権利を得た歴史の最近さに目眩を起こしてしまうのは事実だ。イギリスで女性の選挙権(制限付き!)が認められたのは1918年、わずか100年前のこと。オックスフォード大学が初めて女性に学位を授与したのは1920年で、この年にロザリンドは誕生している。女性差別、人種問題、研究者同士の熾烈な争い……。この作品には様々な背景がある。

だが、この作品で胸を打つのは人の純粋さだ。科学者たちの会話は専門用語が飛び交うが、根底にあるのは登場人物たちの“仕事”と“人間”に対する向き合い方。

「自分の仕事をしているだけ」と口にするロザリンドは、偏見にも立ち止まることはない。外野から見ると、彼女には敵対する人もいるが、味方になろうとする人もいるように見える。だが、彼女はどこにもすがることなく、仕事=科学=研究に没頭する。そのひたむきさは強く、同時に危うさを含む。科学はつねに正しくなくてはならない、という信念を宿すロザリンドは、それゆえの慎重さでワトソンたちに出し抜かれるような形となってしまう。

「どこで」「どうして」「何を」間違ったのだろうか。回想劇はロザリンドの人生を軸として、彼女を囲む5人の男たちの本音をも炙り出していく。

ロザリンド自体が当時を振り返る場面はほぼないため、ある種“中立”の立場だ。その交わらない強さと儚さを、板谷は凛とした佇まいで舞台上に清く映し出した。

ロザリンドとの出会い方から失敗してしまったウィルキンズ。彼が選ばなかった、おそらく当時は選ぶ選択肢すら見えていなかったのであろう道筋を見つめ続ける彼の独白が切ない。ままならないプライドとロザリンドに対する好意に混乱するウィルキンズを、神尾は絶妙なバランスで表現。

助手のゴスリングは軽快な口調で場を明るくさせるポジションだが、ただの仲介役ではない。彼の発した言葉と取った行動は、話が進むに連れて重要な意味を持つ。矢崎が持つ独特のひょうきんさが舞台に華を添える。

キャスパーはロザリンドのドアをノックすることを許された貴重な存在。あるいは玄関先、その先のリビングまではロザリンドも彼を受け入れている。だが、もう少し出会いが早ければ、と思わずにはいられない。一途な若き科学者役を、橋本は出過ぎることなく、それでいてキッチリと血を通わせて役割を果たしていた。

ワトソンとクリックは、無邪気な物腰でしたたかに研究を進める。彼らが追い求めて得た成功は、誰もが認めるはずのもの。それが絶対と示されない余韻が、彼らに人間味を持たせた。ワトソン役の宮崎は天真爛漫な笑顔が武器。グイグイと突き進む野心家をイキイキと演じる。中村はどこか振り切れないクリックの迷いを滲み出しており、こちらの共鳴を誘った。

誰もに正当性があるようで、絶対ではない。誰もが不器用で、愚かで、純粋だ。

ロザリンドはことあるごとに「なぜですか?」「なぜなの?」と相手に問いかける。それは正解を求める科学者の性(さが)のようにも、不安げな少女が純粋に疑問に思っているようにも聞こえる。

絶対的な確証を求めるゆえに、ロザリンドは“仮定”を怖れ、男たちは言い訳とも見える“もしも”を繰り返す。決定的に違うようでありながら、そのどちらにも共感を覚える。

クライマックス、彼女がひと時だけ見せる想像の世界。その輝きに、この作品を「ひとりの女性科学者の生涯」や「男女の違い」に留まらせない包容力を見た。

東京・東京芸術劇場 シアターウエストにて4月22日(日)まで上演。大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて4月25日(水)~26日(木)に上演される。

『PHOTOGRAPH 51』

東京公演:2018年4月6日(金)~4月22日(日)東京芸術劇場 シアターウエスト
大阪公演:2018年4月25日(水)~4月26日(木)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

作:アナ・ジーグラ
演出:サラナ・ラパイン
翻訳・ドラマターグ:芦澤いずみ

出演:
板谷由夏
神尾 佑
矢崎 広
宮崎秋人
橋本 淳
中村亀鶴

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