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もしあなたが教師なら、教室でセックスしてる生徒に何て言う? 異端教師マンガ『ここは今から倫理です。』(雨瀬シオリ)

もしあなたが教師なら、教室でセックスしてる生徒に何て言う? 異端教師マンガ『ここは今から倫理です。』(雨瀬シオリ)

「学校では教えてくれないこと」を説くのが教師モノの役割

©雨瀬シオリ/集英社

もしあなたが教師なら、レイプされ、目の前で自殺しようとしている生徒に何と声をかけるか。屋上の金網の向こうで、将来の夢はお嫁さんだといって、でも「こんな女ムリだよね」と泣きそうな表情で問いかける少女に、どんな答えを返せばいいのか。

これはマンガ『ここは今から倫理です。』のワンシーンだ。主人公である高校の倫理教師・高柳は、「絶対にお嫁さんになれます」と答える。そんなこと言われても納得する人はいない。言われた生徒も「証拠は…? いつなれんの…?」と戸惑うし、言った当の本人も「いつ、どうやって」の答えなど持っておらず、困惑している。ただ、そうやってふたりはもう一度未来について、希望を持って話しはじめるのだ。

 ©雨瀬シオリ/集英社

©雨瀬シオリ/集英社

自殺しようとする生徒と教師というのは、教師モノの一種定番ともいえるシーンだ。しかし、一方でこうした問いの答えを「学校の授業」に求める人はあまりいないだろう。だからこそ、こういった正解のない問いに答えることこそが教師モノという物語ジャンルに求められるのかもしれない。つまり、「学校では教えてくれないこと」を説くのが教師モノの役割なのだ。

それゆえに、教師モノには「異色教師」が多い。マンガでいうと、『GTO』ならヤンキー先生だし、『ごくせん』は極道先生、『暗殺教室』では地球を人質にとった謎の生命体なんていうとんでもない先生が据えられている。彼ら、彼女らは外側から「学校の論理」以外の思考を持ち込み、そこで苦しむ人たちを救ってくれるのだ。

そういう文脈から見るならば、『ここは今から倫理です。』(雨瀬シオリ)は“教師モノマンガ”としては異端の作品だ。その一つは、主人公・高柳が高校の倫理教師であるというところだ。

学校は“セックス”と折り合いを付けられないままタブーとしている

たとえば第1話の冒頭、生徒がセックスしている教室に高柳が入ってくるところから始まる。高柳はそれを見て眉ひとつ動かさずいう。

「…別に 悪い事とは言いません」
「ただ時間と場所が悪い」
「ここは今から倫理です。」

 ©雨瀬シオリ/集英社

©雨瀬シオリ/集英社

学校にはセックスに対するタブー感がある。もちろん、社会は大人によって子どもが性的に搾取されるのを防がねばならない。ただ、学校には青少年同士だけではなく、セックスそのものに対する拒絶感があるのだ。「いけないこと」という感触、道徳的な拒否感……。どこかモヤモヤとした論理のなかで、学校はセックスと折り合いを付けられないままタブーとしている。あるいは持て余しているともいえるだろう。

高柳はそういう“学校の論理”、もっと言えば“オトナの都合”を超えた基準で語りかけてくる。

学校や教師に全能さを求めること、つまり「生徒のありとあらゆる人生の場面に責任を持たねばならない」とするのはあまりに酷だ。だが、いわゆる“お勉強”の外側にある幸福や不幸に踏み込むことができるならそれは幸いだし、この部分に踏み込んでいることこそが、本作が大人をも巻き込む魅力を持つ理由である。

倫理が役に立つのは、苦しいとき、死にたいとき、死が迫っているとき

冒頭に挙げた問いは、教師モノのど真ん中といっていい。学校の授業は教えてくれないけれど、生徒にとっては目の前にある、それこそ“死にたくなる”くらいの苦しみだ。

作中で高柳は倫理について「学ばなくても将来困る事はほぼ無い学問」と説明する。実用性がないに等しい倫理が役に立つとしたら、苦しいとき、死にたいとき、死が迫っているとき、そんなときだと。

 ©雨瀬シオリ/集英社

©雨瀬シオリ/集英社

「倫理」は内なる規範だ。人が悩み、苦しみ、あるいは社会や他者と対立するとき、孤独に立ち向かわなければならないとき、それとどう向き合うかを決める、自分のなかの規範が倫理といえる。だから、そこに明快な答えはない。

本作でも高柳は問題を一刀両断にするように明快に解決するわけではない。むしろ、いっしょに戸惑ったりもする。

しかし、『ここは今から倫理です。』の魅力はそこにある。たったひとりで悲しみ、苦しみ、戦う人に高柳はただ寄り添う。ただひたすら話を聞くこともあれば、バカバカしい答えを真剣にしてきたりする。高柳は孤独に戦う人にそっと寄り添ってくれるのだ。

たったひとりで何かと向き合うときに支えてくれる内なる神が倫理だとするなら、ひたすら孤独によりそってくれる高柳は、まさに倫理そのものといえるような存在だ。

 ©雨瀬シオリ/集英社

©雨瀬シオリ/集英社

ヒーローのように何かを解決してはくれないけれど、人に勇気を与えてくれる。知らなくても困らないけれど、たったひとりで何かに向き合うとき、きっとあなたを支えてくれる作品だ。

文 / 小林 聖

書籍情報

『ここは今から倫理です。』
第1巻(以下、続刊)好評発売中!!

雨瀬シオリ・著
グランドジャンプPREMIUM
集英社

「倫理」とは人倫の道であり、道徳の規範となる原理。学ばずとも将来、困る事はない学問。しかし、この授業には人生の真実が詰まっている。クールな倫理教師・高柳が生徒たちの抱える問題と独自のスタンスで向かい合う――。新時代、教師物語!!