Interview

長編小説『鉄塔おじさん』を発売した黒木渚が語る「音楽と小説ー2つの表現手段に対する向き合い方の違い」

長編小説『鉄塔おじさん』を発売した黒木渚が語る「音楽と小説ー2つの表現手段に対する向き合い方の違い」

凛とした強さと可憐な女性らしさを共存させたボーカル、文学的な香りと生々しい人間性を同時に描き出す歌詞、ジャンルレスなサウンドの三位一体が確立し、現在の音楽シーンに中で、アーティストとしても確固たるポジションを確立している黒木渚。
2015年10月に2ndアルバム『自由律』のリリースとほぼ同時期に、小説『壁の鹿』を執筆し、作家としての活動も並行している多才なアーティストである。その黒木が、通算で3冊目、それも初の長編小説『鉄塔おじさん』を書きあげた。最新作『鉄塔おじさん』の創作秘話はもとより、音楽活動で広く認知されながらも、表現者としては新しいシーンとなる「“文壇”に飛び込むべき理由はなんだったのか。」「音楽と小説での表現に違いがあるのか。」などを訊いた。
黒木自身には目指すべき明確なビジョンがあることを、自身が持参してくれたノートが物語っていた。

取材・文 / 山田邦子 撮影 / 荻原大志


女性のモラトリアム期は何段階かあるなと思って

『鉄塔おじさん』はどういうところから着想を得たんですか?

実は今日、アイデアなどをまとめた当時のノートを持ってきたんですよ。何も考えず思いつくまま書き始めたものなんですが、最初のページの2つめの言葉が、すでに“鉄塔”だったんです。

どうしてまたよりによって“鉄塔”だったんでしょう。

家の近くに、すごく大きな鉄塔が立っているんです。それを見ていたからかもしれないけれど、とにかく今回は詳細なんて全く頭にない段階からずっと「次、鉄塔にします!」って(出版社の担当者に)言ってたんです。(担当者は)「……鉄塔!?」みたいな反応でしたけど(笑)。私は実物を目の前に、その根元で考えているようなものだったから、予感として「いける!」みたいな感覚があって。でも完全に見切り発車でした(笑)。

『鉄塔おじさん』アイデアノート 黒木直筆のおじさんのイメージが…

じゃあそこからこのノートに詳細を書き込んでいったんですね。

<鉄塔。電波。電線はすべての家に繋がっている。もし電力以外のものを配るとしたら。幸・不幸を分配する…>。たぶんここにもう核みたいなものが出来ていて、そこから詳細が出来ていきました。<鉄塔を建てたやつは誰だろう?金持ちで暇なおじさん。一人称は僕。1歳未満のラム肉好き。”時間はたっぷりあると言えるし、全く足りないとも言える”…>。あ、だんだん自分がおじさんになったつもりで発言しちゃったりしてますね(笑)。このおじさん、芸術家肌なんですよ。女物の着物をサラッと羽織ってたりするようなイメージ。そういうへんなおじさんが鉄塔を立てる。そこに、ちょっとだけ私に似た女の子が訪ねていく。そんな風に組み立てていきました。

その女の子、神崎あたりは市役所に勤めています。黒木さん自身も市役所で働いていた経験があるんですよね。

はい。実は最初、神崎あたりは女子大生として考えていました。モラトリアム期の少女がおじさんに出会って何かを見つけ、巣立っていくような冒険ストーリーとして書いていたのですが、女のモラトリアム期は何段階かあるなと思って。社会人になったばかりの頃も、学生を引きずっている自分とのゆらぎがある気がしたんです。そこから大人になる覚悟ができて、本格的に社会人になっていくんじゃないかなって。それでこの女子大生という設定を保留して、市役所時代の、自分の第二回モラトリアム期を参考に書いていきました。

今作は『壁の鹿』、『本性』に続く3作目であり、黒木さんにとって初の長編小説でもあります。

今回、すごく「書きたかった」んです。(音楽活動を)しばらく休んで、ちょうど休み明けぐらいだったのかな。すごい波に乗ってきた感があって。文学というかこういう小説を書くことも、音楽とともに、ちゃんとした柱として持っておきたい。もっと書いて上手になりたいみたいな時期だったから、とても勢いがあった気はしています。

今回の作品で、黒木さん自身がいちばん好きなシーンはどういうところですか?

処女喪失(笑)。私、官能小説を読んだりするのも好きなんですが、ベッドシーンと暴力シーンを書くのもすごく好きなんですよ。今回暴力シーンは出てこないし、官能シーンも前作に比べるととても少ないので、あそこは一球入魂で書きました。

そういうシーンを書くのが好きなのはどうしてなんでしょうか。

たぶんその対極で暮らしているからかなと思うんですが、スカッとするんですよ。あとは暴力と性って、音楽的な高揚をいちばん感じるというか。たとえば女が殴られて、男が叫んで、鼻血が飛び散って…みたいなことをちょっとアートっぽく感じてしまうんです。非人道的な発想ですけど(笑)。たぶんそういう場面を、殴る人でもないし、殴られる人でもなく、私はいつもどこか安全な場所から見ているんです。なぜかちょっとキレイだと思いながら。今回のも、処女喪失という神崎あたりにとってもう二度とない出来事を、私は覗き穴から見てたような感覚で書いてました。

そういう発想は、たとえば子供の頃に触れたカルチャーに衝撃を受けたからとか?

どうなんだろう?岡本太郎さんや横尾忠則さん、ダリとかは好きですけど、暴力的ではないですよね。…いや、暴力的か。芸術家の中では激しい方ですからね。振り切っている方が面白いと思っているのかもしれません、私の中で。

1作目の『壁の鹿』も大変な振り切り方をしていましたよね(笑)。

『壁の鹿』の第5章「夢路」ですね(笑)。あの剥製師の話を書いている時はめちゃくちゃ快感で、一気に書いちゃいました。あれこそすごく音楽的でしたね。脈略のない、インプロビゼーションみたいな感じの音楽。やっぱり本業が音楽だから、物語を書いている時もそこに音楽的なものを感じているような気がします。

では逆に、書くのが難しいなと感じたのは?

市役所のシーンです。私の中でずっと使えなかったマイナス感情だったんです。市役所時代に抱いていたフラストレーション。当時はこの「クソーッ!」っていう感情を絶対曲にしてやるって思ってたのに、ひとつも曲にならなかったんですよ。生産性のないイライラだったんでしょうね。でも捨てられなくて、ずっと保管してたんです。で、今回「今だ!」っていうタイミングが来ていざ書こうとしたら、思い出すのが嫌すぎて(笑)。<昼食後に喋った時の匂い>なんかもリアルに残っているので、えずきながら書きました(笑)。

じゃあクレーマーとのやりとりなども、実際の経験から?

私、クレーマーは割と愛してたんですよ。こんな風に言っちゃいけないんでしょうけど、観察していると面白くて。だから「あの人にしようかな?」「こんな人もいたよな」って感じでした。あと、おじさんとあたりが出会うことになるきっかけの、公園に変な箱が置いてあるっていうのもモチーフになった事件があって。公園に蜂の巣箱を勝手に置いているっていうクレームが入って、みんなで回収に行ったんです。箱に持ち主の名前が書いてあったから、近所の◯◯さんを住基(ネット)で探したりして。もちろん、仕事の手続きとして大丈夫です(笑)。

小説の方には明確な目標がひとつあるんです

先ほど当時の感情を曲にすることは出来なかったとお話されましたが、小説には過去の体験も生かされているわけで。ひょっとしたらここに、黒木さんにとっての音楽と小説の表現の違いがあるのかなと思います。

音楽は、作ったあとに自分が歌うということを前提に作ってるじゃないですか。自分の声でみんなに発信すると思うと、本音で語らざるを得ないというか。黒木渚が生活する上で信念にしていることなどをベースにして作っているから、どの曲も一貫性があるというか、筋が通ってないとダメだと思っているんです。根本では「やっぱり黒木渚だな」みたいなものを持ってる歌ばかり。
でも小説になると、黒木渚が語っているわけではないんですよね。書き終えても誰かに読み聞かせなくていいし、その人たちを演じるわけでもないから。感覚としては「どうぞ召し上がれ」って時に「あ、ちょっとこれも」って自分の経験からふりかけをかけてるみたいな感じかな。

なるほど。

小説って制約がないから、どこまで突っ走ってもいいと思ってるんです。後で歌わなくていいから(笑)。極論みたいなことも簡単に言えてしまうんですよね。おじさんに言わせたり、あたりに言わせたり、簡単に出来る。そのせいで過激な方向に行きがちっていうのはありますけどね(笑)。

音楽家としての黒木渚も、個人的には充分過激に見えてましたけど(笑)。一時期、タトゥシールにした歌詞を腕や足にまとって歌ってましたよね。

やってました(笑)。きっかけは、写真家の鋤田正義さんとのフォトセッションだったんです。打ち合わせの時に好きなものを着ておいでって言われたんですが、世界的に有名なカメラマンに撮ってもらう時に何を着たらいいんだろう?一番上等なものを着ていかなきゃ!ってなって、「そうだ、歌詞を着るしかない」みたいな発想だった気がします。で、それをしばらくトレードマークにしていたんです。

この人はどこまでも言葉と共にある人なんだなと思えるエピソードですよね。音楽も本格的に再始動して、小説も3作出版。今、とてもいいペースとバランスで活動できているんじゃないですか?

そうですね。小説の方には明確な目標がひとつあるんです。どうしても賞が欲しい。たぶん音楽はもう自分の中で自分のことを評価できてるんだと思うけど、小説は初めて飛び込んだ世界だから、自分が書いているものが駄作なのか素晴らしいのか全然わからないんです。「よくできたで賞」じゃないけど、ちょっと優等生タイプな根っこがあるから、誰かに「ちゃんとしてるんだね」って言われたいんですよね(笑)。あとは、目標があれば燃えるタイプだから。

ということは、もう…?

もちろん、次の作品の準備も始めてます。あ、でもこっちのノートは撮らないでくださいね(笑)。

『鉄塔おじさん』アイデアノート 次作も奇抜なアイデアと、強烈な言葉が綴られたノートで、また傑作が生まれるに違いない。

最新刊

鉄塔おじさん
著:黒木 渚

発売日:2018年02月08日
価格:¥1,500+税
ISBN:978-4-06-220949-6
判型:四六変型
ページ数:256ページ
発売:講談社

神崎あたりは田舎の役場の生活相談課でクレーム対応をしている。あたりを目の敵にする教育係の杉田さんからは、毎日暴言を吐かれる。あたりに好意を寄せる同じ職場の三浦からのアプローチを受け、付き合うことになりそうだった矢先、食堂で話す二人の姿を見つけた杉田から、信じられない告白をうける。あたりは混乱し、休職願いを出す。そしてあたりが逃げ込んだ先は、町の人々から疎まれているある人物の家だった。

黒木 渚(クロキナギサ)

1986年宮崎県日向市生まれ。福岡教育大学大学院英米文学専攻卒業。大学時代軽音研究会でギターをはじめ、ライブハウスで弾き語りをスタートする。2010年、自らの名前を冠したバンド”黒木渚”を結成。
2012年12月「あたしの心臓あげる」でデビュー。2013年12月COUNTDOWN JAPAN 13/14出演をもってバンドは解散。2014年からソロ活動開始。同年4月1stアルバム「標本箱」をリリース。2015年「自由律」など多数のアルバムを発表。また「壁の鹿」で小説家としてもデビューする。
2016年4月には「ふざけんな世界、ふざけろよ」、7月には配信シングル「灯台」をリリース。2016年8月、病気療養のため音楽活動休止を発表。2017年4月、初の単行本『本性』、文庫『壁の鹿』が発売となる。同年9月、音楽活動復帰。
オフィシャルサイトhttp://www.kurokinagisa.jp/


【募集終了】抽選で1名様に、黒木渚さんの直筆サイン入り『鉄塔おじさん』をプレゼント!

応募期間

※募集期間は終了致しました。

4月19日(木)~4月26日(木)23:59

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