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「答えは、戦う人間の数だけある」。杉江大志ら、男たちの熱き想いの丈を心に焼きつけよう――舞台『メサイア ―月詠乃刻―』ゲネプロレポート

「答えは、戦う人間の数だけある」。杉江大志ら、男たちの熱き想いの丈を心に焼きつけよう――舞台『メサイア ―月詠乃刻―』ゲネプロレポート

舞台『メサイア ―月詠乃刻―』が4月14日(土)、シアターGロッソにて開幕した。動き出すサクラ候補生たち、そして再び帰ってくるあの男。多くの謎に包まれた最新作の魅力を、ここに解説する。

取材・文 / 横川良明 撮影 / 友澤綾乃

『メサイア』とは、散ることを宿命づけられた男たちの戦いのドラマ

「メサイア・プロジェクト」は長期シリーズかつ複雑な世界観ゆえにハードルの高さを感じている初見の方も多いかもしれない。そのため最初に物語の大枠を説明したい(ご存じの方はそのままスクロールして次のブロックへ)。

まず押さえておきたい舞台設定は以下の通り。

時は20XX年。世界平和を名目に裁定された軍事協定“世界の改心(ワールド・リフォーミング)”により世界各国が大幅な軍縮と兵器の開発禁止に調印。世界は平和な時代を迎えたかのように見えた。

しかし、水面下では兵器の代わりにスパイによる情報戦争が激化。この国際情勢に対抗するべく、日本も国家最高機密のスパイ組織を発足させる。それが警察省警備局特別公安五係――通称“サクラ”だ。サクラは、国籍も戸籍も抹消された代わりに、特別殺人権を持つ孤高のスパイ集団。このサクラを育成・教育するための機密学校“チャーチ”では、サクラ候補生たちが一人前のサクラとなるべく日夜苛酷な訓練を受けていた。

タイトルにもある“メサイア”とは、戸籍も過去も失い、ただ闇を討つために闇を駆けるサクラが唯一心を許せる魂の片割れのこと。特殊任務を持つサクラは、たとえ敵国に捕まっても国家が助けることはない。ただ、桜のごとく潔く散るだけだ。しかし、唯一救出に向かうことを許された人物がいる。それが、メサイア――ただ一人の救い人だ。

チャーチ在籍時にサクラ候補生は自らのメサイアを決められ、二人で力を合わせて壮絶なミッションに挑む。その中で本物のメサイアとして信頼関係を築くことができた者だけが、晴れて卒業を認められるのだ。

プロジェクト発足から8年目を迎え、数々のキャラクターが登場しているが、今回初見の方が覚えておきたい主要人物は以下の5人。

加々美いつき(杉江大志)は、過去にチャーチに在籍し、メサイアである有賀涼と共に卒業ミッションをクリア。現在は単独で任務にあたっている。

現役のサクラ候補生は、御池万夜(長江崚行)と柚木小太郎(山沖勇輝)、小暮洵(橋本真一)と雛森千寿(山本一慶)の4人。御池はかつて新興宗教団体「照る日の杜」の御神体として崇められ、柚木はその元信者という奇縁を持つ。「照る日の杜」のあり方に不信を抱いた柚木は、団体を抜けようとするも、同じく信者である家族の手により滅多刺しに遭い心停止。御池も同様に信者から命を狙われ心停止。絶命の危機に瀕しながらも、チャーチに拾われ、死線から甦った二人は、そのままサクラ候補生としての人生を選択する。「照る日の杜」を憎む柚木は、御池が御神体であることを知らぬまま、御池の前で「この手で御神体を殺したい」と口にし、御池もまた彼の手で殺されることを心ひそかに望んでいる。そんなパラドックスな結びつきを有した二人が、メサイアとして行動を共にすることに。

一方、小暮は元製薬会社の研究員であることは語られているが、一部記憶に欠落があり、その素性の多くは謎に包まれている。また、小暮のメサイアである雛森も以前からチャーチに在籍していたが、ある任務中に負傷を負い、5年間、意識不明の状態が続いていた。このほど長い眠りから醒め、新たに小暮とメサイアを組むことになったが、彼もまた多くの謎を秘めたキャラクターだ。

本作は、チャーチを卒業した加々美と、様々な思惑と疑惑が交錯する4人のサクラ候補生が主軸。初見の方もまずはこの構造さえ頭に入れておけば、あとは自然と作品世界に没入していけるので心配無用だ。では、次項より最新作『メサイア ―月詠乃刻―』について詳しく解説を進める。

太陽と月。惹かれ合い求め合うふたつの魂

今回の副題である月詠(つくよみ)。これは、日本神話に登場するツクヨミに由来する。黄泉の国から帰ってきたイザナギの左目から生まれたと伝えられる太陽の神・アマテラスに対し、ツクヨミはイザナギの右目から生まれた月の神。日を統べる者と、夜を統べる者。生まれながらに対照の位置にあったふたつの神が、本作では惹かれ合うふたつの魂になぞらえられる。

月は常に太陽に焦がれる。夜空を煌々と照らす月だが、決して自らが発光しているわけではない。太陽の強い光を反射しているだけだ。自らが持ち得ぬものに憧れる気持ちは、しごく本能的なものだろう。

“夜”の字を名前に冠する御池は、その名の通り万(よろず)の夜を一人生きてきた。“まがいものの神”を演じてきた御池は、どれだけ熱心に信者たちから崇拝を受けようと、その心はいつも深い夜の帳に覆われていた。どちらに向かえば良いかさえわからない一面の闇。そこに射し込んだ光こそが、柚木だった。御池は、訪れることはないと思い込んでいた自らの夜明けを柚木に重ねる。

だが、自らを月だと思っている者が、ある人から見れば太陽になり得るのが人の縁(えにし)。御池に代わって、御神体となった穂波葉礼(石渡真修)にとっては、御池こそが太陽であり、自らは代用品の月でしかない。だからこそ、本物の光に執着し、御池を欲する。御池、柚木、穂波という依存と因縁の三者が強烈な磁場をつくり、物語を想像もしない先へと導いていく。

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