佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 41

Column

歌は声によって命が与えられて、生きているものへと変わる

歌は声によって命が与えられて、生きているものへと変わる

4月21日に始まった加藤登紀子のコンサート「TOKIKO’S HISTORY~花はどこへ行った」の初日、東京・渋谷のオーチャードホールにいつもよりも早めに到着した。
それは前日に発売になったばかりの自伝、『運命の歌のジグソーパズル TOKIKO’S HISTORY SINCE 1943』(朝日新聞出版)を購入するためだった。

サイン入りの本を手に入れて、早速シートに腰を下ろしてページをめくると、冒頭から“旅をする力を持っている歌”について、簡潔にまとまった文章が目に飛び込んできた。
そこにはその日に歌われるであろうレパートリーのことが、このように書かれてあった。

時を超えても、場所が変わっても、故郷と同じ暖かさで体を包む歌…
激しい悲しみの中でも、熱い想いを奮い立たせる歌…
不条理な運命にさらされる人々を、ある時ひとつに結び合わせる歌…
歌には必ず歴史があります。
その歌を生み出した人々の…
その歌を求めて育てた人たちの…
その歌が見知らぬ地を旅した時の…
その偶然の歴史が歌に命と力を与えるのです。

加藤登紀子は第二次世界大戦の終わる1年8カ月前、1943年に中国のハルビン市で生まれた。
帝政ロシア時代に建設されたロシア人の街だったハルビンは、極東のパリと呼ばれるほど美しく、日本が中国東北部に満州国を設立した後も、多国籍の多民族が暮らす国際都市だった。

しかし満州国を支配していた関東軍司令部の指導者や官僚たちの大半は、ソ連が1945年8月9日に日本へ宣戦布告して攻撃を開始すると、いち早く日本に逃亡してしまった。
その後に残されたのは女性と子どもが中心の一般市民と、司令塔も指揮者も失った兵士たちであった。
当然のことだが彼らにはまったく為す術がなく、侵入してきたソ連軍の支配下に置かれて略奪や暴行の末に、収容所に送られたのである。

自伝にはそのことについて、こうした記述が出てくる。

日本には市民どころか、軍や、国にさえ、戦争に負けたときの準備やルールが一切なかった。
終戦後の兵士たちにできるだけ犠牲者を出さないようにする、とか、民間の人たちを混乱から守るための措置をする、とか、敗戦と同時に想定されるあらゆることに、計画がなかった。
ただひとつ、信じがたいことに、「全員死んで下さい」という準備だけがあった。戦地での「玉砕」と同じように、私たち軍人家族には家族全員が死ねるように青酸カリが手渡された。

 

日本という国から見捨てられた状況の中で、満州では各地で無数の悲劇が生まれた。
そうした状況下にあって3人の子供を抱えた母親が、必死に知恵を働かせて家族や仲間たちを守った。
彼らはそのおかげで、1年後に生きて日本へ引き揚げることができたのである。

その頃の歴史がいかに大きな意味を持つものだったかを、加藤登紀子は最近になって深く思い知ったという。

私には記憶のない2歳8ヵ月までの時間。でも母の背中におんぶされた私は、きっと母の見ているものを一緒に見、毅然と立ち向かう母と一緒に戦っていたのだと、信じてる。 母の記憶は、私の記憶。母の奮闘は、私の……。

 

ここまでの50ページほどをコンサートの幕が開く前に読んでいたおかげで、彼女の75年におよぶ自分史を歌と語りで綴るライブを、心ゆくまで堪能することが出来たように思う。

その日に歌われた世界中のメッセージ・ソングや反戦歌、愛の歌はすべて加藤登紀子が自らの手で訳した、日本語の歌詞によるものだった。
己の人生を振り返りつつ、それらの歌とのドラマチックな出会いを語り、歌っていくという内容は自伝とリンクしていた。

そこにオリジナルの「時には昔の話を」と「遠い祖国」、そして夫となった藤本敏夫さんとの出会いから誕生した「ひとり寝の子守唄」が加わることで、時空を越えた広がりと奥行きに深みが増すものになった。
レコードが出た当時のアレンジで歌われた「ひとり寝の子守唄」は、とりわけ圧巻だと感じた。

ぼくがラジオから流れてきた「赤い風船」を耳にして、それまでの歌謡曲にない新鮮さを感じたのは、中学生の時だった。
東大在学中の1965年に歌手デビューしてから、すでに半世紀以上の年月が過ぎているが、加藤登紀子という表現者はどこかに少女の面影を残したまま、日に日に成長し続けていることに驚かされた。

ジグソーパズルのように歌と歌がつながることで、彼女の人生による地図が、今まさに出来上がりつつあるのだろう。
そうした歩みにあらためて大きな拍手を贈るとともに、コンサートなか で語っていた印象的な言葉を、最後に記しておきたい。

歌は声によって命が与えられて、生きているものへと変わる。

ライブ情報

加藤登紀子コンサート情報サイト

リリース情報

加藤 登紀子 ゴールデン☆ベスト TOKIKO’S HISTORY


加藤登紀子の楽曲はこちらから


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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