【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 70

Column

尾崎豊 吉野金次が尾崎をプロデュースしてるというのは凄いことなのだ。

尾崎豊 吉野金次が尾崎をプロデュースしてるというのは凄いことなのだ。

1987年2月、彼は所属事務所マザ−&チルドレンが設立した新たなレコード会社へ移籍する。それまで楽曲制作を共にしてきたCBSソニーのスタッフとは、ここで別れることになる。このあたり、“大人という事情”という不可抗力もあったのだろうが…。

餅屋は餅屋的に考えたなら、それぞれの分野はそれぞれが専門にやればいいと思うけど、逆の考えとして、事務所内に集約し、すべて賄えたら質も効率もアップするかも…、というのも分からないではない。個人的には尾崎を取材する機会も無くなり残念だったが、新たな環境のなか、どんな新作が誕生するのかに注目した。

しかしレコーディングは難航したようだ。ちなみに難航には二種類ある。やることが浮かばない難航と、ありすぎて選べない難航だ。さてどっちだったのだろう…。

結局、前作『壊れた扉から』から2年9か月ぶりに新作『街路樹』がリリースされる。当時は遅れに遅れてやっとやっと、みたいな印象だったけど(プライベートでは薬物で逮捕、といったこともあった)、今になって冷静に考えたら、2年9か月なんていうのは、待たせたうちに入らない。ついつい私達は、アーティストの作品を、パン焼き器さえあればいつでも作れるパンのようなものと考えがちだが、時に作品とは、越えて初めて客観的に語ることができる障壁のようなものでもあるわけだ。

アルバムの1曲目は「核 (CORE)」である。そもそもは1984年の日比谷野外大音楽堂でのイベント「アトミック・カフェ」に向けて作られた「反核」がベースとなっていて、その後、ライブで歌ってきた作品だった。

曲の構成は、尾崎が心酔していたブルース・スプリングスティーンでいえば、「ニューヨークシティ・セレナーデ」や「ジャングルランド」的な大作指向だ。

歌詞の時代背景として考えられるのは、1986年に世界を震撼させた、あのチェルノブイリの原子炉事故である。日本のミュージシャンの間にも、反核の機運が高まっていった。RCサクセションが“核などいらねー”と歌う「ラブ・ミー・テンダー」を含む『COVERS』や、ブルーハーツの問題作「チェルノブイリ」を含むシングル「ブルーハーツのテーマ」は、『街路樹』とほぼ同時期のリリ−スだ。

これらと「核 (CORE)」は、どう違うのだろう。まず言えるのは、尾崎の歌は、生きてく上で“核”となるもの(個人から個人への愛)こそを見つめる内容であり、“反核”がテーマのシュプレヒコール・ソングではないということだ。とかく男性ロック・シンガーというと、社会に対して、政治的なことへの関心を示すが、尾崎は逆だと言える。この歌を聴く限り、半径1メートルの中の安息こそを大切にし、そこから社会へと拡げようとしている。

ちなみに、日比谷で歌った「反核」が、どのような歌詞だったかもネット上の情報で分かるが、その後、「核 (CORE)」へとガラッと改作された歌詞ではなかった。推測するに、その後の尾崎のこだわりは、主にタイトルの変更だったと思われる。そのことで、自分が伝えたいことも、明確になると考えたのだろう。

興味深いのは、この歌のなかの“もしかしたら 俺の方が正しいかもしれない”というフレーズだ。時流からすると、自分は少数派であるという自覚が、このあたりに垣間見られる。

ただ、同じ歌詞でもこの部分…、“反戦 反核 いったい何が出来る”に関しては、どうか慎重に受け取ってみて欲しい。というのも、これは単なるニヒリズムでもなさそうだからだ。

実は尾崎は、「アトミック・カフェ」出演後に、ただのお祭りじゃなく、みんなで真剣に討論とかして、メッセージを伝えればいいのに、といった発言もして、積極的な姿勢をみせていた。この発言を踏まえて歌詞を読み解くなら、“いったい何が出来る”というのは諦めじゃなく、むしろ逆の気持ちからだったのではなかろうか。

逆、というのは、ここでいう“反戦 反核”というのは、ただお題目だけ掲げてお祭り騒ぎすることへの危惧だ。 

この曲もそうだけど、『街路樹』では、レコーディング環境の変化がそのまま現われたからだろうか、音の質感は非常に変化した。簡単に言うと、オーディオ的には豊かで厚い響きである。本来のアメリカンな感覚もあるけど、ヨーロピアンというか、ロックはロックでもブリティッシュな感じというか、それらも感じ、幅広い。

このアルバムのプロデュースは、高名なレコーディング・エンジニアである吉野金次だ。もともと東芝の社員だった彼が、フリーになって最初に手掛けたのがはっぴいえんどの名作だった。吉野は単なる技師ではなく、幅広い音楽に精通し、演奏者とともに音を作る“表現者”なのだ。でも、そんな素晴らしい吉野だが、はっぴいえんどに興味がある人と尾崎に興味ある人は交わらないからなのか、Wikipediaでアルバム『街路樹』を検索すると、彼の紹介のされ方は、あまりに素っ気ない。

ここはひとつ、吉野金次の仕事として、改めて『街路樹』を聴くという手もある。

「時」という作品などは、アンビエント・サウンドも生きたアレンジ(ブライアン・イーノ的とでも言うか…)であり、大胆な残響をアクセントにしたボーカル・トラックの工夫など、聞き応え充分だ。おそらく尾崎は、新たな制作環境で、より立体的なサウンド・クリエイトに興味を伸ばしていっただろうし、それはソングライティングにも変化をもたらした。現実と夢が螺旋で巡り座標を譲り合うかのようなこの歌の深遠なる世界観は、まさしくニュー・オザキである。

その一方で、Yutaka Ozaki & Heart Of Klaxonの名前がみえる「COLD WIND」 などは、尾崎とライブの密接さの名残か。でもこの曲のバンド・サウンド、特にドラムのヌケの良さは印象に残る。

サウンドの話が多くなったが、彼の心情が素直に表現されている歌詞といえば、「遠い空」だろう。音楽を生業にしてからのことを自伝的に綴ったとも思われる内容であり、この先の尾崎の人生の幕切れを考えたなら、“遠い空”のかなたに待っていたはずのもの、しかし手が届かなかったものが聴き手の心に浮かび、胸が熱くなる。

文 / 小貫信昭

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