Interview

Special Legend Interview(後)

Special Legend Interview(後)

【スペシャル・レジェンド・インタビュー】ジョルジオ・モロダー

ディスコの“父”。サントラブームを作った男の帰還。

インタビュー・文/新谷洋子

あなたのようなキャリアの持ち主が30年ぶりにアルバムを作るとなると、周囲の期待は本当に大きいですし、プレッシャーは感じました?

いいや、そうでもないね。人々がどう受け止めるのか、僕にはどうにもできないから。僕はベストを尽くすしかない。その結果、みんなに気に入ってもらえたらそれはすばらしい。今のところレビューはどれも好意的だから、本当にハッピーだよ。中にはそうじゃないレビューもいくつかあったけど、総じてポジティヴなんだ。だからナーヴァスにはなっていない。今の僕は非常に穏やかな気分だよ。

1984ネバーエンディング・ストーリー
サウンドトラック
『ネバーエンディング・ストーリー』1984
Universal Music
1987オーバーザトップ
サウンドトラック
『オーバー・ザ・トップ』1987
Sony Music Japan International

あなたは70~80年代のアイコンと呼べる偉大な女性スターたちと続々コラボしてきたわけですが、今回コラボした現代の女性スターたちと比較して、どう思われますか?

僕は本当にラッキーだったと思うんだ。いつも本当に偉大なシンガーたちとコラボし、プロデュースしてきたからね。ドナ・サマーに始まり、バーブラ・ストライサンド、ブロンディのデビー・ハリーからデヴィッド……えっと、なんて名前だったかな?

ボウイですね。

そう、デヴィッド・ボウイまで。だから30年前の僕は本当にラッキーだったし、今も相変わらず僕はラッキーなんだよ!(笑) 何しろ、シーアみたいな人は現在の音楽界において間違いなくトップアーティストの1人であり……いや、正確には、参加してくれた人たちみんな1人残らず、すばらしいアーティストだ。ブリトニー・スピアーズも驚くべきヴォーカル・パフォーマンスを提供してくれたし、全員が今のシーンにおいて、歌い手として最上級だと言えるね。

1982-Cat-People
Soundtrack
『CAT PEOPLE』1982
輸入版
1984-METROPOLIS
Soundtrack
『METROPOLIS』1984
輸入版

やっぱり自然に女性の声に惹かれるものですか?

自分でもよくわからないんだ。でも聴き手にとっても、こういう曲には女性の声が乗っていたほうが興味をそそられるものなんだと思う。ディスコの大ヒット曲はたいてい女性ヴォーカルだからね。男性の声に比べて、女性の声とダンス・ミュージックのコンビネーションには、何か特別なアピールがある。男性の声はやっぱりロックやヒップホップのほうが相性がいいんだろうね。

現時点であなたに音楽を作らせるインスピレーションはどこから得ているんでしょう?

というか、音楽作りはインスピレーションよりもハードワークに支えられるものだと僕は思う。スタジオに籠もって機材をいじりながら、本当に長い時間を費やして……インスピレーションよりもワーク、だね。もちろん、例えばレストランで食事をしていて、ふとメロディを思い付くこともあるが、そういうことは非常に稀だよ。とにかくスタジオで長い時間作業を続けることで音楽は生まれるんだ。恐らくベートーベンは歴史上最も偉大な作曲家なんだろうが、彼は本当に途方もなく長い時間をかけて、何度も何度もやり直して、たくさんのアイデアを試して、作品を作り上げていたよね。そんなわけで、ヒット・ソングを生むのはインスピレーションじゃない。ハードワークなんだと僕は思うよ。

このアルバムが何か訴えていることがあるとしたら、どんなことでしょう?

“若さを保つためには踊らなくちゃ!”というのがメッセージだよ(笑)。

あなたも踊るのは好きなんですか?

いや、実は僕自身は全然ダンスはダメなんだ。それでもディスコやEDM が好きなんだよ(笑)。

あなたについて、もしくはあなたの音楽について、誤解があるとしたらどんな点でしょう?

ほら、ディスコは決してみんなに愛されたわけではなかったよね。大勢の人がディスコで踊って楽しんだ一方、多くの人にバカにされもした。「ディスコ? あれはひどい音楽だね」と言っていた人も少なくないはず。でも本当に大勢の人に愛され、今も変わらず愛されている。その一方で、ロックが好きな人もいるし、ロックが嫌いな人もいる。僕は実は、両方手掛けたんだ。ロックもディスコも。だから2つの中間にいるんだよ。ディスコしかできないわけじゃないんだ(笑)。

リリース情報

ダンスの父、ジョルジオ・モロダー30年ぶりのデジャヴ帰還!?
人気ポップアイコンをヴォーカルに迎えジョルジオMAGIC炸裂!!

ジョルジオ・モロダー『デジャヴ』アルバムJ写
ジョルジオ・モロダー
『デジャヴ』

ジョルジオ・モロダー30年ぶりのソロアルバム。カイリー・ミノーグ、ブリトニー・スピアーズ、シーア、チャーリーXCX、ミッキー・エッコー、マシュー・コーマら人気ポップヴォーカリストを迎えた意欲作。全16曲。

Profile of GIORIO MORODER

ダフト・パンクも尊敬する“ディスコの父”ジョルジオ・モロダー、75歳

ジョルジオ・モロダー、75歳。1940年にイタリア、オルティゼーイ生まれ。メインストリーム音楽に初めてシンセサイザーを導入したとされ、ディスコミュージックのパイオニアとしても語られる、エレクトロニック音楽史における最重要人物の一人。それまでのディスコ曲はバンドの生演奏をバックにレコーディングされていたのに対し、ディスコの女王として君臨したドナ・サマーの「アイ・フィール・ラヴ」(’79年)では完全にシンセサイザーのみで構成されたバックトラックを制作、電子音楽・テクノ史における革命とされており、その後の音楽プロダクションの概念に大きな影響を与えた。『ミッドナイト・エクスプレス』(’78年)で手がけたスコアがアカデミー作曲賞を授賞。以降、『アメリカン・ジゴロ』(’80年)『キャット・ピープル』(’82年)『スカーフェイス』(’83年)『ネバーエンディング・ストーリー』(’84年)『オーバー・ザ・トップ』(’87年)のサウンドトラックを手掛けヒットを連発。最大のヒットとなった『フラッシュダンス』(’83年)では「フラッシュダンス~ホワット・ア・フィーリング」(アイリーン・キャラ)がアカデミー歌曲賞、『トップガン』(’86年)では「愛は吐息のように」(ベルリン)同作曲賞を戴冠。音楽界から引退されていたと思われていた2013年、ダフト・パンクのアルバム『ランダム・アクセス・メモリーズ』に参加。「ジョルジオ・バイ・モロダー」と題付けられた楽曲は、彼らの音楽に大きな影響を与えたということで、タイトル通りジョルジオ・モロダーへのトリビュート楽曲となっており、ジョルジオ本人は、自身の音楽キャリアを振り返る語りという形で参加。EDM が圧倒的な音楽トレンドとして認知され始めていたその頃、この楽曲でのジョルジオ・モロダーの再登場により、彼が確立させた“ポップ・ミュージックにおけるダンス・ミュージックの存在感”というのが、30年近くの年月を経て形を変えて再証明された(レコード会社資料より抜粋)。

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