【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 71

Column

尾崎豊 堂々2時間の音楽絵巻、『誕生(BIRTH)』の聴き応え

尾崎豊 堂々2時間の音楽絵巻、『誕生(BIRTH)』の聴き応え

さて今回は、1990年にリリ−スされた『誕生(BIRTH)』である。2枚組20曲入り。通して聴くのに約2時間かかる。でも2枚組というのは、「いつか作りたい」と彼が公言していたものだった。それを完成させたのだから、達成感もあっただろう。今回、2018年の自分の耳で、じっくり聴いてみた。

まずはレコーディングについて。アメリカから腕利きミュージシャンを招き、星勝をアレンジャーに迎え、日本でレコーディングされている。星といえば、尾崎が音楽に目覚めた頃に愛聴した井上陽水の『氷の世界』のアレンジャーでもある。メリハリあるサウンド・プロダクションが続き、最後まで飽きさせない。尾崎の歌の魅力も、ストレートに伝わってくる。

『誕生(BIRTH)』の80年代的な部分について

この時代といえば、尾崎の歌詞が、ちょっとムズカシ風になっていくことでも知られる。しかしこれは、彼に限ったことではなく、当時の流行でもあったのだ。いわゆる“ニューアカ・ブーム”というヤツである。構造主義などを標榜する若き学者達の本が、普通にカッコいいものとしてベストセラーとなった。尾崎も浅田彰や柄谷行人、中沢新一などの著作に親しみ、影響されたという。

1曲目の「LOVE WAY」のなかに、[共同条理の原理の?」というフレーズがあって、これなどは典型だろう。“ニューアカ”とはちょっと違うが、これは60年代から活躍した評論家、吉本隆明の影響が取り沙汰されるフレーズである。吉本といえば、代表作は『共同幻想論』。もしかして、キョウドウゲンソウよりキョウドウジョウリのほうが、歌詞としては適していたからそうしたのかもしれないが、こういう難解な言葉を使う機運が彼のなかにも芽生えたわけだ。

さらに80年代といえば、構造主義とともに忘れてならないのがカフェ・バーである。「RED SHOES STORY」の“RED SHOES”は、おそらく西麻布にあったカフェ・バー(現在は場所を移して営業中)のことだろう。窓から西麻布の交差点が見渡せるロケーション(とんねるずの「雨の西麻布」はこの店のこの景色から生まれた)だったが、深夜になると、様々な分野のアーティストが集まり、酔っ払いの文化サロンのようでもあった。尾崎もここの常連だった時期があるのだ。

「RED SHOES STORY」を改めて聴くと、ロック・ビジネスを自嘲的に捉えた内容になっている。けっこう辛辣といえば辛辣だ。つまり、この歌を書いた時点で、この店は彼にとっては過去の遺物であった。ちなみに、ロックを自嘲的に、ということでは、RCサクセションの「ドカドカうるさいR&Rバンド」にも通じるところがある。

肩の力が抜けたボーカルによる、飽きの来ない“尾崎節”

今回、2018年の僕の耳で聴きなおしてみて、とても魅力的に感じたのは、「ロザーナ」や「COOKIE」といった、ロックというよりポップな佇まいの曲だった。エモーショナルに寄り過ぎず、程良い客観性を伴い、楽曲のメロディを魅惑的にトレースする感じのボーカルが心地良く、特に前者は、まさにメロディの上げ下げなどが、紛れもない“尾崎節”そのものだ。

節(ふし)なんて書くと、つまりは旧態依然としてるんだ…、みたいに思うヒトもいるかもしれないが、例えば銀座の木村屋に行き、結局は定番のあんパンを求め、しかしそれで自分は充分に満足だった、みたいなことが、音楽にもあっていいわけである。それもあって敢て、ここでは“尾崎節”なる表現を使ったのだ。

「COOKIE」も心地良い。歌詞は世界に目を向けたトピカルな内容で、しかも答は一朝一夕には見つからず,厭世観の一歩手前でもがく…、そんな主人公を描写するけど、肝心なポイントとなるのは、その主人公が愛しい人に要求する「内容」だ。それが僕をホッとさせる。

[クッキーを焼いてくれ]彼はそう願う。クッキーというのは、思ったより手間が掛らず誰にでも簡単に焼けるお菓子である。つまりこの歌の主人公は、さほど負担とならないことを相手に要求している。これは尾崎の優しさだろう。

さらに歌の上手さということでは、「LONELY ROSE」や「虹」のような、ブラック・コンテンポラリー的なバラードが光っている。加えて個人的に好きなのは「風の迷路」である。もともと彼は美しいメロディを作る人だが、そこにロックという名の精神的な“コンプレッサー”をかけて絶叫調に仕立てる、というのが以前からみられた手法だったけど、ここでは美メロを美メロのまま提出しているのである。

「MARRIAGE」と「誕生」について

アルバムを締めくくる19曲目と20曲目は、そんなタイトルである。実生活では結婚して、子供を授かった彼だから、それがそのまま、反映された2曲のようだけど、ちゃんと聴いてみると、ちょっと違うのである。

「MARRIAGE」にしても、運命の人と出会えた喜びを、ストレートに描いたわけではない。二人はあくまで[愛を償いながら]生きているのであり、それでも主人公は、相手に求婚するのだ。しかし、相手の意思表示というのは、一切、歌のなかに描かれていない(尾崎というと、すぐスプリングスティーンを想い出してしまうが、スプリングスティーンの「I Wanna Marry You」という歌も、相手の気持ちが描かれない点では共通する)。

そして「誕生」である。9分55秒におよぶこの作品は、己の半生をベースにしたものだろう。9分55秒という演奏時間に久々に接したが、長かったかと言われたら、長さは感じなかった。この歌の主人公の歩みが、息をつかせぬものだったからこそ、長く感じなかったのかもしれない。

なお、[新しく生まれてくるものよ]と語り始められる後半の朗読の部分は我が子へのメッセージだろうけど、歌全体から伝わるのは、むしろ主人公自身の“リ・ボーン”への決意かもしれない。

緊張感あるロックンロールだったのから一変して、最後はリラックスした(かつて流行った言葉でいうならレイドバックした)演奏へと変わっていく。このあたりはデレク&ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」みたいな構成である。

人生のゴタゴタもあり、コンスタントな活躍とはいかなかった80年代後半の尾崎ではあったが、この2枚組20曲のなかには、音楽活動を休止していた期間の想いも、丹念にすくい取られている。

ただ尾崎は、最後まで現実と虚構の狭間でもがき、周囲も彼に対して、「その歌は実際のことですか?」という質問を絶やさないところがあった。最初は賑やかに揺れていたシーソーを、やがて巨大なアンバランスが襲う。。

文 / 小貫信昭

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