黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 15

Interview

『鉄拳』原田勝弘氏(中)ゲーム業界を選んだ理由とは

『鉄拳』原田勝弘氏(中)ゲーム業界を選んだ理由とは

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

稀代の格闘ゲーム『鉄拳』の開発プロデューサーとして知られる原田勝弘。濃いめのサングラスを常用し、一見すると近寄りがたい印象を与える。しかし、サングラスのかげに隠れて見えないその瞳は、ゲームというエンタテインメントを真摯に捉えているように思う。おそらく原田自身のエンタテインメントへのあくなき探究と敬意が彼をそのようにさせるのだろう。
今回のインタビューは、その原田勝弘を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

 

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第2回です。第1回(上)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


親が期待する大学にせっかく受かったんだし

原田 当時高校3年生。よく考えたら、確かに僕は自分で稼いでないなと。だったら、もう4年間は親の期待に応えるか、もしくは自身で稼いで生活も学費も自己完結するしかないけど、当時の自分にできることなんて知れていた事もあって、考えを巡らせて。いわゆる世の大人から評価されやすいというか、親が期待する大学にせっかく受かったんだし、とも思って早稲田に行ったんです。で、留年もしませんでしたし、サークルではなくいわゆる体育会部活のヨットも続けて。そこで4年生の時は主将もやりました。僕、早稲田大学ヨット部の63代目主将なんです。早稲田のヨット部って野球部の次に伝統のある部活で、旧日本海軍系のOBとか先輩がいっぱいいるんです。まあ厳しいところでした。

 早稲田大学ヨット部の雰囲気  早稲田大学ヨット部レース風景

すごい部なんですね。

原田 はい、そこで主将をやって全日本4位。かつ、ちゃんと留年もせず、しっかり単位も余分に取って。で、卒業となると就職活動をするじゃないですか。やっぱり当時の体育会って就職にすごく強いんですよ。とにかく大企業には強かった。当時は既にバブルははじけていて、いわゆる就職氷河期元年ではあったんですけど、それでも強かった。そこで、また登場するのがお父さん、お母さんです。ウチの父親はいわゆる消防の偉い人だったんですね。

 早稲田大学ヨット部 左端が原田氏  東京六大学戦ヨットレース優勝

地元の名士ですね。

原田 はい。軍隊で言えば大佐クラスみたいな地位に就いていて。とても社会の役に立っているって言ったらなんですけど、みんなに尊敬されていたし、確かに僕自身が父親を尊敬していました。そんな親ですから、自分の息子が早稲田に行って卒業するとなると、どこに行くんだ、OBからの伝手もあるだろう、お父さんもいろんなところ紹介できるから、ちょっと話を聞かないかって。

すべてをシャットアウトしてゲーム業界に行くという決意

早稲田大学ヨット部時代

当然、そうなるでしょうね。

原田 でも、僕はそれを全部シャットアウトして。ヨット部のOBの世話にはならない、お父さんのネットワークもいらない、自らゲーム業界に行くと。

おお。でも、オタク業界はいろいろありますけど、なぜゲームだったんですか。

原田 僕が18歳で大学に入ったとき最初に何をやったかというとですね、自分のバイトで稼いだお金でテーブル筐体を買ったんです。それぐらいゲームが好きだった。

アルバイトして初めて買った筐体(現役)

テーブル筐体ですか!

原田 あれは僕のひそかな決意のあらわれだったと思うんです。大学入って東京に来たんですけど、もう当時のゲームセンターの店舗数がすごくって。なんだ、これはと。秋葉原に行ったら『ダブルドラゴン』(注11)の基板が5000円とかで売ってるんですよ。「え、どういうこと? これ、家でできるじゃん」と。

注11:主人公の格闘家を操作して敵と戦いながら進んでいく、1987年にテクノスジャパンが開発した格闘アクションゲーム。ファミコンやゲームボーイ向けの移植版も発売された。

そう思いますよね(笑)。

原田 中古テーブル筐体が1万5千円、『ダブルドラゴン』の中古基板が5千円で計2万円。これだけ出せば家でやり放題だ、なんてこったって思って。それでもうおかしくてなってしまって、『ファンタジーゾーン』(注12)とか、いろんな基板を買ってきて家でやってたんです。しかも、親の監視がなくて解放されてるじゃないですか。もちろん、部活で忙しかったんですけど、もうゲームをやってる時間が楽しすぎて、これはもうたまらないと。なんとかこれで食えないかなと思ったんです。ただ、そのときは作る側じゃなくて、やる側でって思ってました。

注12:1986年に開発されたセガのアーケード向け横スクロールシューティング。パステル調のメルヘンチックな画像や、敵を倒して集めたコインを使ってパワーアップしていくシステムなどが話題を呼んだ。

あ、プレイヤー側で。

原田 はい。当然その当時ですからただのプレイヤーでは食えるわけはないけど、きっとなにかしらの方法があるだろうと思ったんです。

親はもう大激怒というか大疑問というか

高橋名人みたいな?

原田 もちろん、高橋名人にも憧れました。名人もよく考えたられっきとした会社員なんですよね。だから、たとえばゲームを売る人とかだったら、できるんじゃないかみたいなことを考えて。とにかく決心はしていたので、就職活動が始まったときに「オレはゲーム業界行くから」って言ったんですよ。そしたら、親はもう大激怒というか大疑問というか。

許さないってなるでしょうね。

原田 もう、本当になんのために……お前いくらかかったか知っとるのかと。当時からよく週刊誌のネタとかになっていて、今でもたまに話題になっていますが、地方から早稲田にやって学費に下宿代に仕送りにと全部払うと4年間で1千万円ぐらい簡単にかかるんです。しかも、僕はヨット部のお金も出してもらっていて。

そうか、じゃあもっとかかりますね。

原田 はい。だから、僕は親から1千万円以上出してもらっていて。もちろん、うちの親はそれを投資だとか一言も言いませんし、プレッシャーも何もかけませんでしたが。ただ、お前いろんなチャンスがあるんだぞと。しかも、当時ゲーム業界って、まだ一部上場しているところがあんまりなかったんです。

でしょうね。

本命はセガだったが、一番最初に受けるのが偶然ナムコになった

原田 で、どこに行くんだって言われて僕はいくつか……実は当初の本命はセガだったんですけどね。僕は最初営業で受けたんです。ナムコもセガも全部営業で受けようと思っていて、スクウェア、カプコン、SNKやタイトーもそうです。ばーっと全部応募して資料を取り寄せて日程を組んで、一番最初がナムコだったんですね。本当はセガが最初だったんですけど間違って理系のセミナー&試験に行っちゃったんです。そうしたら営業は日程と試験内容が違うよって言われて、スケジュールを組みなおし。それで一番最初に受けるのが偶然ナムコになったんです。

あ、そうだったんですか、なるほど。

原田 で、ナムコやセガを受けるって言ったら、当時うちの親はその……ナムコを知らなかったんです。それでカーっとなったのもあるんですね。僕の世代から言わせると、ナムコを知らないってどういうことだと。カーッとなって。

そこですか(笑)。

原田 だって、いくらなんでもそれはないだろって。『パックマン』ぐらい知ってるだろと。

知らないんじゃないかなあ~。

原田 とにかく、親からすると全然聞いたことのないところに行くっていうのが、抵抗があったみたいで。でも、いや冗談じゃないと。お父さんとお母さんには申し訳ない。今までお金をかけてもらって、そこはもう本当に感謝してるし、お父さんとお母さんは大好きだし、家庭にも一切不満はない。けれども、どうしてもこれだけは自分で選ばないと、オレ絶対一生後悔して、一生ゲーム業界に行きたかった、行きたかった、と言い続けるし、なんでもかんでも他人のせいする人間になっちゃうからと。だからせっかく親にも世にも恵まれている今だから、どうしても自分で選びたい。もっと言えば、もう俺は本当にゲームがしたくてしたくてしょうがないんだと。そうしたら親は商社に行ってゲームを扱えばと言ってきたんですけど、いやそれじゃあダメだと。僕は仕事で堂々とゲームを遊んでも怒られない場所に行きたいって言ったんですよ。今思えばまさに子供の言い分みたいですけど、この世にゲームを遊んで怒られない場所があるならそこに辿り着きたいという想いがあまりに強かった。

最初に内定をくれたことに恩義を感じてナムコに決めたんです

はあ~。

原田 それで、最初にナムコに内定もらって。他も合格頂たり二次面接に進ませて頂てたんですが、最初に内定をくれたことに恩義を感じてナムコに決めたんです。で、当時のナムコって新入社員は開発も営業も就職時の職種は関係なく全員ゲームセンターに配属されるんですよ。、で、社員はそのゲームセンターでタダでゲームをやるのはご法度、いわゆるタダゲー禁止だったんですね。

社員なのに(笑)。

原田 まあ、タダゲー禁止は分かります。でも、閉店後とか開店前とかにお金を払ってやる、いわゆる夜ゲーと呼ばれる行為もダメって言われたんです。

それもダメなんですか。それじゃあゲームやれませんね。

原田 はい。それにもう驚いて。なんじゃそらと。「堂々とゲームをやっていても怒られない場所に行きたい」って啖呵を切っておいて、ゲームやってたら怒られるとこに来ちゃったよみたいな(笑)

ハハハハハ。

原田 だから、灰皿拭きながら、最新のゲームを客がやってるのを見るっていう。それって余計地獄じゃないですか。

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