黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 15

Interview

『鉄拳』原田勝弘氏(下)ゲームをやって稼げる時代、eスポーツの未来

『鉄拳』原田勝弘氏(下)ゲームをやって稼げる時代、eスポーツの未来

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

稀代の格闘ゲーム『鉄拳』の開発プロデューサーとして知られる原田勝弘。濃いめのサングラスを常用し、一見すると近寄りがたい印象を与える。しかし、サングラスのかげに隠れて見えないその瞳は、ゲームというエンタテインメントを真摯に捉えているように思う。おそらく原田自身のエンタテインメントへのあくなき探究と敬意が彼をそのようにさせるのだろう。
今回のインタビューは、その原田勝弘を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

 

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの最終回です。第1回(上)第2回(中)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


役職、その影響力と発言力、そしてそのジレンマ

原田さんは営業を起点として。すべてを手に入れたじゃないですか。今はどうですか、ご自身として。

原田 僕は建前が嫌いなんで本音で言いますけど、やっぱり仕事の「楽しさ」っていろいろあると思うんです。「ゲームを作りたい」にもいろんな意味があって、最近だといきなりプロデューサーとして「作る」とか「開発」っていう新しい世代も増えていますけど、本来的かつ根本的には「ゲームを作る、開発する」っていうのは、「開発者」としてゲームを作り上げる事で生むというのが原点。で、これはゲーム開発者としての現場経験がある人には共感を得る部分ですが、この「開発」って仕事は現場でコードやスクリプトをガリガリ書いたり仕様書をどんどん詰めていったりとか、絵を描いたりデザイン会議したりとか、いわゆる「クリエイター」と呼ばれる職種に近ければ近いほど楽しかったりするんですよね。でもですね、会社的に、つまり事業的な自由を手に入れようと……つまり自分がやりたいゲームを作ろうと思ったら、ちゃんと社内での影響力や発言力を持って、責任も持って、予算も持っているほうがいい。極端な話、管理職になったほうが、権限や予算を含めた自由がきくわけですよ。

そうでしょうね。

90年代開発現場。スクリプトを組み込んで自分でデバッグ確認する日々

原田 これは俺がやるプロジェクトなんだと、ここに俺は50億使うんだと。そんな感じで、ようは会社の役職的に偉くなったほうが当然いろいろやりやすい。でも、ここにジレンマがあるんです。確かに偉くなったら、いろんな権限がもらえる。だから、頑張って偉くなろうと思って、入社して20数年頑張ってきたんですね。僕は当時最年少とか言われたんですけど、課長になったのが31、2歳だったかな。部長になったのも10年以上前ですからとにかく管理職になったのはけっこう早かったんです。そうやって割とちゃんと権限をもらえて、確かに権限は多くなったんですけど、そうすると当然いわゆる「開発現場」からは離されていくんです。

分かります、よく分かります。

原田 いわゆる作ることから離れてプロデュース、マーケティング、そして組織全体のマネジメント主体になっていくんです。これ、当初は自分の中ですごいギャップがあって。じゃあ、マネジメントしたくないのかっていうと、そこはしっかりしないといけないという使命感もある。社会の一員として下を育てる、みんなで会社を存続させていくっていう責任がある。で、その外側では何に繋がっていくかというとゲームファンです。このファンが望んだものを世の中に出すため、出し続ける為には、やっぱりゲームを作るところ、出すところが潰れちゃうと意味ないんですよ。だからマネジメントってのは凄く重要な仕事なんです。

その一方で、いわゆる「ゲームを生み出す、作り出す、作り上げる」という現場仕事からはどんどん遠ざかっちゃう。手に入れる権限と、手から離れていく「ゲーム開発」という仕事のギャップに悩んだ時期もありました。ゲームデザインを詳細まで組み上げていく楽しさを手放さないと、ゲームタイトルそのものをどう将来に導いていくかの決定権限を持てない。この相反関係は一体なんなんだろうな、僕はかつて自分が望んだ仕事に今就けているんだろうか?という悩みです。

2003年ごろの原田氏

原田 いわゆる「ゲーム開発・制作ではなく、ゲーム制作ないし事業としてのゲーム作り」を最初から志している人にとって「プロデューサー」というのは、目指すべきゴールのひとつでしょう。だけどゲームというものがそもそも「現場開発」発進で生まれていた時代に開発職をやっていた人間からすると、それはいわゆる80~90年代のハリウッド映画界でいうところの「プロデューサー」に近いイメージ、つまりビジネス面をやりくりする人であって、映画監督でもカメラマンでも作曲家でも俳優でも無い。つまり、「ものを作る」という意味合いにおいて、ディレクターとプロデューサーには明確な線引きがあるわけです。

もっと言うと「このゲームを開発しました、産みました」って言えるのはプログラマーにしろビジュアルデザイナーにしろ企画にしろデバッガーにしろ、どんなに上の役職でもディレクターまでが限界で、それ以上の役職や事業側としてのプロデューサーになっちゃうと「プロデュースしました、手掛けました」としか言えないし実感できない。プロデューサーは作品に自分の言葉やメッセージが入っているとは言えるかもしれないけれど、作品に「自分のDNAレベルまで組み込まれている」と実感できるのは、ディレクターまでが限界なんじゃないか、そんな感覚というか見え方が、ゲームプロデューサ職がまだ確立されていなかった時代からゲーム開発をやってた世代にはあると思うんですよ。

なるほど。

原田 ただ、先に言ったように、事業側つまりプロデュース側や管理職には、権限と会社の存続をかけた重責があるので、先にも述べた通り、やはりとても重要なんです。 これは声を大にして言いたいですけど、例えばですが格闘ゲームで言えば90年代のブームのあと、いろんな格闘ゲームが消えましたよね。なんであのゲームの続編出ないんだろうとか、なんであのゲームはなくなったんだろうとか、格闘ゲームに限らずですけど、みんないろんなところで言ってるじゃないですか。たとえば会社自体がなくなったケースもあれば、そのタイトルの収益が成り立たないから続かなくなったものもあればと、いろんな事情でなくなってる。でも、ちゃんと儲かっていたらやるわけですから。無くなっちゃったら、ただただファンが悲しむだけです。ということは、そのゲームタイトルを生み出す会社の存続責任が僕らにはあるってすごく思っていて。

はい。

原田 それは例えば『鉄拳』も同じで、そこをうまくやっていくには、やっぱりマネジメントをやんなきゃいけない。ファンを失望させちゃいけないだけでなく、自分自身も悲しいから。というのがあるので、マネジメント頑張りましょう、みんなを引っ張っていきましょうと。未来はこうだよっていうビジョンを示しながら、やっていくうちにディレクター、プロデューサー、チーフ・プロデューサーときて部長だ、ワールドワイドのマーケティング部長だと。どんどん「開発職」というこの業界でいう本当の意味での「現場」から離れていっちゃった。

ワールドワイドのマーケティングの部長としてやっていってくれ

すごいですよね。でも、なぜ海外まで担当するようになったんですか。

原田 以前のバンダイナムコは海外比率が低かったんですね。どうやったら世界市場で売れるかってことが課題になっていました。その一方で僕は逆に20代の頃から、既に海外に売るためのいろんな情報をソニーからもらったり、世界中に出張して学んでいたので、時代の変遷含めてマーケット情報や海外パブリッシャーの戦略や、やり方を知っていたんです。今ではE3にもコミコンにも、果てはEVOなんかのイベントでもバンダイナムコの経営陣含めて皆さんこぞって行きますけど、ああいうショーの出張でさえ、初期の頃からずっと行っていたのは僕ぐらいで、場合によっては僕一人、みたいなのが普通でした。そうなると、今になって「原田、海外詳しいな」となるわけですよ。そこで「ワールドワイドのマーケティングの部長としてやっていってくれ」って何年か前に言われて。

それは、そうなりますよね。

原田 それで、海外のバンダイナムコグループとやり取りして、自社のあらゆるタイトル、特に海外比率の高いタイトルなんかは『ダークソウル』(注22)とかも含めて、どういう風にマーケティングして、売っていくかっていうことを自社の海外グループと一緒にやるわけです。時代の流れもあって、バンダイナムコの家庭用の海外比率もしっかり上がって、うまくいってるんですけど、そうなると実はさらに離れていってますよね、開発職、つまり作るってことから。

注22:『ダークソウル』シリーズの国内の発売元はフロム・ソフトウェアだが、タイトルへの出資はバンダイナムコエンターテインメントによるもので権利も同社に帰属しており、海外パブリッシングはバンダイナムコエンターテインメント自身が行っている。

それは自分が本来目指したものではないと。

原田 目指したものだったのかどうか、配属当初は悩んだ時期もありました。昔の自分であれば、ただひたすらに研究と称して他社のゲームをやりこんだり、GDC(Game Developers Conference)なんかで他社さんの業界仲間と技術談義してるいのが性に合ってるわけですから。

そうですね。会社を越えた情報交換もありますよね。

原田 僕らの世代は他社さんであっても業界仲間同士仲がいいので、最新のサンプルソフトをみんなで送り合ったりしますよね。この間も辻本良三さん(注23)が『モンスターハンター:ワールド』を送ってきてくださったんですね。これが昔だったら遊びながら「ここのフィールドのこの描画、うまいことやってんな~」とか言って周囲からは「お、原田さん、研究してるのかな?」みたいな。

注23:カプコンの超人気タイトル『モンスターハンター』シリーズの開発を手がけるクリエイターで、プロデューサーとしてシリーズのタイトル全般を統括している。

仕事という名目で遊ぶと(笑)。

原田 でも、今のワールドワイドマーケティングの部長である僕がですよ。『モンハン:ワールド』をやって「描画が云々」とか言ってたら、それはよく考えたらただ遊んでるだけですよね。それより『モンハン:ワールド』のマーケティングがどうなっているか、どういう売り方をしているのか、何がユーザーに響いていたのか分析しろと。まあ、それを知るために遊んでいるんですって言えればいいですけど延々とプレイしていたら「実は遊んでんじゃね?」って絶対部下からも上からもバレますよね。そうなるとですね、もう会社じゃ絶対遊べない。むしろパワーポイントやエクセル表と、がっつりにらめっこして仕事の戦略をどう実行するかを考えるしかないじゃないですか(笑)。基本自社の家庭用タイトルの全てに対してマーケ責任があるわけですから、単純に時間も無くなりますし。

ああ、そうかあ。

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