Interview

「ファーストガンダム」から「THE ORIGIN」へ。アニメ音楽シーンの転換点を支えたキーパーソン 音楽プロデューサー・藤田純二に訊く

「ファーストガンダム」から「THE ORIGIN」へ。アニメ音楽シーンの転換点を支えたキーパーソン 音楽プロデューサー・藤田純二に訊く

間もなく誕生から40周年を迎えるアニメ『機動戦士ガンダム』。人類が地球を離れスペースコロニーへと宇宙移民していくようになって半世紀あまりが過ぎた宇宙世紀に起きた一年戦争。その前日譚を描く『THE ORIGIN』はいよいよジオン公国と地球連邦の戦況を変えるルウム会戦へ。その後編を目撃させる「誕生 赤い彗星」が劇場上映となった。

今回は、『THE ORIGIN』で音楽プロデューサーとして制作に関わる藤田純二氏に取材を敢行。アニメに於ける劇伴の存在を劇的に変えたと言っても過言ではない『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)でも音楽制作を担い、アニメ音楽シーンの転換に大きく作用した藤田純二氏の当時の奮闘や『機動戦士ガンダム』への想い、さらには現在の心境などを聞いた。

取材・文 / えびさわなち


『機動戦士ガンダム』が再放送の度にどんどん人気が出てくるのが、本当にうれしかった

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』より

『機動戦士ガンダム』シリーズには1979年放送のファーストガンダムから関わられている藤田さんですが、当時このコンテンツに対してはどのような印象をお持ちでしたか?

当時はキングレコードの社員としていろんな作品を担当していましたし、サンライズの作品に関しても、その前にやっていた『無敵超人ザンボット3』と同じスタッフでもあったので、特別に『機動戦士ガンダム』が大ヒットするだろう、とも思ってはいなくて。後々に大ヒットをするわけですが、作品に関わる数あるアニメーションのひとつとして最大限頑張ろう、という気持ちでした。

当時キングレコードはそこまでアニメにも関わっていなかったので、主題歌やBGMの権利を一つひとつていねいに、一生懸命にやろう、ということでしたね。だからそれほど特別な想いもなかったんです。始まってみて、徐々に人気が出て来て、ということで「これはすごい作品になるんじゃないか」ってことを少しずつ実感していきましたから。メインスポンサーも超合金を作っている玩具会社で、ロボットアニメで、テレビ局も当時は何十局ネットというわけでもなかったので。そんなに社会的に認められる、反響がある、というのはちょっと驚きましたけどね。

私自身も再放送世代ではあるんですが……

そうなんですよね。再放送を重ねていく中で徐々に徐々に人気になっていきましたから。(人気になっていく過程は)素晴らしい流れでしたよね。プラモデルも品薄で買えなくなったりしていたので、当時、家にガンプラを持って帰ると子供にすごく喜ばれた記憶があります(笑)。

視聴率的にもね、ファーストガンダムってそれほど良くはなかったんです。だから本当は一年間やるはずが、10カ月、43話で端折って終わった感じなので、再放送の度にどんどん人気が出て来るのが本当にうれしかったですね。

できるだけいい状態でBGMを録音しよう、となったのは『ガンダム』以降

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』より

1979年当時のアニメ音楽は今とは違っていたかと思うんですが、いかがでしたか?

全然違いましたね。とにかくレコード会社って主題歌ビジネスなんですよ。先行している日本コロムビアさんがずっとそうしてきて。「主題歌こそビジネスになる」というスタンスでアニメーションの主題歌を作ってきたんですね。それが『機動戦士ガンダム』以降、皆さんがBGMに目を向けてくださるようになって、テレビで使ったBGMがお客さんに喜ばれる、ということに気づいたわけです。

当時からBGMは劇の伴奏、つまり「劇伴」と呼ばれていたので、基本的にはレコード会社が手を触れないものではあったんです。劇伴はアニメの制作会社あるいは音響制作会社が直接作曲家にお願いして、然るべきスタジオで録る。それが劇伴として使えればいい、という考え方で、レコード会社は歌で商売するんだ、というものだったんです。それを「BGMをちゃんと録らないといけないな」とレコード会社がお金を出して、スタジオを提供して、ミュージシャンを揃えたりして、出来るだけいい状態でBGMを録音しよう、という風に変わって来たのは『ガンダム』以降だと思いますね。

大きな波を作ったのが『ガンダム』だった。

まぁ、結果的にはそういう作品になったわけで。ちょうど我々がキングレコードにいて、スタジオでBGMを録ろうよってなったのがラッキーな巡り合わせですよね。

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』より

その当時とは録音環境も違っていますよね。

基本的には変わらないんです、オーケストラで録るというのは。ただ録音の機材が、昔はテープレコーダーで大きな16chとか24chというテープに入れていたけれど、今はハードディスクに入れるのでものすごく便利になったんです。

当時のBGMは2ch同録と言って、普通のテープに「せーの」で一度に録っちゃうのが普通だったんです。その方がお金もかからないし、お手軽だった。それを『ガンダム』ではマルチchっていう、歌謡曲やポップスで使う会社に一台か二台しかないマルチテープレコーダーという機材を「使わせてください」って会社の上層部にお願いしたんです。「何に使うの?」って言う上司に「テレビの劇伴で使うんです」って。「テレビの劇伴にマルチレコーダーは要らないんじゃない?」って言われながらも、ぜひ使わせてくださいって。ステレオにして売りたいんですって言っても「そんなの売れるのかね」と言われていましたね。

そういう、レコード会社自ら手間暇かけて普通のポップスと同じような工程を経てBGMを録るのは初めてのことでしたよね。当時も洋画のサントラはいくらかあったと思いますが、ことアニメのBGMをステレオで録って売ろう、なんていう考えは(業界に)まったくなかったんです。

それでも高音質で作ろうと思われたのは……?

売れるという自信は多少ありましたけどね。多分、数千枚は出るだろうと思ってやっていたんですが、何万枚も売れるとは思っていなかったです。数千枚でもある程度ビジネスになると思っていましたから。ただ『ウルトラマン』のBGMを集めてきてレコードにしたりすると、やっぱり売れるんです。確実にBGMファンが日本に存在している、とは思っていましたが、まさか『ガンダム』で何万枚も売れるなんて思っていなかったですね。

ステレオで録ろうと思われたきっかけは何だったんですか?

『ザンボット3』をやったときは不勉強で。BGMはモノラルで、キングのスタジオでは録ったんですけど、マスターテープを音響制作会社に渡してしまっていたんです。ところが作品の人気で「BGMを出してくれ」という要望もファンからお手紙で来たりもして。サントラを出そうと思ったけど、キングにはマスターが残ってないので、また音響制作会社からマスターを借りて作ったんです。

その際、BGMだけじゃ売れないかもしれないから、レコードの片面はBGMで、もう片面はドラマ編にしたら、これが結構売れて。手にしたファンの皆さんがすごく喜んでくださっていた。だったらステレオで録れば良かったな、とちょっと後悔したんです。次にサンライズと仕事することになったら今度はステレオで録ってみようって、『ザンボット3』の経験から思っていたんですよね。

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』より

そんな『機動戦士ガンダム』の音楽を担当されていたときに印象に残っている出来事はありますか?

そういうふうにレコード会社が責任を持っていちばん良い音を、スタジオでステレオで録る、ということを、音楽を作られた渡辺岳夫先生や松山祐士先生が喜んでくださって。作曲家が物凄く喜んでくれたのがうれしかったんですよね。

バンドのメンバーも、本当に先生たちが使いたいメンバーを集めてレコーディングする、と決めて実行していたので、先生方も従来「たかが劇伴」と言われていたものを、こんなにいいメンバーを集めて、ステレオで、ちゃんとしたスタジオで録る、ということを本当に喜んでくださったことがとても印象に残っています。

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