佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 44

Column

リクオは永遠のロックンロール・ピアノマン!

リクオは永遠のロックンロール・ピアノマン!

リクオが生まれ故郷の京都市に引っ越して、33年ぶりの京都暮らしを始めたのは昨年の10月からだ。

そもそも京都を離れるきっかけは、大阪の大学に入学したことであった。
それから11年間を大阪府吹田市で過ごしたが、その間にリクオはプロのミュージシャンになっていく。

1990年に梅津和寿のプロデュースでミニアルバム「本当のこと」でデビューし、ソロ.アーティストとしてだけでなく、セッシヨンマンとしても忌野清志郎、友部正人、有山じゅんじ、真心ブラザーズなどのツアーやレコーディングに参加した。

忌野清志郎との共作シングル「胸が痛いよ」をリリースしたのは1992年、27歳のときだった。

その後は東京に出て12年間を過ごしていたが、2008年4月からは神奈川県藤沢市鵠沼海岸に居を移し、あしかけ10年を過ごした。

鵠沼海岸に住むようになったのは、江ノ島で開催されていた「海さくらミュージックフェスティバル」というイベントに関わりだしたことがきっかけだという。

江ノ島の海をクリーンにして次世代に残すために今も活動を続ける「海さくら」という団体で、リクオは野外フェスに出演するだけでなく、ブッキングやイベントの構成、プロモーションにまで関わるスタッフとして参加していた。

そして藤沢という地に魅せられて居を移してからは、生活スタイルも変化した。
アーティストとして、セッションマンとして全国各地をまわるツアーから戻ると、陽が暮れる前の鵠沼海岸から片瀬江ノ島に続く海沿いを、ゆっくり散歩するのが日課となったのだ。

海沿いのお気に入りスポットから、夕暮に包まれたシルエットを眺める時間が、自分の心を最も穏やかにさせてくれる瞬間でした。
この街の暮らしの中で、人と自然にふれることで、心の風通しが良くなりました。

5月10日にリリースされた新しいシングル「永遠のロックンロール」からは、ティーンエージャーの頃に好きになったロックミュージックによって始まった音楽の旅が、53 歳になった今でも高揚感とともに変わりなく続いていることが伝わってくる。

リクオはそのことについて、こんなふうに述べている。

「音楽と関わり続ける暮らしの中で、音楽が世代を超え、時代を超え、ジャンルを超え、国境を超え、人種を超えてゆく、それらはすべて繋がっていることを知りました。この歌は、感謝とオマージュを込めた自分なりの音楽讃歌です」

「永遠のロックンロール」
作詞、作曲:リクオ/編曲:森俊之&リクオ

今日ですべてが 終わるわけじゃない
今日ですべてが 始まりもしない
ほんの少しずつ 変わり続けている
轍を越えてどこへゆく よくわかんない
どこへでも行けるさ まだ続いている

そしてシングルの2曲めに収められた「海さくら」には、約10年を過ごした藤沢で見てきた潮風の香る海と、陽に光る海が描かれていた。

「海さくら」
作詞、作曲:リクオ/編曲:森俊之&リクオ

トンネル抜けたら 光る海
誰が名付けた 海さくら
この瞬間を きっと忘れない
柔らかな心 なくさぬように
大きく息を吸って ゆっくり息を吐いた
鳶が舞う 潮風の香り
根拠は特になくて きざしを感じたんだ
振り向いた君 輝く笑顔

ぼくがこのシングルを聴いていて、思わず「いい!」と声をあげたのは、4曲目と5曲目に入っていたインストゥルメンタルだった。
その「永遠のロックンロール」と「海さくら」からは、いまはなかなか聴くことが少なくなった、器楽演奏による音楽の楽しさと、人間の生きる喜びが感じられたのだ。
そして、ミュージシャンたちが織りなすアンサンブルからは、時の流れや過ぎてゆく日々が、ふと見えてきたような気がしたのである。

リクオは藤沢を後にする前に、ブログでこんな言葉を述べていた。

ホント、いい思い出しかないです。正直、この暮らしがもっと長く続くのだと思っていました。
この街と、この街で出会った人達との縁がこれからも続いてゆくことを願ってます。皆が拍子抜けするくらい、ライブやなんやらで湘南に戻ってくる機会が多くなるかもしれません。これからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。

京都に居を移すことで、自分の音楽活動の基本スタンスを変えるつもりはありません。今まで同様、曲を書き続け、作品をリリースして、ツアー暮らしを続け、届くべき人に自分の音楽が届くよう 、ますます意欲的に活動してゆくつもりです。

せっかく京都で暮らし始めるのだから、藤沢で暮らしていた時と同様に、地元の人たちとの交流を深め、京都発信、関西発信の音楽活動にも積極的に取り組んでいけたらと思っています。今は、藤沢を離れる寂しさと、京都暮らしへの期待が同居してる感じです。
与えられた条件、残された時間の中で精一杯やってみよう、関わってくれる人達やお客さんと夢を重ね合わせて、一つ一つ現実にしてゆこう。そんな思いをさらに強くしています。

ー 2017年9月3日(日)

リクオ(Rikuo) 本名:西川陸男

京都出身。’90年11月、MMGからミニアルバム「本当のこと」でメジャーデビュー。ソウルフルなヴォーカルと幅広いソングライティング、ニューオリンズピアノ、R&R、ブルース等に影響を受けたグルーヴィーなピアノスタイルで、注目を集める。
’92年、忌野清志郎プロデュースによるシングル「胸が痛いよ」リリース。 ’90年代は、シンガーソングライターとしてだけでなく、セッションマンとしても活躍し、忌野清志郎、オリジナル・ラブ、ブルーハーツ、真心ブラザーズ等のツアーやレコーディングに参加。
’90年代後半より、インディーズに活動を移行。年間120本を越えるツアーで鍛えられたファンキーなライブパフォーマンスは、世代・ジャンルを越えて熱狂的な支持を集め、いつしかローリングピアノマンと呼ばれるように。
ソロ活動以外にも、’04年にはキーボード奏者のDr.kyOn(ex.ボ・ガンボス)らと5人のピアノマンからなる世界で一番やんちゃなピアノアンサブル、CRAZY FINGERS、’12年にはウルフルケイスケ等とロックバンド、MAGICAL CHAIN CLUB BANDを結成。’12年から、コラボ・イベント「HOBO CONNECTION」を主催し、奇妙礼太郎、仲井戸“CHABO”麗市、高野寛、Caravan、カーネーション、七尾旅人、中川 敬(ソウル.フラワー.ユニオン )等多くのミュージシャンとのコラボ・ライブを繰り広げる。
近年、コンスタントに発表される作品の充実振りによって、ソロ・アーティスト、シンガーソングライターとしての評価も増々高めつつある。’16年4月には、満を持して、自身が立ち上げたレーベルHello Recordsより、アルバム『Hello!』をリリース。CDと同時に自身初のアナログ・レコードもリリース。
’17年1月にはリクオ with HOBO HOUSE BAND名義でライブCD『Hello!Live』とDVD『Hello!Live Movie』を同時リリース。7月、ソロとしてはフジロックに初出演。’18年5月にシングル「永遠のロックンロール / 海さくら」をリリース。


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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