ZARDデビュー25周年記念特集【THE POP STANDARD】  vol. 3

Interview

坂井泉水は日本語をメロディーに当てはめる天才ではないか

坂井泉水は日本語をメロディーに当てはめる天才ではないか

ZARD特集第2回目は、デビュー前から坂井泉水に関わってきたレコーディング・ディレクターとエンジニアに話を訊いた。坂井本人と制作陣の、誰も知らなかったスタッフワークの数々……。
極めて興味深いインタビューをお届けする。

インタビュー・テキスト:竹内美保

坂井泉水は日本語をメロディに当てはめる天才ではないか

まず、お二人方が初めて坂井さんに会われたときの印象と、そのときに彼女から潜在的な魅力や才能を感じられたかどうかをお聞きしたいのですが。

寺尾 初めてお会いしたときはまだZARDでもなく坂井泉水でもない、アーティスト名がない頃だったんですけれど。デモを録音することになって、そのときに長戸(大幸 氏/ビーイング創設者。ZARD、B’z、大黒摩季、T-BOLAN、WANDSなどを発掘し育てたプロデューサー)から紹介されて会ったんです。すごく姿勢の正しい、きっちりと座る方だと思ったんですけれど、その第一印象では歌をどれだけ歌えるかは分かりませんでした。でも、のちにデビュー・シングルになる『Good-bye My Loneliness』の仮歌をブースに入って歌ったとたんに、“これはいい声だなぁ”と思いました。すごく声が良くて、しかも大きくて、ロックっぽくて歌も結構うまかったですね。

その声の良さはどういうところにいちばん感じられました?

寺尾 歌が突出して届いていく感じですね。長戸プロデューサーは坂井さんの声の魅力について“セクシーだ”と言ってました。そう、のちに笑いながらですけれど、坂井さんに“寺尾さんは私があまり歌えないと思ってたんじゃないですか?”って言われました(笑)。

島田 最初のイメージは、ミニスカートの普通にそこらへんにいる女の子、という感じでした。1stシングルから関わらせてもらっているんですけれど、僕は当時は駆け出しの頃なので技術的なところというよりは感覚で入ってくる部分が印象的で、特に端々しさが魅力でした。もちろん声の魅力も大きくて、それはもうデビューしてからずっと変わっていないですね。

zard_studio_04

ZARDの制作にデビュー前からずっと関わってこられた中で、レコーディングでのエピソードがあったら教えていただけますか。

寺尾 長戸プロデューサーから“ライブは歌がうまいほうがいいけれど、CDはあまりうますぎてしまうと飽きてしまう。技術が目立つよりはヘタウマな感じのほうが伝わるんだよ”みたいな話をされまして。そのへんの線引きが難しくて、なんとかその“味”の部分を突破したいなと思いながら制作をしていました。

島田 『Good-bye My Loneliness』のサビもたぶん何十回って歌ったと思います。

寺尾 “そばにいてーほしいー♪”の“てー♪”を1週間連続で僕が歌わせたということで、坂井さんは実は僕のことでトラウマになったらしい(苦笑)。あと彼女は非常に耳の敏感な方で。絶対音感そのものはないんですけれど、音に対する敏感なところはすごくありました。覚えた曲はガイドの伴奏なしで歌えますし。だからヘッドホンの中は、世の中で最終的に鳴るきらびやかな音の真逆でした。

島田 そう。基本、ピアノのコード感とギターのアルペジオ。そういう楽器がメインで、他はほとんど出ていないという。

寺尾 とくにカバサっていうパーカッションとかハイハットみたいにチキチキ左右に出てるものとか全部下げてほしいって言われて。その部分はモコモコでコードだけ出る感じでやってましたね。彼女の中での絶対的な音感っていうのは確実にあったと思います。で、レコーディングを重ねることで、より研ぎ澄まされていった。

ピッチもかなり正確だったんですか?

寺尾 僕がよく長戸プロデューサーから言われたのは“ピッチはいいわけではない。歌声にコード感がないので、歌に対してコードを入れたほうが最終的な仕上がりは良く聴こえる”と。それはヘタとか音痴というのとはまた別なんですが。

島田 通常のボーカリストでいうピッチとかリズム感とか、それとはちょっと違うんですよね。ある意味、味の部分になっちゃうんですけど、ちょっとアフタービートというか後ろ気味で歌うので。

ニュアンスの部分のほうが大事、ということでしょうか?

島田 そうですね。

寺尾 “この言葉のこのピッチはこれなのか?もっと高い方がいいのか低い方がいいのか?”っていう、そういう選び方をしていましたね。途中からセルフ・ディレクションになりましたので、彼女が歌ったものを僕が選んで返しますと、それを聴いてまた歌い直すということを繰り返していた時期がありました。

島田 持ち帰ってよくなかったところがあればまた次の回で歌う、その繰り返しですね。それも回数が半端じゃない。自分の中で納得する、“この位置まできたらOK”っていうのがあったんでしょうね。

zard_studio_03

じゃ、制作はかなり時間をかけて。

島田 かかりましたね。制作費も今では考えられないくらい。

寺尾 96年の『TODAY IS ANOTHER DAY』のあたりからセルフ・ディレクションになって、あのときから“作業は週3回にしようか”ということになって。それまではもっとずっとやっていましたね。あと、アレンジに関しても非常に思いがある人で、“こういうふうにしたい”とか。『永遠』のストリングスとか……。

島田 BIRDMAN WESTっていうスタジオでストリングス・ダビングをまとめて、坂井さんに聴いてもらったんですけれど。細かいニュアンスでストリングスの動き方とか、サビにいく前のオカズみたいなのがちょっと走ってるといった指摘があって。で、そこを延々……。昔はプロトゥールスとかそういう機材がないですから、テレコを2台マルチで回してタイミングをずらしてピュッとはめ込んでいくという面倒くさい作業を、本人と僕とで延々とやっていましたね。

寺尾 そういうのたくさんありましたね。

島田 曲のサイズ変えとかも。

寺尾 『運命のルーレット廻して』や『息もできない』とかはアレンジャーがひとり名前が出ているんですけれども、そのアレンジャーが作った体を成していないというか。島田さんと坂井さんのふたりが中心になって“じゃ、このアレンジャーのこのテイクのここを使おう。あとはこっちのテイクを使おう”とか。アレンジャーに任せないで最終的に繋いだり。

島田 本当はアレンジャーに対して失礼なんですけれど……。やってましたね。

寺尾 いちばん大変だったのは……。全部大変でしたね(笑)。

とりわけ大変だった作品というと?

寺尾 『夏を待つセイル(帆)のように』。葉山たけしさんがアレンジをしてくださったんですけれど。“名探偵コナン”用のデモを選んでいるときに坂井さんが、“これ、いいですね。『森のくまさん』みたいで。子ども向けな気がするので、これにしませんか“ってこの曲を選んで。なんか、体を揺らしながら聴いてましたね。で、“じゃあ、これにしよう”ってなったんですけれど、途中から“レゲエっぽくしてほしい。チャッチャッっていうギターの裏打ちを入れてほしい”というオーダーがありまして。あとは、“大スペクタクルな弦が入ってほしい”と。子供っぽい音楽なんだけど、質感としてはNHKの“プロジェクトX”でも使えそうな感じにしてほしい、とか。結構アバウトだけどテーマは壮大で、葉山さんをだいぶ僕が困らせたというか。“どうしたらいいんだろう”って悩んでましたけど、ゴールとしてはすごく良かったです。

島田 アレンジは十何回変えたり、ミックスも二十何回とか……よくありました。他のアーティストより変更や直しは圧倒的に多いです。だから制作期間も自ずと長くなっちゃうんですが。

寺尾 ミックスでは何個かバージョン違いを作ってくださいっていうときもよくあるんですよ。で、基本のバージョンをテイク1とするんです。その1に対してボーカルだけをちょっと上げる。1デシベル……?

島田 いやいや、0.3デシベルとか。他の人のミックスだと、だいたい1デシベルくらい上げるんですけれど。で、毎回5パターンは録ってますね。

寺尾 “やや大”“大”“やや小”“小”、と基本のテイク。それに対して今度はコーラスを入れるか入れないか、とか。で、混乱が起きないように、それはテイク20台からにするんですけれど。そうすると平気で171とか……気がついたときには(笑)。『星のかがやきよ』とかはテイク180くらいまでいった。

島田 曲によっては最大280くらいいってますね。『君に逢いたくなったら』とか。『揺れる想い』は24回ミックスをやり直したし。

1 2 >
vol.2
vol.3
vol.4