Interview

COLOR CREATION メジャーデビューを飾る次世代ボーカルグループが届ける歌の説得力と裏打ちされたメンバーの強い意志

COLOR CREATION メジャーデビューを飾る次世代ボーカルグループが届ける歌の説得力と裏打ちされたメンバーの強い意志

グループ名に「自分達の歌声で、聴く人達の人生に彩りを!」という思いが込められた次世代の5人組ボーカルグループ・COLOR CREATION(カラー・クリエーション、以下カラクリ)。RIOSKE、TAKUYA、JUNPEI、KAZ、YUUTOの5つの強く美しい声が紡ぐ歌は、聴く人に夢と希望を与える。5人共、歌で人を感動させたいという夢を、強い意志に変え、そのための苦労はいとわず、デビューを目指してきた。そしてようやくチャンスをものにし、5月23日にシングル「CANVAS」でメジャーデビューを果たす。真摯に音楽、歌と向き合ってきた5人だからこそ、カラクリの歌は説得力をまとい、心の深いところの入ってくる。そんな5人に話を聞いた。

取材・文 / 田中久勝 撮影 / 荻原大志


今回のシングル「CANVAS」も、邦楽好きの人も洋楽が好きな方にも刺さると思います(RIOSKE)

昨年8月に発売した2枚のシングル「Waiting For You」「Summer Love」の売上げが、5000枚を突破したらメジャーデビューできるというチャンス&ミッションを得て、活動してきましたが、自信はありましたか?

KAZ 去年の7月20日がカラクリとしての初ステージで、CDの発売が8月23日で、活動が始まって1か月くらいでCDをリリースしなければいけない、プラス5000枚売るということで、もちろん1か月でファンがついてくれるなんて考えられませんでした。だから5000枚を売るということが想像できなかったのですが、でも根拠のない自信はありました。絶対売れると思いながら活動していたので、逆に5000枚売るためにはどうすればいいのかと、逆算して考えていきました。日々のSNSの更新の仕方や内容、一回一回のライブでお客さんの心をつかむためにはどうすればいいのか、ライブ後のSNSの投稿の内容も練って、5人でツイキャスや動画配信をまめにやって、少しでもカラクリを知ってもらおうと頑張ってきました。

YUUTO 僕等が目指しているところが、Zepp Tokyoや日本武道館、その先にある東京ドームでのワンマンライブという大きな目標だったので、5000枚と言われても確かに不安はありましたが、前向きになれました。

不安の方が大きいけど、そこに変な自信があって、希望の方が大きくなっていった。

RIOSKE そのくらいの自信がないと、歌手を目指さないと思うし、このメンバーとならいけるんじゃないかという信頼感もありました。

「Summer Love」と「Waiting For You」は2曲とも素晴らしい楽曲なので、とにかく聴いてもらったら、気に入ってもらえるという自信はあった?

JUNPEI 僕たちはただのボーカルグループというよりは、洋楽のような、最新かつ少し癖のあるサウンドを取り入れた中に、J-POPらしいわかりやすさを融合させた音楽なので、もしファンになってもらえなくても、この2曲は気に入ってもらえる自信はありました。

YUIさんを聴きつつ、母親が聴いていたビヨンセをきっかけに洋楽にもはまりました(RIOSKE)

カラクリは、お笑いコンビ・トレンディエンジェルの斎藤司さんとGENKINGさんがタッグを組んだ、“斎藤GENKIの「なんかやろう!」企画”の、オーディションを勝ち抜いた5人で結成されましたが、一人ずつ音楽の世界を目指したきっかけと、影響を受けたアーティストを教えていただけますか?

RIOSKE 僕はシンガー・ソングライターで、今はFLOWER FLOWERとして活動しているYUIさんの歌に影響を受けました。YUIさんを聴きつつ、母親が聴いていたビヨンセをきっかけに洋楽にもはまりました。ペルー生まれで、家がそんなに裕福ではなかったので、どうやったら少しでも家に貢献できるか考えた時に、自分が好きなことで稼ぐことができれば一番いいなと思いました。それが歌うことでした。大変なこともたくさんありましたが、全てを前向きに捉えて、頑張っています。

やっぱり目指すは、ワン・ダイレクションのようなカリスマ性があるボーカルグループですか?

RIOSKE そうですね。ペルーから日本に来る時、日本はアイドルが強くて、歌がそんなにうまい人はいないでしょ、楽勝でしょうという感じで来たのですが(笑)、全くそんなことなくて、うまい人だらけで(笑)。このグループは個性的な声でみんな歌がイケていて、僕が好きな洋楽のような音楽もできるし、色々な音楽をみなさんに紹介できると思いました。今回のシングル「CANVAS」も、邦楽好きの人も洋楽が好きな方にも刺さると思います。

僕は翔太さんの「HOME」が思春期の思い出の曲なので、いつかそういう曲を歌って、僕たちに憧れて、歌手を目指す人がいればいいなと思います(JUNPEI)

JUNPEIさんは?

JUNPEI 僕は大阪出身で、同郷で同世代の清水翔太さんの歌を聴いて、衝撃を受けました。そこから猛烈に歌手になりたいという思いが強くなって。幼稚園からサッカーを始め、サッカー推薦で島根の高校に行かせてもらって、寮生活で辛いことがあっても音楽が寄り添ってくれました。楽しい時も音楽、とにかく音楽が身近にあって、歌と思い出ってリンクするじゃないですか?僕も誰かの人生に寄り添える歌を歌う歌手になりたいと思って、母親に謝って、高校2年生で中退しました。それで1年間、現場仕事のアルバイトをしてお金を貯めて、高校3年からボーカルスクールに通い始めました。18歳からのスタートだったので、遅いと思いましたが、やらないよりはやって後悔しようと思って。

18歳は決して遅くないと思うし、逆に18歳でなりふり構わず熱狂できるものを見つけることができて、幸せだと思います。

JUNPEI 本当にそうだと思います。清水翔太さんは18歳でデビューしたので、そう考えると遅いなと感じはしますが、でも今はこんな幸せな場所にいさせてもらえているので、あの時の自分を褒めてやりたいですね。僕は翔太さんの「HOME」が思春期の思い出の曲なので、いつかそういう曲を歌って、僕たちに憧れて、歌手を目指す人がいればいいなと思います。

14歳で上京して、周りに同じ志を持った仲間がたくさんいて、みんな成功も失敗もして、そんな仲間がいたので、僕も諦めずに続けることができました(KAZ)

KAZさん、いきましょうか。

KAZ 家族全員カラオケが好きで、母親がフィリピン人なのですが、フィリピンはカラオケ大国というか、歌が大好きな国で、僕も小さい頃から歌っていました。声変りする前は、SPEEDさんやモーニング娘。さん、浜崎あゆみさん、宇多田ヒカルさん、安室奈美恵さんとか、女性アーティストの歌をよく歌っていました。でも歌にそんなに自信はなかったのですが、小学校の合唱団でソロで歌わせてもらえるようになったり、小学5年の時に長崎県のカラオケ大会で優勝したり、色々な大会で優勝することができて、そこで自信がつきました。それで14歳の時にどうしても歌手になりたくて、単身で上京しました。それでJUNPEIと同じように、清水翔太さんに衝撃を受けました。日本人なのにR&Bがきちんと歌える人が現れて、この人のようになりたい!と思いました。そこから働きながら芸能コースがある高校に行って、芸能活動を始めました。清水翔太さんがニューヨークのアポロシアターでライブをやって、それをテレビで観て、自分もニューヨークに行きたいという思いが強くなり、19歳の時にニューヨークに留学しました。その後にダンスボーカルグループに入ったり、ソロでR&Bシンガーとして活動した期間を経て、このグループに入りました。

決断力があるというか、夢に向かってまっしぐらという感じですね。

KAZ 小さい時からみんなの前で、歌ったり踊ったりしていたので、自分が歌手になるんだという思いが揺らぐことはなくて。ずっと柔道をやっていましたが、でも必ずこの状況から抜けだして、上京して成功するんだという思いがありました。14歳で上京して、周りに同じ志を持った仲間がたくさんいて、みんな成功も失敗もして、そんな仲間がいたので、僕も諦めずに続けることができました。

作詞・作曲も昔からやっていたのでしょうか?

KAZ 高校生の時からやっていました。秦基博さんやゆずさんのようなニュアンスの曲を作っていて、シンガーとしてR&B色を強めたのはアメリカ留学後です。そこからはR&Bに影響を受けた楽曲を作るようになりました。実際に自分がやりたかった洋楽のような曲は、今カラクリで歌うことできていて、そういう曲でデビューできるのですごく嬉しいです。

TAKAHIROさんがフリーターからオーディションを経て、EXILEに入ったというシンデレラストーリーを聞いて、すごく夢があるなと思って(YUUTO)

YUUTOさんお願いします。

YUUTO 本気で憧れた人は、EXILEのTAKAHIROさんです。音楽を聴きはじめたときはMEGARYUさんとかジャパニーズレゲエの全盛期だったので、そういう音楽が好きでしたが、友達とカラオケに行った時にEXILEの「Lovers Again」のミュージックビデオが流れていて、それで初めてTAKAHIROさんを見て、こんなにカッコいいボーカリストがいるんだ!と思ってショックを受けました。歌も顔もよくて、色々な才能を持っているという人間性に惹かれました。そこからEXILEオタクになって(笑)、高校卒業する時に進路をどうするか悩んだ時に、TAKAHIROさんがフリーターからオーディションを経て、EXILEに入ったというシンデレラストーリーを聞いて、すごく夢があるなと思って。そこから勉強するのをやめて(笑)、熊本に住んでいたのですが、東京に行きます!と言って上京しました。親にも先生にも心配されましたが、信念を曲げず、上京して力仕事のアルバイトをしながら、歌のレッスンを受けて、色々なオーディションを受け、このオーディションに出会って、ようやく合格することができました。

みなさん、歌手になるという夢があると、なんでもできてしまうという感じですね。

YUUTO そうですね。僕が一番そういうタイプではないと思いますが、いざやり始めると、意外と長く続きました。夢のためなら頑張ることができました。

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