山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 34

Column

チャーリー・ヘイデン/僕を救ったベースの音

チャーリー・ヘイデン/僕を救ったベースの音

閉塞感漂う日常から逃げ出したいとき。あるいは現実に絶望して未来に光が見えなくなったとき。たった一つの音楽が文字通り「救い」になることがある。
山口洋の人生を変えたミュージシャンやR&Rの魔法について綴る好評連載、今回は文字通り自身を「救った」チャーリー・ヘイデンの魔法について。


世界で一番好きなベーシストはと問われたなら、迷うことなくチャーリー・ヘイデンだと応える。

ジャズにはそんなに明るくないけれど、彼の音には品格と優しさ、厳しさ、反骨心、ルーツ・ミュージックと家族への愛がにじんでいる。演奏された音だけではなく、音と音の隙間からも、彼のスピリットが聞こえてくる。優れた再生装置で聞くと、その想いはさらに顕著になって、彼のこころの襞まで聞こえてくる気がする。

チャーリー・ヘイデン。1937年アイオワ州生まれ。音楽一家に育ち、幼い頃から音楽と戯れ、10代でベースに出会う。20代でオーネット・コールマンのバンドに参加。2014年に76歳で亡くなるまで、その一生を音楽に捧げた。

チャーリー・ヘイデンが亡くなった日の自分の日記の抜粋。

「チャーリー・ヘイデンが亡くなった。悲しい。
一度目の僕の人生が終わったとき。ソファーの上から何日も動けなかったとき。僕とこの世を繋いでいたのは、チャーリー・ヘイデンが弾くベースだけだった。24時間、何日も彼のアルバムが誰も訪れない部屋の中に流れ続けていた。きっと音楽を求めていたのではなく、何かがないとどうしようもなかったんだろう。食物はおろか、水分さえ口にできない状態で、彼のベースはゆっくりと、でも確実に僕を励ました。立ち上がって、歩き出す力を与えてくれた。その力の源は彼が音楽に込めた深い愛だったんだと、今となっては思う。人を完膚なきまでに破壊するのが人で、救ってくれるのもまた人なのだった」

こうやって今、人生のチャプター2を歩いていられるのは彼のおかげだし、その時のトラウマはようやく友人になりつつある。だから、彼から受け取ったスピリットを僕なりに繋げていきたい。誰かを救うことはできないけど、力にはなれるかもしれないから。

彼はフリージャズの世界で格闘しながら、家族と一緒にルーツ・ミュージックを朗らかに演奏した。戦争や殺戮、貧困や搾取のない世界、生命の尊さ、破壊ではなく保護を貫くこと。その想いを込めて、大所帯のリベレーション・ミュージック・オーケストラを結成し、一方でアンサンブルの最小単位、デュオの演奏も愛した。キース・ジャレット、パット・メセニー、ハンク・ジョーンズらとデュオで奇跡的な名演を遺してくれた。

無駄な音は一切なく、抜群の安定感があり、その楽曲に則したピッチで演奏される唯一無二のベース。単なる音程の良さではなく、フレットレスゆえの無限の音階から選びぬかれた音の粒たちに包まれて、僕は音楽の可能性を教えられる。今までもそしてこれからも。

この原稿を読んで、興味を持ってくれたなら、2007年にキース・ジャレットの自宅で録音されたデュオ作品『JASMINE』(2010)。あるいは家族と録音された『RAMBLING BOY』(2008)を勧めます。このアルバムで彼は「Oh Shenandoah」という悲恋の歌を歌うのだけれど、その歌もまたあまりに素晴らしいのです。

いつだって人の落下を止めるのは愛だけ。

感謝を込めて、今を生きる。

チャーリー・ヘイデン:本名:チャールズ・エドワード・ヘイデン。1937年8月6日、ラジオ・ショウを持っていたC&Wのファミリー・バンドの家族としてアイオワ州シェナンドに生まれる。1歳10ヵ月でファミリー・バンド・デビューするが、15歳でポリオに感染、歌を断念する。スプリングフィールドに家族で移住後、べース・プレイヤーとしてデビュー。1957年、LAへ移住。ジャズを演奏し始め、エルモ・ホープ、ハンプトン・ホーズ、アート・ペッパーらと共演。ポール・ブレイ、オーネット・コールマン、ドン・チェリーらに出会う。1959年、オーネット・コールマンとともにニューヨークにのぼり、ドラマーにビリー・ヒギンスを加えたバンドでデビュー。フリー・ジャズ作品を制作。1967年よりキース・ジャレット・アメリカン・カルテットに参加。1969年にはカーラ・ブレイらとリベレーション・ミュージック・オーケストラを結成、反戦や政治的なテーマを持って活動を行う。1987年、アラン・ブロードベントらとともにチャーリー・ヘイデン・カルテット・ウェストを結成。ビバップの再生をはかる。1998年、パット・メセニーとの共作で『ミズーリの空高く』で第40回グラミー賞(最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・グループ)を受賞。従来のジャズの概念を覆し、ジョン・コルトレーンやキース・ジャレット、パット・メセニー、ハンク・ジョーンズらの独創的なアルバムの制作にも名を連ねた名ベーシストとして知られるが、C&Wを源流に持つ家庭環境がもたらしたあたたかい音色とフレーズは、ジャンルを超えて広く支持された。2014年7月、76歳で逝去。

『ジャスミン』
キース・ジャレット&チャーリー・ヘイデン

アメリカン・カルテット解散後、30年の時を経てキース・ジャレットとチャーリー・ヘイデンがデュオという形で再会。ニュージャージーにあるキースの自宅内のケイヴライト・スタジオで録音された。スタンダード・ナンバーを中心に全8曲を収録。キースいわく「夜更けにあなたの妻や夫、あるいは恋人を電話で呼び出して、一緒に座って耳を傾けてほしい」。2010年発表。

『ランブリング・ボーイ』
チャーリー・ヘイデン ファミリー&ザ・フレンズ

70歳のヘイデンが家族(妻や子どもたち)や親しい友人(ブルース・ホーンビー、ロザンヌ・キャッシュ、エルビス・コステロら)と作り上げた一枚。カントリー・ミュージックやジャズ、伝統的なものから現代のアメリカまでを見渡せる壮大な世界観を持った全20曲。ナッシュビル、ニューヨーク、ロスアンジェルスでレコーディング。パット・メセニーも数曲に参加。2008年発表。

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年福岡県生まれ。1979年にHEATWAVEを結成。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に現在も歌い継がれている。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーら海外のミュージシャンとの親交も厚い。2003年より渡辺圭一(Bass)、細海魚(Keyboard)、池畑潤二(Drums)とHEATWAVEとして活動。2018年3月31日、渡辺圭一が脱退。5月18日には新生HEATWAVEで初セッション・ライヴを行った。6月2日からはリスナーからのリクエストで構成されるソロ・アコースティック・ツアー“YOUR SONGS 2018”で全国を廻る。6月29日には仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと “MY LIFE IS MY MESSAGE 2018 You’ve Got A Friend”を東京・下北沢GARDENで開催。2017年12月22日渋谷duo MUSIC EXCHANGEのライヴを収録した『OFFICIAL BOOTLEG #005 171222』が好評発売中。

オフィシャルサイト

ライブ情報

山口洋 SOLO TOUR “YOUR SONGS 2018”
6月2日(土)静岡 LIVEHOUSE UHU
6月4日(月)名古屋 TOKUZO
6月6日(水)大阪 南堀江 knave(16th Anniversary)
6月8日(金)京都 coffee house 拾得
6月10日(日)豊橋 HOUSE of CRAZY
6月16日(土)千葉 Live House ANGA
7月27日(金)熊本 ぺいあのPLUS
7月29日(日)福岡 ROOMS
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MY LIFE IS MY MESSAGE 2018 You’ve Got A Friend
6月29日(金)東京 下北沢GARDEN
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山口洋×藤井一彦(THE GROOVERS)OUR SONGS 2018
7月13日(金)吉祥寺 STAR PINE’S CAFE
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