【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 73

Column

聴いた途端、心に映り込むものが増えてくような、『ひこうき雲』の魅力について

聴いた途端、心に映り込むものが増えてくような、『ひこうき雲』の魅力について

先日、歌番組を観てたら、歌手のヒトが「次に歌うのはユーミンさんの曲で」と言った。でも、“さん”は要らない。そう呼ぶと、自分達とユーミンの間に薄い膜が出来ちゃうようで気持ち悪い。この愛称には、既に“さん”や“ちゃん”が含まれている。なのにそう呼ぶと、“一月元旦”のような意味の重複が生じてしまう(元旦とは、一月一日のこと)。

名前の話で想い出したが、デビュー間もない頃、彼女の名前を「アライ・ヨシザネ」と読んだヒトがいたという。これはユーミンから直接聞いた話なのだが、その時、彼女はこう想ったそうだ。よし、私も歴史に名を残すようなヒトになろう(すみません。後半は僕の創作です)。

さて、本来は80年代を扱うこのコラム。しかし荒井由実時代を飛び越すのはカンブリア紀を無視してジュラ紀へいくようなものなので、まずはあの頃の作品から始めることにしよう。73年のデビュー・アルバム、『ひこうき雲』である。え、今更紹介するの? もう、愛聴してますよぉ! もちろん、そんな声がたくさん聞こえるのは承知の上で…。

そもそも「時代を変えた」とまで言われる作品だ。例えば地球音楽ライブラリー『松任谷由実』(TOKYO FM 出版)には 、「戦後の日本の大衆音楽の歴史のなかでも最もエポックメイキングな女性アーティストのアルバム」(筆者・田家秀樹氏)という賛辞がある。まさにその通りだろう。特に、それまでの音楽の流れをご存知の方々にとっては、凄まじい衝撃だったらしい。

個人的な思い出は、『ひこうき雲』はジャケットがクラシックのアルバムみたいなので(ユーミンが好きだった教会音楽のレーベル“アルヒーフ”を模したもの)、ロック撲滅を標榜する音楽教師の目も、これならまんまと盗むことが出来て、音楽室へ持ち込めたという事実である。実際にレコード持っていたのは同級生だったが…。

まず表題曲の話を。ジブリ映画などの影響もあり、一番有名なのはこの曲だろう。数え切れない人達がカバーしているが、もともとは作曲家を目指していたユーミンが、日本を代表するポピュラー・ソング歌手、雪村いずみに1971年に書き下ろしたものだった。でも紆余曲折あり、結果としては、“シンガー・ソング・ライター”となったユーミンが、自ら歌うことで1973年に世に出ている。

面白いもので、“作家”が書いたと思うと、あくまで創作色の強いものに受け取れ、“シンガー・ソング・ライター”だと、私小説的に響く。もし和製シャンソンのようなものとして雪村いずみに書いたのなら、歌のなかで「死」を扱うのは特別なことでもない(ダミアの「暗い日曜日」然り)。私小説的に受取ると、「歌詞の“あの子”って誰?」みたいに、十代の頃のユーミンの、身辺が気になり始める。

音楽的に新鮮なのは、そもそもイントロだ。ユーミンのピアノに、ほどなく松任谷正隆のキーボードが被さる。これ、何気ないようだけど、そもそも鍵盤+鍵盤という発想は稀だろう。

イギリスの、プロコル・ハルムの「青い影」からの影響も語られる。クラシックを聴いていたユーミンが、ロックやポップとの接点を、バッハに影響されたこの曲に見出したのは自然なことだったろう。

面白い事実が明かされている。『僕の音楽キャリア全部話します』(松任谷正隆・著 新潮社)を読むと、このセッションの時点で、松任谷はプロコル・ハルムを知らなかったというのだ。でも、だからこそ「ひこうき雲」は、オリジナリティ溢れるものへ仕上がったとも言える。

他にも、音楽を聴く喜びと驚きに満ちたアルバムである。松任谷がサイド・ボーカルをつとめる「曇り空」は、昨日のドタキャンを天候のせいにする歌詞内容である。外出しない、という歌だと、前年に井上陽水の「傘がない」があった。あの場合は雨であり、こちらは曇り。でもユーミンのこの曲は、昨日の気圧の低さが、音からも蘇ってくるようである。

「恋のスーパーパラシューター」は、コピーライト的なキャッチィな言葉が弾けている。個人的には、“清水の舞台から飛び降りる”の進化形だと思ってる。“飛び降りる”だけじゃなくて、この場合、さらに“狙いを定める”のだ。

「きっと言える」は、“船のデッキ”や“小麦畑”を登場させつつ、“告白タイミング”を探る青春ソングでありつつも、そこはユーミンだ。他力の限界を、どっかで分かっちゃってるのか、最後は[どんな場所で出会ったとしても]で締めている。

キャラメル・ママによる演奏は、どれも創意に満ちたもので、どんどん鮮やかに展開していく。ワン・コーラス目でやったことに、すでにツー・コーラス目には飽きていて、もっとないかもっとないかと、ぐいぐいイメージを拡げていくかのようだ。その結果、入口と出口の景色も違う。

冒頭部分は「ひこうき雲」以上にピアノ弾き語りっぽい「ベルベット・イースター」など、特にそうだろう。エンディングはマイナーのシャッフルに変化し、やたらとカッコいいのだが、入口の段階で、この景色を想像したヒトは居なかったと思う。ただ、カッコいいのにすーっとフェイド・アウトしてしまう。無性にその先が、せめてあと3分間くらい、そのまま演奏が聴きたくなるのだった。

ちなみに、「ベルベット・イースター」の主人公は夢見がちの少女のようでいて、敢て「ママ」の「ブーツ」を履いてくあたり、“モード”は繰り返されるということに既に気付いているご様子だ。

このアルバムに関しては、BS-NHKで、2010年に『MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~』という特番が放送されたことがある。ユーミンとキャラメル・ママのメンバー、松任谷正隆、細野晴臣、林立夫、さらにレコーディング・ディレクターの有賀恒夫、エンジニアの吉沢典夫がマスタ−音源を聴きつつ、当時を回想する番組だった。

ブリテッシュ指向のユーミンにとって、「紙ヒコーキ」における駒沢裕城のペダル・スチール・ギターは、本人の頭にはなかった世界観だったそうで、キャラメル・ママとの出会いにより、アメリカンな音の魅力を発見していったのが、このレコーディングだったのだそう。そのあたりも語られていた。

番組中、ユ−ミンの発言で、とても印象的なものがあったので引用させてください。

「(このアルバムは)雨だの霧だのの歌ばかりじゃない? でも、モアレ感があるでしょ?」

雨だの霧だの、は、若き日の自らの作品を謙遜してのことだろうが、重要なのは“モアレ感”という表現だ。この言葉を辞書でみると「幾何学的に規則正しく並ぶ点や線を(少しずれるように)重ね合わせた時に生ずる縞(しま)状の斑紋(はんもん)」とある。

『ひこうき雲』というアルバムは、明確な効能書きが添えられた作品集ではない。なんていうか、聴いてると、自分の心に“映り込むもの”増えてくような気がして、それが快感だ。これは懐かしさ、とも違うものだ。「紙ヒコーキ」のなかの主人公は[とりとめのない気ままなもの]に[どうしてこんなに]惹かれてしまうのだろうと自問している。もしかして、それが“モアレ感”の正体かもしれない。

文 / 小貫信昭

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