LIVE SHUTTLE  vol. 263

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椎名林檎 アニバーサリーイヤーにふさわしいセットリストやスリリングな演出、完成度の高いライブを振り返る。

椎名林檎 アニバーサリーイヤーにふさわしいセットリストやスリリングな演出、完成度の高いライブを振り返る。

椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯
2018年5月16日 NHKホール

「椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯」ツアーも終盤戦。全23本中20本目のNHKホールでのライブを観た。

彼女にとって全国ツアーは、2015年に行なった“百鬼夜行”ツアー以来となる。そのときのライブを、僕は同じNHKホールで観た。バックのバンド名は同じく“MANGARAMA”だったが、今回はドラムが玉田豊夢からみどりんに変わり、浮雲が抜けてギターは名越由貴夫ひとりになっている。連投の鳥越啓介(bass)、ヒイズミマサユ機(key&vox)、村田陽一(trombone)、西村浩二(trumpet)、山本拓夫(sax&flute)、林檎のボーカルを支える最強のメンバーだ。ロックはもちろん、オルタナティブやジャズ、シャンソン、クラシカルなものまで、椎名の含む音楽性は非常に幅広い。それをライブで提示するには、並みのミュージシャンでは到底無理だ。もっと言えば、大人数のバンドを従えなければ無理なはずなのに、たった7人でやってのけるのだから“MANGARAMA”は凄い。実際、ライブが始まると、絞り込んだメンバー構成だからこそのダイナミズムとスリルをたっぷり味わうことになったのだった。

ステージには楽器が置かれているだけで、とてもすっきりしている。が、背後を埋め尽くす巨大スクリーンと、左右の端には縦に細長いスクリーンが置かれていて、立体感のある映像が映し出される仕組みだ。そのスクリーンに開演3分前からカウントダウンの数字が映写され、1分前、10秒前と区切りのたびに歓声が上がり、「3! 2! 1!」は観客も声を上げてカウントダウン。ゼロの瞬間にアメリカの宇宙船“アポロ”の発射の映像になると同時にホーンによるファンファーレ、名越が独特の指のタッチでギターを刻むとすぐに青いシフォンプリーツのドレスを着て、所々甲冑で武装した椎名が登場、「人生は思い通り」を歌い出した。2011年のNHK連続テレビ小説の主題歌「カーネーション」のカップリングとして発表された曲だ。MANGARAMAのメンバーはお揃いの金襴緞子のマキシロングコートに身を包んでいる。

管楽器のアンサンブルが見事で、3本だけとは思えない分厚い倍音を発して椎名の歌を強力にサポートする。椎名はといえば、その分厚い倍音から軽々と抜け出すハイトーン・ボイスで、オープニングから全開の歌いぶりを披露。ツアーも終盤に至って、ライブでの歌唱に自信がみなぎっている。♪もう戻れない♪と歌うところで、アポロ・ロケットが大気圏外に出て行く映像となり、細部にわたって音楽と映像がシンクロする演出になっているようだ。目も耳も全部使って楽しんでもらおうというのだから、これは油断ができない。曲が終わると椎名は「いらっしゃいませ」とひと言挨拶し、映像は映画のクレジットのスタイルでMANGARAMAのメンバーを紹介したのだった。

続く「おいしい季節」は、栗山千明に提供した曲。椎名が昨年暮れにリリースしたセルフカバー・アルバム『逆輸入~航空局~』に収められている。今回のツアーのセットリストには、このアルバムからの曲が多くピックアップされている。生々しい音色のドラムとベースをバックに、椎名は力強く歌う。演奏しているミュージシャンの一人一人と、真正面から渡り合う気迫にあふれ、もの凄い緊張感だ。ラストではヒイズミの弾くハープシコードの音色のキーボードに覆いかぶさるように歌い、全体を引き締める。映像は宇宙の果てにどんどん進んで行き、最後はオリオン座あたりにある暗黒星雲に行き着いたシーンで終わった。なんとスリリングな演出だろうか。

椎名がギターを抱え、♪あなたは~♪と歌い出すと、場内から歓喜の声が上がる。2000年リリースの5thシングル「ギブス」だ。僕の隣では、この曲のオリジナルでベースを弾いた亀田誠治さんが座ってライブを観ている。不思議な縁と懐かしさを覚えながら聴く「ギブス」は、感動的だった。不気味なリズムループと、限界まで歪んだギターが発するノイズが渦巻き、時空を越えた世界にぐんぐん引きずり込まれていく。

さらに異次元を感じさせたのは「少女ロボット」から「弁解ドビュッシー」、「浴室」への流れだった。「少女ロボット」は2000年にともさかりえに提供された曲で、世紀末の匂いが充満する時代に椎名がともさかに託した思いを、エッジーなアレンジで聴かせる。これも『逆輸入~航空局~』収録曲だが、ライブの大音響で聴けるのはラッキーだ。コラージュされたモノクロ映像を見ながら、♪ただどうしてヒトはこれほど頭脳を発達させたのでしょう♪と椎名の歪んだ声で歌われると、この曲の出発点に直に触れたような思いがした。

拍手をする間もなく、「弁解ドビュッシー」へ。椎名は古今東西あらゆる題材が絵付けられ、縫い込まれた打掛を羽織っている。続く「浴室」で椎名が手に扇子を持ち、舞いながら歌う姿は、怪異譚『南総里見八犬伝』に登場する妖婦・玉梓にも重なり、妄想を掻きたてる。「弁解ドビュッシー」も「浴室」もセカンドアルバム『勝訴ストリップ』からの曲で、「少女ロボット」を含めた2000年に作られた曲の3連発で、オーディエンスは完全に圧倒され、棒立ちでステージを見つめている。

「浴室」のラストで椎名は打掛を脱ぎ、アップルグリーンのランジェリーに。鳥越の弾くウッドベースが4ビートを刻み、昭和歌謡の影響を残したロックチューン「薄ら氷心中」を彩る。曲の終盤で椎名は、脱ぎ捨てた打掛にひざまずき、果てはフロアを転がりながら歌ったのだった。 

高い音楽性と膨大な視覚情報に、声も出ない。まさに真空地帯だ。荒々しい激情を歌いながら、他方では緻密に計算された演出が施される。椎名のいつものやり口ではあるが、毎回、それがわかっていても、みんな意識をトバされてしまうのだ。

終盤に差し掛かったライブは、『逆輸入~航空局~』からの「おとなの掟」と「重金属製の女」でさらに密度を高める。「おとなの掟」は、昨年、話題になったドラマ『カルテット』の主題歌で、椎名はブラックレザーのスキニーパンツの腿にタンバリンでリズムを刻みながら歌う。ブラスセクションが高らかにバックをつける。英語詞の「重金属製の女」では、初期のデヴィッド・ボウイを彷彿とさせるソリッドなロックを聴かせてくれた。

椎名に圧倒され続けてきたオーディエンスたちは、「華麗なる逆襲」でようやくフラッグを振ってライブに参加する。椎名も右手に赤いフラッグを持ち、オーディエンスと一緒に楽しむ。いよいよ大団円が近づいてきた。そして本編最後の「人生は夢だらけ」の椎名の歌が素晴らしかった。ヒイズミのピアノとともに、ある時はホンキートンク風に、またある時はシャンソン風に、くるくるとボーカル・スタイルを変える。その変化が実に自由自在で、聴いている方の気持ちをほぐしてくれる。刺激的な音楽とボーカルがずっと続いてきた後に、この解放感は嬉しい。オーディエンスも大満足している。椎名はしっかりと歌い切って、ステージから去っていった。

アンコールは和装で勢揃い。椎名は、縦糸に金属糸を織り込んだ丹後ちりめんの着物に名古屋帯を締め、その上に着た黒羽織の背中には花火模様が織り出されている。みどりん、名越、鳥越、ヒイズミ、村田は、銀鼠色の丹後ちりめんの着物に、やはり背中に花火模様が織り出された黒羽織。角帯にはネオンカラーの線も施され、伝統と革新が混在したデザインだ。

椎名が着物の袖で顔を隠して、ステージを歩き、和服の粋筋の振る舞いをしながら歌い出したのは「丸の内サディスティック」だった。これにはオーディエンスが大喜び。一気にアンコールらしい盛り上がりに導かれる。椎名はそれに応えるように最前列のオーディエンスとハイタッチを交わす。途中でガッツポーズをして歓びを隠さない。

次の「NIPPON」では西村と山本も加わり、ブラスセクションが勢ぞろいしてサウンドが厚みを増す。FIFAワールドカップ・ブラジル大会が開催された2014年、NHKサッカーテーマとして書き下ろされた“応援歌”にぴったりの布陣で、熱狂はさらに高まる。オーディエンスはほぼ全員が赤いフラッグを振り、椎名と一緒にライブを楽しんだのだった。

「渋谷にお集まりのみなみなさま、半年も前から色々と支度してきてくださって、ありがとうございます。また近々、お目にかかりましょう」と椎名は短く、しかし心からの感謝を表わして、最後の曲「野性の同盟」に入る。この挨拶の言葉の後に、切ない歌をぶつけて、息をもつかせないライブを締めくくる。バンドの演奏もマキシマムとミニマムを往復して、痛快なロックチューンに最大限のメリハリを付ける。

椎名は最後まで集中を切らさず、切々と歌い切った後、深く頭を下げ、小走りにステージを去った。強烈な逆光がオーディエンスに浴びせられ、それが終わると、ステージからメンバー全員が消え失せていた。このドラマティックなフィナーレに、会場は大きな大きな歓声と拍手を惜しみなく贈った。椎名林檎のアニバーサリー・イヤーにふさわしい、史上に残る完成度の高いライブだった。

文 / 平山雄一 撮影 / 太田好治

椎名林檎と彼奴等の居る真空地帯
2018年5月16日 NHKホール

セットリスト
1.人生は思い通り
2.おいしい季節
3.色恋沙汰
4.ギブス
5.意識
6.真理の人(nature boy)
7.JL005便で
8.少女ロボット
9.弁解ドビュッシー
10.浴室
11.薄ら氷心中
12.暗夜の心中立て
13.枯葉
14.眩暈
15.おとなの掟
16.重金属製の女
17.静かなる逆襲
18.華麗なる逆襲
19.孤独のあかつき
20.自由へ道連れ
21.人生は夢だらけ
E1.丸ノ内サディスティック
E2.NIPPON
E3.野性の同盟

オフィシャルサイト
https://www.kronekodow.com/

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