佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 46

Column

阿久悠がイメージしていた凛とした女性と、音楽家としての椎名林檎

阿久悠がイメージしていた凛とした女性と、音楽家としての椎名林檎

5月15日の朝日新聞で「耕論」というページに、「楽譜には書けぬ情動がある」という見出しで、椎名林檎が語ったことをまとめた記事が掲載された。 それはエレキギターの本質のみならず、ロックというジャンルを越えて、音楽の本質まで迫る内容だったので、何度も読んだ。

幼いころから「型」が決まっているピアノやクラシックバレエをならっていた椎名林檎は、「型」を学べば学ぶほど「型破り」の尊さや難しさを思い知ったという。 その一方で表現者にとって大切なのは、「型」になる以前の「初期衝動」であり、それを具体的な音として鳴らすことができる点において、エレキギターという楽器はいくら時代が移り変わっても廃れないだろうと述べていた。

エレキギターの演奏が音符に表した途端に面白みを失うのは、あらゆるタイミングが合致した瞬間に、授かりもののような音が生まれているからだという言葉は、大衆音楽の本質をつくものだった。

その新聞記事を読んだ10日後、自宅に近い山野楽器に行って店頭で、椎名林檎トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』を購入した。

トリビュートアルバムというのはなかなかに扱いの難しいもので、最初は聴くのが怖くて、まずは興味深いと思った短編小説『歌舞伎町の女王―再会―』を読むことにした。

ところがCDサイズの歌詞カードに押し込められた文字が、あまりに小さすぎるためか、文字がすんなり頭の中に入ってこなくて戸惑った。

それでいよいよ聴くのが怖くなってきて、その日は聴くことを一旦あきらめた。

気を取り直した翌日、気に入らない曲はいつでもスキップする覚悟で、いささか緊張の面持ちで聴き始めた。すると1曲目から4曲目まで一気に進み、なんと全曲を最後まで通して聴くことが出来たのだ。

しかもそれだけでなく、最後まで聴いた後でもう一度、草野マサムネがヴォーカルの『正しい街』にもどって、2曲目の『丸の内サディスティック』までを聴き直したくなった。

安心して聴いてみると、椎名林檎にしか歌えないのではないかと思っていた革新的な『正しい街』という楽曲が、新しい命が吹き込まれたことによって、普遍的な名曲のように聴こえてきたのである。

『丸の内サディスティック』はライブ感があって素晴らしかったのだが、宇多田ヒカルと小袋成彬の気持ちいい歌声を聴いて終わるつもりでいた。しかしエンディングの後でかすかにきこえてくる、スタジオでの余韻や話し声に耳を澄ませていたら、3曲目の『幸福論』が始まってしまった。

レキシの池ちゃん、ベースの山口寛雄、ドラムの豊夢くんといった、なつかしいメンバーたちが歌って演奏したりしているので、2度目はリラックスして楽しく聴けた。

そして、外国語で歌われるMIKAの『シドと白昼夢』も心地よくて、ここまで聴いて満足してCDのストップボタンを押した。

4曲を聴き直して思ったのは、ほんとうに素晴らしい楽曲は時代は変わっても、何度でも生まれ変わるということだ。
そして「さまざまな音楽に影響を受けていても、ほかの誰とも似ていない音楽を作り出せるのがほんとうの音楽家だ」なんていう言葉を思い浮かべた。

それからしばらくの沈黙のなかで、椎名林檎は最初から音楽家として確立していたのだし、表現者としても自立していたということに、あらためて思い当たって感慨深かった。
椎名林檎の登場は、日本の音楽界において決定的な新しさだったし、それは今も同じで変わっていないのだ。

彼女は、いつも死を意識していると語っていたことがあったと思う。
そうだとしたら、つねに生と性を意識せざるを得ないことになる。

「血のつながりとか、それって全部、女性だからというところに根ざしている」と語る椎名林檎は、男性社会のなかで果敢に表現者であろうと努力しながらも、ナチュラルでいられる稀有な存在だ。
しかもそんな彼女を支えているのは、古くから受け継がれてきた日本の文化だった。

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。自然なり、色んな過去のもとで生かされている、生かしていただいている。だから、いつでもすぐ横に死がある、という意識を持っているのが通常だと思うんですよね。
(2014年11月17日 椎名林檎「いつも死を意識」「子ども5、6人産む」 5年半ぶり新作)

きっと最初からそうだったし、今もそうなんだろう。
だからぶれないし、変わらないのだ。
ふと、阿久悠さんがイメージしていた凛とした女性と、音楽家としての椎名林檎が重なってきた。

『歌舞伎町の女王』や『丸の内サディスティック』は、阿久悠という表現者がつくりあげていた歌謡曲の本流を継承しているのかもしれない‥‥。


トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』
椎名林檎の楽曲はこちらから

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

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