【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 74

Column

荒井由実 山手の「ドルフィン」で粘ってみたが、貨物船は現われなかった

荒井由実 山手の「ドルフィン」で粘ってみたが、貨物船は現われなかった

選挙の時によく言われる“アナウンス効果”に似たことは、音楽の世界にもある。やたら大勢の人が「名盤だ」「絶対、聴くべき」と言ってるものに限って、ピュアな気持ちで接しづらい。結果、敬遠しちゃったりもする。でも、そんなことを書きつつも、それでもなお、「名盤だ」「絶対、聴くべき」と連呼したくなるのが、ユーミンのセカンド・アルバム、『MISSLIM』だ。

ジャケットは、一回シャッターを切るたびに“ボン!”と大きなフラッシュバルブの音がした時代に撮影したかのようなポートレイトで、彼女の表情、媚びない眼差しが魅力的。全体に、懐かしくて新しい感じというか、でもそれは、ポップ・ソングの肝にあたる部分でもある。一枚の写真が、まさにそれを伝えている。

リリースされたのは1974年の10月。この頃のユーミンは、どんなアーティスト活動をしていたのだろう。「ユーミンは画期的だった」「歴史を変えた」といった賛辞は、あとから膨れあがったところもあり、彼女とて、他の人達と変わらない、新人アーティストの時代があったのだ。地方キャンペーンもやっていた。僕が以前、ご本人から聞いた話では、仙台や盛岡まで出向き、スーパーの肌着売り場の前でメガフォンみたいなの持たされた、「12月の雨」を歌ったこともあったそうだ(でも彼女の“苦節”は、約1年くらいで終わるのだが)。

その「12月の雨」は、アルバム『MISSLIM』と同時発売のシングルで、失恋の歌だけど、元気でポップな曲調であり、べたーっと悲しいわけじゃなかった。敢て言うなら、仄かに悲しい…。そもそも歌の主人公は、時間というものは[親切な友達]なのだと言っている。そう。彼女は立ち直りが早そうだ。それもあってこの歌は、失恋とはいえ胃もたれせず、消化が良いのである。

職業作家としてのユーミンが、スキルを発揮した楽曲といえそうだ。メロディや曲構成はキャッチィそのもの。歌詞も実に歌詞らしい“名文句”が意識されていた。

『MISSLIM』には、実験的といえば実験的な作品もあるのだが、彼女の手にかかれば、ポップな境地へと昇華する。例えば「海を見ていた午後」である。

一冊の本を紹介したい。『音楽の正体』(渡邊健一・著 ヤマハミュージックメディア)だ。渡邊さんは、フジテレビの伝説的な名番組「ワーズワースの冒険」などの構成を手掛けた方で、「音楽の正体」も、もともとはテレビ番組として放映されたものだった。で、この本の第3章と第4章を占めるのが、ズバリ、「ユーミンのおこした革命(1)」と「(2)」である。

「海を見ていた午後」は、「(1)」で取り上げられている。この曲において、どんな革命が起こったのか、一緒に渡邊さんから学んでいくことにしよう。

それはこの曲で、“導音省略のドミナント”が効果的に使われている点だという。正直僕は、これだけだと????だ。それはいったい、どういうものなのか?

本から知り得たことを書く。

通常、曲というのはドミナントからトニックへ移行することで、あ〜、落ち着くなぁ、まとまったね、という雰囲気を醸し出す。その際、各和音を成立させるのに不可欠なのは、根音から第3音にあたる部分であり、特にトニックへ、つまり完結へと誘う重要な船頭さん役の第3音を、“導音”と呼ぶ。

それを大胆にも省略しちゃってるのが、この曲だという。普通、そんなことしたら、音符が路頭に迷うことになる。でもこの場合、敢て“迷ってもらっている”。その結果、時が過ぎゆくようで、ただそこに停まるかのような、得も言われぬ境地が生まれた。
 
「海を見ていた午後」というと、[ソーダ水]の中を[貨物船]が通るという表現が有名だ。以前、ユーミンにこのアルバムのこと回想してもらった時、彼女はこんなこと言っていた。「歌詞も頑張って書いたけど、なかなか周囲の大人には、わかってもらえないことが多かったですね」。確かに当時、“ソーダの中を貨物船が通るなんて、現実として有り得ない”と、真顔で否定した音楽関係者が居たそうだ。

この作品により、山手の「ドルフィン」というレストランが、ファンの聖地になった。実は僕も、ミーハー丸出しで、若き日に友達と訪ねた(どこかにドライブした帰りに寄った)ことがあった。高台に位置し、窓からの眺めが良かったのは覚えている。

店の紙ナプキンに[忘れないで]と書く、そんなエピソードとともに歌は終わっていく。あの時代、若者が紙ナプキンに文字を書く機会は意外と多く、破かず上手に書くすべも備わっていた。ただ、歌の主人公は運悪く、万年筆しか持ち合わせがなかった。エンピツやボールペンはともかく、万年筆となると、至難の業だ。

「海を見ていた午後」の演奏は、心地良く滲んだ質感が、ずーっと続いていくあたりが魅力なのだが、それが音から存分に伝わったあと、最後に歌詞のなかに[にじむ]という表現が出てくるのだった。これ、計算されたことなのか、偶然なのか…。

さてもう1曲。個人的に大好きなのは、1曲目の「生まれた街で」だ。歌詞は特徴的である。若い頃って、故郷を否定し、都会を目指すのが順当であり、ユーミン以前の若者の歌は、そんなのが多かったけど、しかしこの歌でユーミンは、[遠いところへ][ひかれはしない]と歌うのである。さらに、あまり他の作品では見かけない表現にも出会う。

[季節が][わかったよ]

お恥ずかしいことに、僕は最初、勝手に自分の耳で[変わったよ]に変換して聴いてた。だって季節は変わるものだし…。しかし本当は、[わかったよ]、だった。

あくまで個人的解釈だが、これはユーミンがその瞬間に、森羅万象の渦に己の感性を解き放ち、自分自身が宇宙と同化した状態を確かに感じ取り、すかさずコトバのシャッターを切ったからこそ、こんな歌詞になったのではなかろうか? 

ちなみに「生まれた街で」は、ステレオのLとRの真ん中から聞こえる細野晴臣のベースの音の輪郭が、ハッキリと耳に届く環境で楽しんだ方が感動的なんじゃないかと思う。今もカタログにある名匠・バーニー・グランドマンがリマスターした『MISSLIM』のCD(だいぶ前、2000年にリリースされたものだが)は、当時の演奏者達の意図をちゃんと伝える音像になっている。

なんと『ミスリム』から3曲しか紹介できなかった。あの曲を飛ばすのはマズいだろう。そう。「やさしさに包まれたなら」のことを、次回、書きたいと思う。

文 / 小貫信昭 写真提供 / EMI Records

オフィシャルサイト
https://yuming.co.jp

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