【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 76

Column

荒井由実 「中央フリーウェイ」を走るクルマの車種について

荒井由実 「中央フリーウェイ」を走るクルマの車種について

このコラムでユーミンのこと書かせて頂いてる関係上、つい彼女の名前に敏感になってるワタシです。テレビ欄にも、敏感なのです。高田純次さんの『じゅん散歩』が八王子編と知ると、「もしやご実家の荒井呉服店が紹介されるのでは…」などと、つい気になって観てしまうわけです(今回訪れた時はお店の定休日でして、後日の取材対応ということで、ご実家も登場していました)。

さて、この前フリから、どう本題へとつなげるのかというと、実家が呉服屋さんで、物心ついたころから反物の鮮やかで繊細な色彩のなかで育ち、その後、美大へと進んだユーミンなので、様々なモノの“色味(いろみ)”から、多くの物語を感じ取るセンスに長けているのでは、みたいなことへとつなげたいわけです。

今回取り上げる『十四番目の月』のアルバムで“色味”といえば、当時、ドラマ主題歌として多くの人が耳にした「晩夏(ひとりの季節)」です。

この曲のメロディは独特で、進むにつれて降りてくようで、でも降りきらず、どこか支えるものがあるような、そんな感覚が続くのです。そして歌詞には、色彩表現が豊かです。[空色]から[水色]、[藍色]は[群青]に…。夏の出口と秋の入口をつなぐ踊り場で、ふと佇むかのような感傷に浸れます。

色彩といえば、『十四番目の月』は、ジャケットの色調からして、“伝わるもの”があるのです。ピンク色ですが、どこか深みがあるのです。棚からアナログのジャケットを取り出して眺めてみましたが、まさに…。

でもこれ、ジャケットにリボンが添えられていることにも注目でしょう。ベタにいえば、彼女からの“歌の贈りもの”(バリー・マニロウじゃないよ)ってことでしょうか。ユ−ミンのプロ意識が、より強固になっていったのかもしれません。 
 
いや、違うみたいです。以前、取材させて頂いた時の彼女の発言を読み返してみたら、真逆でした。『月刊カドカワ』1993年1月号なのですが(なにしろ荒井由実時代について僕が質問できた数少ない機会がこの時だったので、たびたびの登場、お許しを)、このアルバムについて、こう語ってらっしゃいます。「結婚したら引退するつもりだったので、ああこれで音楽やめちゃうんだなぁって、そんな気持ちで作ったアルバムです」。

ちなみにジャケットの色彩は「ヴァニティフェアとか、そういう下着メーカーのシルクのピンクみたいな色にしたかった」のだそう。さらに色の選択に関してですが、(これは他のアルバムにも言えることとして)その時々の「自分の気分や温度感を表わしたもの」なのだそうです。このアルバムがリリースされた1976年11月に、ユーミンは松任谷正隆さんと結婚するのでした。
 
歴史を振り返るという行為は、実際には不連続だったものも連続線に見せたりするわけですが、もしここで本当に彼女が引退していたら、そもそもユーミンの“荒井由実時代”などというコトバすらないわけですが。

「引退するつもりだった」という発言は、これからまっさらな気分で『十四番目の月』を聴こうとするヒトにとって、要らない先入観を与えるかもしれません。事実、“そういう風に”聴くと、「さみしさのゆくえ」の[何かが本当に終わる]というフレーズとか、「グッドラック・アンド・グッドバイ」にしても、“そんな風に”思えなくもない響き方をするのです。

サウンド面で挙げるなら、アメリカの腕利きミュージシャンが参加して、洗練されたシティ感覚を発揮しているのが特徴でしょう。松任谷正隆さんの『僕の音楽キャリア全部話します』(新潮社)に、そのあたりにまつわる興味深い話が載っています(この本もこのコラム、再登場でございますが)。

具体的に、腕利きとはリズム隊の二人、ベースのリーランド・スカラーとドラムのマイク・ベアードです。で、松任谷さんの回想でいちばん興味を持ったのは、「中央フリーウェイ」に関してです。実はこの曲、「本当はもっと跳ねたようなリズムにしたかった」のだそうです。

へぇ~、って、それだけの感想の方もいるのでしょうが、なにしろ「中央フリーウェイ」ですから、コトは重大です。ドラムがもっと跳ねてたら、フリーウェイを走行する車の乗り心地も違っていたわけですから…。

車には詳しくないのですが、いま、このアルバムで聴かれる演奏が“ドイツ車っぽい安定感”だとしたら、もっと“アメ車っぽい高揚感”になっていたのかもしれません。ただ、今、私達が聴ける演奏だからこそ、 [二人して流星になった]のくだりとか、すーっと胸に染み込んでくる気がしますけど。

さらにこの曲といえば、有名なエピソードが…。ユーミンがムッシュかまやつさんと「セブンスターショー」という番組(1976年)で共演した際、お互いがお互いに作品を贈りあい、その時、ユーミンがかまやつさんに書き下ろしたのがこの作品なのでした。とても残念なことに、昨年、かまやつさんはお亡くなりになりましたが。

昨年の夏に放送され、ユーミンも出演した追悼番組『Love music presents ムッシュかまやつ伝説』では、番組の映像も紹介されました。僕はこの歌の[右に見える競馬場 左はビール工場]の歌い回しなどは、かまやつさんが歌ってこそ映えるものを意識したのではないかと思っているんですが、果たしてどうなのでしょうか。

文 / 小貫信昭 写真提供 / EMI Records

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