Interview

関取 花 爆問も絶賛しTVで注目を集めた前作の反響を彼女は新作にどんなふうに生かしたのか?

関取 花 爆問も絶賛しTVで注目を集めた前作の反響を彼女は新作にどんなふうに生かしたのか?

爆笑問題の2人が絶賛した前作アルバム『君によく似た人がいる』から約1年半、注目のシンガーソングライターが新作アルバム『ただの思い出にならないように』を完成させた。テレビの情報番組で何度も取り上げられ、自身もバラエティ番組に出演して、その愛嬌たっぷりのキャラクターがさらに話題を呼ぶなか、そうした状況とどう向き合うべきか、葛藤もあったようだ。
ここでは、その新作の制作を振り返りながら、そこで得た手ごたえや音楽への思いをじっくり語ってもらった。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 高木博史

“この流れ、めったに来る流れじゃないぞ”と、思いました。でも“ひがみソングばかり書いてるわけじゃないし”と思う自分もいて。

今回の制作はどういうふうに進んだんですか。

関取 前作を出してからの1年半の間にいろいろ書き下ろしの話をいただいたりすることがあったので、ちょこちょこ曲は書いたりしていて、それにプラス、肩の力が抜けた感じで書いた曲が出揃ったので、アルバムを出しましょうかという話になりました。

「肩の力が抜けた感じで書いた曲が出揃った」ということですが、曲を作るということについては基本的には、どういうスタンス、どういうペースでやっているんですか。

関取 つねに作らねば、とは思っているんですが、そういう思いが強すぎると頭でっかちになってしまって、結局できないことが多いんです。書き下ろしのお話をいただいた場合はテーマがわりと決まっていたりするのでイメージが湧きやすいんですが、フリーの状態で作ろうとすると、できるときはできるけどできないときはできない、という感じで、実際無理して作ろうとして1年くらい作れないことがあったので、そこのところは変に意識しないように今回は特に心がけました。

この1年半の間にテレビのバラエティ番組に出演したり、“ひがみソングの女王”というコピーで情報番組に取り上げられたりしましたが、その状況は曲作りに何か影響しましたか。

関取 “この流れ、めったに来る流れじゃないぞ”と、思いました。“だから、ひがみソングを書かなきゃいけないな。でないと、この勢いが止まるぞ”って。でも“ひがみソングばかり書いてるわけじゃないし”と思う自分もいて、それでバランスがとれなくなってしまって、書けなくなったというところはありました。どんな曲を書いても、“この部分を切り取って、ひがみソングと言われるんじゃないか”と思ったり、逆にすごく自由に書けた曲に対して“これだとインパクトが弱いんじゃないか、普通にいい曲というのではダメなんじゃないか”みたいなことを考えてしまったんですよ。

できるだけ多くの人に聴いてもらいたいと思って音楽を作っていると思いますが、それが実際に形になってくると、そのことを意識し過ぎている時期があったわけですね。

関取 そうなんです。最初の何ヶ月かは全然ダメでしたね(笑)。それまでは人の反応はあまり気にならなかったんですけど…。ただ、テレビに出て気づいたのは、それまではそもそも曲ありきの話じゃないですか。ところが、テレビに出ると、“曲にたどり着いてくれる前に自分が嫌われちゃったらどうしよう?”と思ってしまって。あるいは、“曲にたどり着いてくれたとして、私自身はどういうバランスでいるのがお客さんがいちばん長くライブに来てくれるんだろう?”とか。そういうふうにすごく頭でっかちになっちゃったんですよね。

関取さん自身の個性と関取さんの音楽の魅力を分けて考えているからこその話だと思いますが、曲の内容と作り手である関取さん自身の考えや経験との重なり具合についてはどんなふうに考えていますか。

関取 それは曲にもよりますし、前回の『君によく似た人がいる』というアルバムが全体として自分の26年間の人生の自叙伝的な部分がすごくあったんですね。それで、“自叙伝を書いちゃったぞ”みたいな、ちょっと燃え尽き症候群みたいな感じになってしまったんです。だから、今作は自分が思ってることを言ってやろうというような意識はそれほど強くなかったですね。

わからないならわからないでいいし抽象的なことは抽象的でいいし、むしろ余白があるくらいのほうがいろんな人が共感する余地ができていいのかな。

とすると、今回はどういうことを書こうという気持ちだったんですか。

関取 テレビとかいろんなお仕事をしていくなかで、どんな話でも全部に結論を出すとかオチをつけるということをやってしまうクセみたいなもので出てしまってたんですよ。自分のなかでぼんやりしていることとか何か形や言葉にもならないようなことさえも全部“これも笑い話になるし、いい思い出だよ”という感じで形を与えてしまっていたことに気づいて、“このままやってたら、私は自我をなくすぞ”と思ったんですね。だから、今作はわからないならわからないでいいし、抽象的なことは抽象的でいいし、それを細かく描き出さなくても、むしろ余白があるくらいのほうがいろんな人が共感する余地ができていいのかなと思って。そういう感じで作った曲が今回は多いですね。

ただ、TVで紹介されることが続いて、それほどコアではない音楽リスナーも興味を持ってくれている状況があって、そういう人たちには明解な結論を歌った曲のほうが響きやすいこともわかっているなかで、抽象的なことは抽象的なまま描くというようなスタンスをとることにためらいはなかったですか。

関取 確かに、いままでの自分だったらためらうというか、できなかったことだと思うんです。0か100かみたいな表現をしてたと思うんですけど、でもそうじゃない表現をやってみたときに、今回の制作に参加してくれたミュージシャンもそうだし、ここのところバンド・セットでライブをやるときのサポートをしてくれるミュージシャンたちが、どんなことをしても私が考えていることや人柄というのはいちいちわかりやすい言葉にしなくても透けて見えるから大丈夫だよということを教えてくれたんですね。そういうことが少しずつ自信になっていたので、わりと安心してジャンプできた感じだったと思います。

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