佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 48

Column

浜田真理子の『ネクスト・ティアドロップ』には至福の時間をもたらす歌と音楽がある

浜田真理子の『ネクスト・ティアドロップ』には至福の時間をもたらす歌と音楽がある

島根県の松江市で生活しながら音楽活動を続けてきた浜田真理子が、20周年を記念アルバム『NEXT TEARDROP』を6月6日に発表した。
この3日間で何度も聴いたが、聴くたびに生きていることの幸せを感じるアルバムだった。きっとこれからも、幸せを感じさせてくれる1枚になるだろう。

20世紀に誕生したレコード芸術のおかげで、こうした歌声や音楽を記録した作品に出会えて、それをいつでも好きなときに聴いて楽しめることの恵みに、感謝せずにはいられない。

本作もまたプロデュースをした久保田麻琴のこだわりで、全曲をまず2インチのアナログテープで録音し、その音をプロツールスに移してから最終的に仕上げていく作業を行ったという。

だから人間の温もりが伝わってくる音が聴こえてくるし、浜田真理子ならではのピアノ演奏と、まっすぐに届けられる歌声はとても心地よい。
しかも、そこから伝わってくる静謐さや透明感といったものとは対照的に、場末の喧騒ともいえるような気配、そして妙な人懐かしさが随所に漂っていで、濃密なひとつの世界を創出している。

レコードのジャケットもいい。
お父さんがやっていたお店の前で、お母さんといっしょに写っている幼子が真理子さん。
出雲市にあったその店の名は「赤坂」といって、楽器やレコードがあり、有線放送も流れていた。

この頃に聴くともなく耳にしていた音楽を栄養にして、彼女が音楽家へと進む道が開かれていったことがわかる。

お父さんはその後も松江でピアノラウンジ開くなどしていたので、地元の国立島根大学教育学部へ進んだ後に、浜田真理子は自然な流れでバーやくなどでピアノを弾くアルバイトを始めた。
そうした体験が彼女の音楽的なバックグラウンドになって、ジャズ・スタンダードと歌謡曲がメドレーでつながったり、美空ひばりの「花笠道中」がカントリーにつながったりと、ライブでは変幻自在で豊かな音楽空間が生まれてくる。

アルバムの1曲めはピアノ演奏のインスト・ナンバー、ごく短い「青い月のワルツから」。
そして2曲目の「まちあわせ」になると、「♪ あなた、あなた」と唄いかけてくる、あの魅力的な声が聞こえてくる。

あなたのいないこの世界に
夜のとばりがゆつくり下りる

3曲目は「あなたから遠くへ」というタイトルで、なんとフォークシンガー・金延幸子のカヴァーだが、ごきげんなシティ・ポップスに仕上がっている。
これまでになかった新たな魅力が、浜田真理子から引き出されていて嬉しくなる。

プロデュースした久保田麻琴氏がライナーで、このような文章を記していた。

浜田真理子の魅力は端的に言って声なのだと思う。音楽性は唯一無二の個性であることは言うまでもないが、なんといってもオーディエンスの心に深く届くあの真っ直ぐな声だろう。心の芯から全くフィルターのないようなスピード感で人に届くあの歌声。その声は、うまく歌おうとか、どの道を辿ろうとか、どこに向かおうとか、そんな思惑を全く感じさせないようなストレートさ。日本語だろうが、英語だろうが、引っ掛かりなく発せられるので、聴くものの心に深く届くのだ。

初めて浜田真理子が住んでいる松江を訪れたときに久保田氏が感じたのは、彼女の歌にも似たシンプルで品のある雰囲気だったという。
水の都と呼ばれる松江は美しい湖がある落ち着いた城下町で、古くは小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が住んで愛した歴史ある文化の町だ。

コミュニケーションや噂話を大事にする、そんな親密性も浜田真理子の歌にはあるのだろう。一人ひとりの心に向けて話しかけるような。音楽性で言えば、喫茶店やピアノラウンジを経営する家族のバックグラウンドも得難い。ジュークボックスの音やピアノ演奏で育ったわけだ。彼女のピアノは、ラウンジのお客さんの歌用の生オケともなった。全てが親密で濃密、そして豊かだ。

そうしたビンテージな空気感が彼女のライブにおいては、いつも独特の世界を作り出しているのだが、このアルバムでもそれがそこかしこから様々な形でにじみ出ている。

全身を使って歌声とピアノで空気を震わせることによって、浜田真理子のたおやかで力強い音楽は、まっすぐに聴手の心を震わせてくれる。

人から人へと継承されてきた歴史と文化、生活や風土を背景にして生まれたベテランならではの傑作を世に出した浜田真理子と、それを導いた久保田麻琴のていねいな仕事に心から拍手を送りたい。

なお「まちあわせ」~「あなたから遠くへ」~「Bird」と曲のさわりが紹介されいるYOUTUBEの動画では、レコーディングのときの映像も映し出されている。

収録曲
1 青い月のワルツ prelude
2 まちあわせ
3 あなたから遠くへ
4 さつきの憂うつ
5 Bird
6 昨日の森
7 夢の中で泣いた
8 Before the next teardrop falls
9 忘れ音
10 Last Order
11 サヨナラが降るとき
12 青い月のワルツPostlude

ライブ情報

レコード発売記念ライブ

「NEXT TEARDROP」 新作CD リリースパーティ
6月19日@渋谷クラブクアトロ
開場 18時 入れ替無し 2部制
開演 1部 19時00分/2部 20時15分
料金 前売:5,000円/当日:5,500円


浜田真理子の楽曲はこちらから

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)

美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか

著者:佐藤剛
出版社:文芸春秋

三島由紀夫、中村八大、寺山修司・・・・・・

時代を彩った多くの才能との邂逅、稀代の表現者となった美輪明宏の歌と音楽に迫る、傑作ノンフィクション!

「自分以外の人によって、己れの人生を克明に調べ上げ語られると、そこには又、異なる人物像が現出する。歴史に残る天才達によって彩色された果報な私の人生絵巻が、愛満載に描かれていて、今更ながら有難さが身に沁みる」――美輪明宏

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