ZARDデビュー25周年記念特集【THE POP STANDARD】  vol. 4

Interview

永遠のスタンダードを見事に体現した坂井泉水の情熱と希望。そして彼女が「負けなかった」真実とは?

永遠のスタンダードを見事に体現した坂井泉水の情熱と希望。そして彼女が「負けなかった」真実とは?

ZARDという、数え切れないスタンダードナンバーを残したアーティスト、坂井泉水。
彼女のすべてのライブのバンドマスターを務めた男、それが大賀好修。近年はB’zのサポートギタリストとしても大活躍する大賀が、坂井との邂逅、そして彼女のミュージシャンシップ、その魅力と才能について初めて口を開いた。

zard_ooga_01

1999_zard_01

本日は、ZARDの坂井泉水さんのデビュー25周年記念の特集で、大賀さんにお話しをお聞きしたく、よろしくお願い致します。

大賀 よろしくお願いします。

坂井さんは91年にZARDでデビューされましたが、お二人がお会いになったのはいつ頃ですか?

大賀 初めて直接お会いしたのは98年か99年ぐらいだったと思います。

市場的にCDが一番売れていた時代ですね。

大賀 そうですね。その前にもレコーディングではギター弾いたりしていたので、マルチテープ上では何回もお会いしていたんですけど(笑)、実際初めてお目にかかったのは99年の船上ライブに向けてのミーティングで。リハーサルの前に長戸大幸プロデューサー(ビーイング創設者。ZARD、B’z、大黒摩季、T-BOLAN、WANDSなどを発掘し育てたプロデューサー)から紹介して頂いたのが初めてでした。

生声を聴いたときは、すごいパワフルだなあっていうのが最初の印象でした

99年の船上ライブは、ZARDの初めてのライブですよね。

大賀 そうですね、はい。

で、坂井さんの初めてのライブで、当然リハーサルから始まりますよね。それまで、ギタリストで参加されていたレコーディングでの坂井さんのボーカルと、リハーサルで初めて生の声をお聴きになったわけですよね、そのときの印象はどうだったんですか?

大賀 やっぱり生声を聴いたときに一番ビックリしたのは、製品で聴いてるときの声よりもすごいパワフルだなあっていうのが最初の印象で。モニタースタッフが普通にレベルを取ってくれて、ポーンって僕のところに声を返してくれたときに、ビックリするぐらい返って来たんで(笑)、すごいパワフルやなあって思ったのが印象に残っています。

当時のZARDはライブをやらない極めてミステリアスなアーティストで、それこそ極端な話、「ZARDは実在するの?」みたいな、そういう都市伝説もあって。

大賀 ありましたね(笑)。ある意味最初のほうは、僕も本当にいらっしゃるのかわからないぐらいでしたから(笑)。

僕もライブを聴かせていただいて、まったく同じイメージで、声量もあるし、こんなにお上手な方がこれまでなんでライブをやらなかったのかと思ったんですけど。

大賀 僕もビックリしました。

1999_zard_02

リハーサルでご本人と会って、船上ライブのときはバンマスを担当。

大賀 そうですね。それ以来ZARDのライブは全部その形でやらせて頂いています。

バンマスに大賀さんがご指名されたというのは、どういう理由だったんですか?

大賀 長戸プロデューサーから声をかけて頂きました。
呼ばれて行って、「実はZARDがライブをするので、大賀が中心になってちゃんとやって欲しい」と言われました。そのときはもう、ZARDの初めてのライブなので、「もし何かあってコケたら俺の責任、半端ないな」と思って、もうとにかく怖くてしょうがなかったですね(苦笑)。

で、リハーサルを続けていって、坂井泉水さんの人となりもだんだんわかってきますよね。どんなイメージを坂井さんに?

大賀 ミステリアスなイメージが強かったので、入っていらしたのをパッと見たときにまず思ったのは、「うわ、めっちゃ肌キレイ」ってことですね(笑)。それ、今でもすごく覚えていて、真っ白で。で、まあ僕も緊張していましたし、坂井さんも初めてバンドと音を出していくんで、ちょっと緊張感あったと思うんですけど、5曲ぐらいやったときぐらいから、けっこう目線、アイコンタクトもあってきて、すごくニコニコしてくれて。喋りだすとホントに……こういう言い方をするとちょっと失礼なんですけど、“可愛らしい女の子”みたいな部分がすごく感じられて、意外にすごく親しみやすかったのを覚えてますね。

レコーディングだと顔を合わせない録音も多いと思います。リハーサルになると、バンドとボーカリストが全員顔を突き合わせて一緒にやる。そうなったときに、バンド全体ではどんな感じでしたか?

大賀 僕らも「バンドでCD全部の音を再現しよう」みたいなことになっていたので、メンバーも全員すごい緊張感で。長戸プロデューサーのアイデアでバンドのメンバーを、若くてあんまりライブをしたことがないミュージシャンたちを集めて、フレッシュ感を出したいっていう話があったので、当時まだあんまりライブ経験のない方もいっぱいいたんですよ。元GARNET CROWの岡本仁志もいたんですけど、ほぼライブ経験はなくて。バンドメンバーの緊張感がとてつもなかったんで、もしかしたら坂井さん、緊張しなくていいのに僕らのせいで緊張してたかもしれないぐらい(苦笑)。最初はピリピリしてたんですけど、本当に5曲目ぐらいから楽な感じになっていきました。

リハーサルは何日ぐらい?

大賀 実はご本人とのリハーサルはそんなにたくさんはやっていないんですよ。で、バンドに関しては逆にものすごくやりました。もう、半年ぐらいかけてやってました(笑)。

半年間ですか!?

大賀 もう、いろいろとリハーサルして、音を出して聴いてもらって、ここをこうしたい、ああしたいとか、いろいろ話し合いながらやりました。

1999_zard_03

船上ライブはバンドメンバー含めて、緊張しながら、観てくれた方々に感動してもらえるようなライブにしたいなという思いで…

1999年というと、『負けないで』のブレイクが1993年ですから、まさに90年代半ばにたくさんミリオンセラーを出したスーパー女性シンガーソングライター、その方のライブをバンマスとしてやるっていう、もちろん大賀さんのプレッシャーもあったと思うんですけど、逆に気概もあったと思うんですね。そのときはどういうライブをやろうと?

大賀 あのときは確か600人限定だったので、とにかくそのオーディエンスの方に……しかも今まで一度もライブをやった事がないZARDが出るわけですから、「1回目のライブに来て良かった」って思ってもらいたいっていう気持ちが強かったです。それと、しっかりCDを再現したいっていう。やっぱり最初のライブなので。昔よく、特にロックのライブを見に行った時に、フレーズが変わったりしている事があって、それがイヤだったんですよね。ジャズとかフュージョンだったら全然違うのを聴きたいって思うんですけど。なので自分もちゃんとオリジナル通りに弾かないといけないって思って、ものすごく気合い入れて本番に向かいました。バンドのメンバーも、ホントにものすごく……緊張っていうか、プレッシャーって言葉が一番合うかもしれない……感じながら。でも、とにかく600人、観て頂いた方々に感動してもらえるようなライブにしたいなっていう思いだけでひたすら本番をやりましたね。

LIVE_zard_01

で、ライブが終了して、ご自身としては結果的には無事ミッションを終了されたと?

大賀 僕ですか? いや、もう、頭真っ白になりすぎてあんまり覚えていないんですよね(苦笑)。ただ、船上ライブだったので、船が港へ帰るためにUターンするんですけど、「フォトグラフ」っていう曲をやっているときに、ちょうど僕がナイロンギターでイントロをひとりで弾いてるときに船が旋回して、ゴゴゴゴってすごい音が鳴って(苦笑)。その瞬間、ソロパートだったので、「これで外したらシャレにならん、何てことをしてくれるんだ、船!」とか思いながらやったのをすごく覚えていて(苦笑)。それ以外は結構真っ白すぎて、あんまり記憶ないですね。

リハーサルからその船の旋回に至って、ツアーが終了しました、その中で大賀さんと坂井さんの人間的なというか、ミュージシャン同志としての邂逅というか、フレンドシップみたいなものも確立されましたよね。

大賀 そうですね、はい。ライブを終えるとやっぱり絆感が強くなったのは覚えてます。まあどんなバンドでもそうかもしれないですけど。

vol.3
vol.4
vol.5

編集部のおすすめ