モリコメンド 一本釣り  vol. 70

Column

杏沙子 J-POP黄金期をしっかりと吸収し、新しいスタイルを提示する彼女の魅力とは?

杏沙子 J-POP黄金期をしっかりと吸収し、新しいスタイルを提示する彼女の魅力とは?

色彩豊かなポップセンス、自然な可愛らしさを感じさせるボーカル。年齢や好みを問わず、幅広い層のリスナーに愛される資質を備えた、きわめて魅力的なシンガーである。杏沙子。鳥取出身、24歳のポップシンガーだ。

幼少の頃から、音楽好きの母親の影響でJ-POPの名曲に親しんでいたという杏沙子。そのルーツは現在公開されているプレイリスト“杏沙子をつくった曲たち”にも収録されている松田聖子(「瞳はダイアモンド」)、槇原敬之(「僕が一番欲しかったもの」)、DREAMS COME TRUE(「うれしい!たのしい!大好き!」)など。いずれも昭和の終わりから平成の初めごろの楽曲だが、J-POP黄金期とも言えるこれらの音楽は彼女の身体のなかにしっかりと吸収され、シンガー/アーティストとしての礎になっていった。その興味の中心はずばり“歌”。大学の卒論が松本隆の歌詞の考察(!)だったというのだから、その探求心はかなりのもの。歌と言葉の関係をディープに探るなかで、彼女の関心が“自分は何を歌うべきか”というテーマに向かったのはきわめて自然なことだったと言えるだろう。

シンガーへの興味を募らせていた杏沙子が初めてオリジナルを書いたのは、大学に入ってから。最初に作ったのは「道」。ピアノ、ストリングスを中心としたオーソドックスなバラードナンバーだが“自分自身の道をしっかり歩いていきたい”という思いが込められたこの曲からは、ソングライターとしての資質の高さがはっきりと伝わってくる。すべての言葉を丁寧に紡ぎ出すボーカルも印象的。「道」は2016年7月にYouTubeにアップされ、「きれいに生きなくてもいい 素の歌詞に救われました」「歌声の癖がないのにメッセージ性の高い声がすごい好き」といった絶賛コメントが数多く寄せられている。

その後ライブ活動をスタートさせた彼女が最初に注目を集めたきっかけは、2016年10月に発表されたオリジナル楽曲第2弾「アップルティー」。青春時代のキラキラした気持ちを描いたこの曲は、ポップに広がるメロディ、愛らしさと切なさを共存させたボーカルによって中高生を中心に急激に拡散され、YouTubeで370万以上の再生回数を記録(高校生の“告白”を映し出すMVも魅力的。杏沙子はキュートなダンスも披露)。彼女の音楽が持つ共感度の高さを証明した。シティポップのテイストを取り入れた「マイダーリン」も330万回に迫る再生数を記録するなど、その存在は幅広いリスナーに浸透し始めている。

そしてこの夏、彼女は満を持してメジャーデビューを果たす。最初の作品はミニアルバム「花火の魔法」。初夏の爽やかな雰囲気が詰まった本作には、彼女のポップセンスの高さ、ナチュラルな響きを備えたボーカルが刻まれている。もっとも印象的なのは、彼女自身の作詞・作曲による「花火の魔法」。息を吸い込む音、そして“花火の魔法にかかってしまえ/あなたの心を燃やしてしまえ/あぁ 花火消える前に”というフレーズが聞こえてきた瞬間、夏の匂いと切ない恋愛感情が伝わってくる極上のポップチューンだ。

この曲の舞台は“夏休み最後の日”。友達みんなと花火を楽しみながら、“あたし”の想いは“あなた”だけに向かっている。好きという気持ちを隠しながら「あなたのことを火傷させたいです。」という強い願望が抱えている——10代の恋愛を鮮やかに映し出すこの曲は、ストーリー性のある歌詞、ドラマティックなメロディラインを含め、彼女の音楽性が明確に示されていると言えるだろう。

井上苑子への楽曲提供でも知られる、新進気鋭の作家・幕須介人の楽曲が収録されていることも本作の聴きどころ。ファンク、ソウルミュージックのテイストを取り入れたアップチューン「天気雨の中の私たち」、穏やかなムードのトラックと美しいエレピが印象的な「クラゲになった日の話」は現在のシーンのトレンドを捉えつつ、杏沙子のボーカルの魅力を際立たせることに成功している。クセがなく、どこまでも自然な響きを備えながら、一度聞くと絶対に忘れない歌声。それこそが彼女の音楽の軸であることを、この2曲は確かに示している。

80年代後半〜90年代をベースにしたポップスの黄金比を受け継ぎながら、日常の風景や感情を反映させた歌詞、バランスよく洗練されたサウンドメイクによって、新しいJ-POPのスタイルを提示している杏沙子。その優れたポップネスと魅力的なボーカルが日本中のリスナーに共有されるのは、それほど遠い未来の話ではないはずだ。

文 / 森朋之

オフィシャルサイト
http://asako-ssw.com

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