Interview

池井戸潤作品で初めて映画化となった『空飛ぶタイヤ』。 著者が語る「物語が生まれるまでのプロセス」とは

池井戸潤作品で初めて映画化となった『空飛ぶタイヤ』。 著者が語る「物語が生まれるまでのプロセス」とは

企業を舞台にした数々の小説で、熱き人間たちの群像と織りなされるドラマを描き続けている直木賞作家・池井戸 潤。大ヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)の原作『オレたちバブル入行組』シリーズをはじめとする著作の数々は、読む者の魂を震わせ、情熱をかきたてる作風ゆえに愛され、その多くが映像化されている。だが、意外にも映画化された作品は、これまでなかった。というのも、2時間前後で物語をうまくまとめた脚本に出合えなかったからだという。
しかし、ようやく納得のいく脚本に出合えたことで、自身にとっての転機にもなった『空飛ぶタイヤ』の映画化が実現。公開が迫った今、あらためて本作がどのようにして生まれたのか、また執筆におけるクリエイティビティなどを、つぶさに語ってもらった。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

登場人物に名前を付けるところから、池井戸小説はスタートする。

『空飛ぶタイヤ』は池井戸先生の作品で初めて映画化される小説になりました。先生はご自身のキャリアにおいて、この作品をどう位置づけていらっしゃるのでしょうか?

作家としてデビューして、しばらく小説を書いてはきたものの、『自分の作品は何か面白くないな』と煮詰まっていた時期があったんです。それまでは先にプロットを考えて、それに沿って物語を動かしていたんですけど、そもそも、そこが違うなと気がついて。登場人物に対するリスペクトをもっと持って、人間そのものを描くべきだと。それを初めて実践したのが、『シャイロックの子供たち』という作品で、その長編的なスタンスなのが、この作品です。『空飛ぶタイヤ』には、全部で70人ぐらい登場人物が出てくるんですよ。その70の人生が、この物語で輪切りになっているようなイメージで書いていきました。
あと一つは、それまでは何を書いても、それがミステリーやサスペンスであっても、舞台が会社や銀行ということで、書店では企業小説の棚に陳列されていたんです。『だったら、これぞ企業小説、という作品を書くぞ』と思って書いてみたところ、今度は文芸の棚に置かれたという(笑)。初めて直木賞候補になったということも含め、エンタメ作家という認識を持っていただけた、ありがたい作品でもあります。

ある種、原点的な作品と言えるのでしょうか?

そうですね、『空飛ぶタイヤ』のみ、写真入りの登場人物一覧表をつくりました。家にあったビジネス誌をめくりながら、キャラクターのイメージに合った顔写真を見つけ、切り抜いては1人ずつ貼っていって。そこまでしたのは、後にも先にも、この小説だけですね。

小説を書くにあたって、取材はどのくらいなさるのでしょうか?

取材は、基本的にはしないですね。僕の場合、まず物語を最後まで書いてしまうんです。その後で、ここだけは確かめておきたいというところだけ、ピンポイントで取材をします。小説で使うかどうかもわからないのに、忙しい人に時間を割いてお話していただいて、結局使いませんでしたということになっては申し訳ないので。要確認事項のみ取材するという感じですね。
そもそも、事実かどうか定かではないというのは、小説にとって重大な瑕疵(かし)ではないと僕は考えていて。小説にとって一番マズいのは、登場人物のリアリティーが感じられないこと。『この人がこんなことをするはずがない』『こんな人、現実にはいないよ』と読者に思わせてしまう小説ほど残念なものはない。そこは絶対にハズさないように気をつけています。もちろん細かい事実関係も調べますが、何よりも大事なのは、人物描写のリアリティーだと思っています。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

その登場人物に関しても、まずはある程度のプロフィールぐらいしか決めないという感じでしょうか?

そうですね。プロフィールもたいしたものではなくて。エクセルで表にするんですが、名前と肩書きと、どんな人物かという説明があるくらいです。
あとは書きながら考えていくんですが、名前に関しては初期段階から気にしています。小説は、登場人物の名前を決めるところから始まると思っていて。たとえばこの映画に出てくる沢田は、沢田という苗字でなければしっくりこない。これがたとえば黒田だとイメージが合わないし、行動パターンが一致しなくなってくる。
僕の場合は日経新聞の人事欄で名前を探すことが多いですが、女性の役員が少ないので、女性の名前は付けるのに苦労しますね。

ちなみに、赤松と井崎が名付けられた経緯というのは…?

どうだったかなぁ…。以前は、地図帳の索引を参考にしたりもしていました。知り合いや友人の名前は、絶対に使わないようにしていますね。

よく、創作していくにつれて〝キャラクターが自立して動き出す〟といったことを聞きますが、『空飛ぶタイヤ』の執筆中にそういった感覚はあったのでしょうか?

そういった感覚はどの作品でも、特にここ数年はよく感じます。キャラクターが肉つけされていくといいますか。たとえば、沢田は何歳くらいで、こういう性格の人で、役職はホープ自動車のカスタマー室長で…というふうに、書き進めていくうちに彼という人間が自然に肉づけされていくんです。彼自身が会社のリコール隠しに気づいた時、何か行動を起こすかも知れない。実際に書いてみると、やっぱりそうだというふうに、ちょっとずつ肉づけされていく感じですね。
小説のキャラクターは、書きながら人間らしくなっていくと思うんですよ。漫画やドラマだと、最初から容姿が見えるじゃないですか。でも小説の場合、最初の輪郭はぼやけている。そこはなかなか難しいですね。

ちなみに、物語の着地点は決めてあったのでしょうか?

あまり暗い話にはしたくない、とは思っていました。それは今でも変わらないです。単行本は2000円くらい、文庫本でも1000円近くするわけで、ズドーンと重たい読後感しか残らないというのは、商品としてどうなのかな、と。極力さわやかな読後感が残る作品に仕上げようと頑張っています。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

では、映画版の話に移りますが…主人公の赤松社長を演じた長瀬智也さんについては、どのような印象を抱きましたか?

原作を書いたのが10年以上前なので、赤松がどんな人物か忘れていたところもあったんですけど。長瀬さんがキャスティングされたと聞いて、『あ、その配役もありだな』と腑に落ちましたね。プロデューサーや監督は、さまざまなシーンをイメージしながらキャスティングをされていると思いますが、実際に作品を観てみると、原作よりもハツラツとした若い社長像で。『うん、この赤松もいいなぁ』と率直に思いました。

なお、井崎役の高橋一生さんは「井崎は池井戸さんだ」と思って演じられたそうです。

僕としては自分を投影したつもりはないんですけどね(笑)。高橋さんは、僕の作品をドラマ化した『民王』(テレビ朝日系)で、貝原という秘書を演じていらっしゃるんですけど、これが本当にハマリ役なんですよね。今回の井崎も、スーツ姿がとても板に付いていて。『民王』の時はアドリブが結構入っていましたが、今回はどうだったのかなと思いながら映画を観ていました(笑)。しかし高橋さんは、本当にブレイクしましたよね。

そのきっかけが、まさに『民王』でした。

そういうふうに高橋さんがあちこちでおっしゃってくださっていると聞いて、原作者冥利に尽きます…と言うと、ちょっと変か(笑)。映像作品における原作は、あくまでベースにしかすぎないので。最優秀原作賞ってないですからね(笑)。

キャストの話に戻すと、笹野孝史さんの〝宮さん〟もいい味を出していました。

笹野さんの宮さんはハマっていましたね。安心して観ていられるというか、そこに登場されるだけで安定感がもたらされるというか。原作と若干キャラクターが変わっていましたが、そういったアレンジがどのようにされるのかというのも、原作者からすると楽しみだったりするんですよ。

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