黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 17

Interview

ミクシィ代表・木村こうき氏(中)モンスト誕生の前提となる、岡本吉起氏との出会い

ミクシィ代表・木村こうき氏(中)モンスト誕生の前提となる、岡本吉起氏との出会い

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

日本で大成功を収めたソーシャルネットワーク『mixi(ミクシィ)』。
2004年のプレサービスから始まり、数多くのソーシャルネットワーク初心者を取り込み、好評を博した。その間にミクシィは株式公開を果たし、その原資を基に数多くのサービスを開拓し続けた。そしてミクシィは、ゲーム・エンタテインメントにもソーシャルネットワーク要素を取り入れた。
その後、海外からの新しいソーシャルネットサービスが普及しはじめ、日本独自のカルチャーに根付いた『mixi』は苦境を迎える。それを救ったのは、木村弘毅(きむらこうき、以下、木村こうき)が企画して開発を推進した、ソーシャルネットワーク要素を兼ね備えたゲームアプリ「モンスターストライク」だった。その影響はゲームアプリに留まらず、様々なエンタテインメント要素を巻き込んで事業拡張に貢献した。

今回の「エンタメ異人伝」は、『mixi』のサービスの移り変わりと、その中で常に新しいサービスやエンタテインメントを模索してきた木村こうきにフォーカスする。今回のインタビューは、木村こうきを形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの第2回です。第1回(上)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄


ミクシィ転職の背景と、ミクシィのフェアな開発環境

ミクシィとインデックスの一番の違いはなんだったと思われますか?

木村 『mixi』がいわゆる友人間のコミュニケーションっていうところにフォーカスしていたのに対して、インデックスはどちらかというとコミュニティの方にフォーカスをしていた感じがします。いわゆるインタレストグラフというか、趣味趣向の合う仲間とのコミュニティみたいなのをけっこう重視していたところがあると思うんです。知り合いとのコミュニケーションは、リアルのコミュニティに取られてしまっているからっていう判断があったんでしょう。でも、実際の友達とのコミュニケーションじゃないと、そのためのツールじゃないと、やっぱり広がっていかないんです。ですから、こっそり趣味の話とかをするインターネット上のたまり場っていうだけで、そこに友達を引っ張ってくるっていう風にならなかったんですね。

確かに、木村さんがよくおっしゃっている、友達が友達を呼ぶっていう感じではなかったですよね。

木村 はい。その辺りの部分で、かなり苦しかったんじゃないかなっていうのはあります。

それで、インデックスをお辞めになって、ミクシィさんに転職をされたわけですが、何年に移られたか覚えておられますか?

木村 2008年の6月です。

やっぱり自分から履歴書を持っていってという感じだったのでしょうか。

木村 何回かミクシィの人とは会っていたんですけど、前の副社長で、今はDeNAの取締役の原田(明典)さん……当時はモバイルの部長だったんですが、2008年6月の直前ぐらいに、その原田さんとゴハンを食べに行ったんです。そのときに、これからモバイルに力を入れていくんで、ウチに来ないかみたいなことを言ってもらって、それで移ることを決意しました。

ミクシィさんに移られてみて、どのように感じられましたか?

木村 すごいエンジニアが強い会社なんだなあっていう印象がありましたね。それは発言力とかも含めてですけど。

どちらかというと、エンジニアの方が社内での発言力があったということでしょうか。

木村 そこまでは言わないですけど、インデックスと比べると、もうちょっとフェアといいますか。インデックスってエンジニアに対して発注するような感覚が強かったように思うんですね。

インデックスの場合はエンジニアに対して「これ作ってね」っていうだけだったけど、ミクシィさんは企画としてはこうだけど、エンジニアとしてはこうした方がいいみたいなフェアな感じだったわけですね。

木村 そうですね。それがゆえに、なかなか進まないみたいなところも悪い点としてあるんでしょうけどね。議論をし尽くさないと開発しないといいますか。

ああ~そうか、なるほど。

木村 きちんと納得いってからモノ作りをするみたいなね。そんなところがあるかもしれないですね。

最初の頃にやっていたのは『ピコピコmixi』

ミクシィさんに移られてから手がけられた代表的なもののひとつに、『サンシャイン牧場』(注4)があると思うんですけど、それはミクシィさん入られてからのキャリアで、どのような段階になるんでしょうか。

注4:『mixi』をはじめとするSNSサービス上で展開されていた牧場育成シミュレーション。マイミクと協力し合って作物を育てるなどのゲーム性が話題を呼び、最盛期にはユーザーが500万人を超えるなど高い人気を誇った。2016年8月にサービス終了。

木村 ええと、最初の頃にやっていたのは『ピコピコmixi』(注5)っていうゲームコーナーですね。

注5:『mixi』が『mixiモバイル』上で展開していた携帯電話向けゲームコンテンツ。さまざまなゲームを無料でプレイできるというもので、マイミク同士でのランキング機能やゲームのスコアを日記に貼り付ける機能なども利用可能になっていた。

ありましたね。

木村 『mixiアプリ』の前身になるようなゲームコーナーで、パートナー企業からゲームを買い付けてきて自前で運用するというモノだったんですね。PC版のプラットフォーム開発が進んでいたんですが、どうせだったらモバイル版もプラットフォーム化したほうがいいよねっていうような話をしまして、モバイル版のプラットフォーム開発をPC版と同時で進めようみたいなことに。なので、モバイル版のプラットフォームのUIの設計とかもやったりしました。

やっていくうちに、ゲーム業界とのコネクションができあがっていった

どちらかというと企画とか運営回りがメインのお仕事だったと思ってよろしいですか?

木村 はい、そうですね。で、プラットフォームができあがったあとは、そのプラットフォーム上で稼働するアプリ開拓のチームに行くんですけど、そこでかなり多くの……多分数百社ぐらいのゲーム会社さんと会うことができたんです。

なるほど。会って交渉して、これはどうですか、これはウチでやりませんかみたいな。

木村 はい。ゲーム会社さんとハンズオンで一緒に企画しながら、友達と遊ぶにはこういうようなものが必要だとか、もう農園系はあるので、もっと別系統のヤツを作りませんかみたいな。そんなようなことをやっているうちに、なんとなくゲーム作りを学んで、ゲーム業界とのコネクションができあがっていった感じですね。

その事業を始めたことによって、そういうゲーム会社との繋がりができて、それが『モンスターストライク』(以下『モンスト』)、岡本吉起さん(注6)との出会いみたいな形になっていくわけですか。

注6:『モンスターストライク』や『ストリートファイターII』シリーズなど数々のヒット作を手がけ、アーケード、コンシューマ、スマホという3つのフォーマットで成功した「ゲーム三冠王」として知られる。岡本氏視点での『モンスト』開発の経緯は筆者が本サイトに掲載したインタビューで紹介している。

木村 そうですね。

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