横川良明の演劇コラム「本日は休演日」  vol. 4

Column

なぜ熱狂を生むのか。ミュージカル『刀剣乱舞』が描いてきた3つのこと

なぜ熱狂を生むのか。ミュージカル『刀剣乱舞』が描いてきた3つのこと
今月の1本:ミュージカル『刀剣乱舞』~結びの響、始まりの音~

ライター・横川良明がふれた作品の中から、心に残った1本をチョイス。独断と偏見に基づき、作品の魅力を解説するこのコーナー。今月は、5月6日(日)に閉幕したミュージカル『刀剣乱舞』~結びの響、始まりの音~を軸に、トライアル公演から『刀ミュ』が描き続けてきたものについて語り尽くします。

文 / 横川良明

使命か、感情か。矛盾した宿命と向き合う刀剣男士の苦悩が美しい

昨年、“ユーキャン新語・流行語大賞2017”にもノミネートされた「刀剣乱舞」。今やそのブームは社会現象の名にふさわしく、国内のみならず世界へと拡大している。

このオンラインゲーム「刀剣乱舞」を原作にミュージカル化した、ミュージカル『刀剣乱舞』も今やチケット瞬殺のビッグタイトルに成長。2.5次元シーンの牽引者として、多くの注目を集めている。

では、なぜこれほど『刀ミュ』は熱狂を生むのか。もちろん美麗なキャラクターデザインや、それぞれの刀の特徴や逸話を活かしたキャラクタライズなど、熱狂の秘密を挙げればキリがないが、今回は『刀ミュ』の持つ“物語力”に主眼を置いて進めてみたい。

『刀ミュ』はこれまでトライアル公演、~阿津賀志山異聞~、~幕末天狼傳~、~三百年(みほとせ)の子守唄~、~つはものどもがゆめのあと~、そして今回の~結びの響、始まりの音~とシリーズを重ねてきたが、一貫して描かれているのは3つ。

決して変えられない運命を前にした苦悩と葛藤。アイデンティティの模索と獲得。そして大切な人を想う気持ち。この3つをベースに、丁寧に、丁寧に、刀剣男士のドラマが描かれている。

決して変えられない運命とは、すなわち史実との対峙だ。歴史改変を阻止すべく戦いながらも、一方で時にその使命に背を向けそうになる場面にしばしば刀剣男士たちは遭遇する。使命か、感情か。目の前で顔を歪ませ、声を張り上げ、涙で身を震わせる彼らの姿に、気づけばこちらも爪痕が喰い込むほど強く拳を握って、物語の行方を追いかけてしまう。

刀、というのは面白い。簡潔に用途を言うならば、人を斬るためのものであり、すなわち人の命を奪う道具だ。だが言い換えると、大切な人を守るための道具でもある。奪うことと、守ること。彼らは生まれながらにして矛盾した宿命を背負わされた存在なのだ。だからこそ、常に矛盾と戦い続けるのもまた彼らの宿命と言えるのかもしれない。

何のために存在するのか。何のために生きるのか。その問いが普遍的な共感を呼ぶ

そして2つめは、アイデンティティの模索と獲得。個人的には、ここが『刀ミュ』の面白さの肝だと思っている。刀剣男士は、そもそもは刀。意志を持たない“物”でしかなかった。それが審神者の力によって眠っていた想いに目覚め、戦士となって立ち上がる。名だたる名刀揃いだけに、戦闘能力は抜群。だが一方で、精神面で未熟な者も多く、しばしば脆さを見せる。そこに普遍的な共感があるから、観る者は刀剣男士たちを愛さずにはいられないのだ。

たとえば~阿津賀志山異聞~では、“主を守るのが役割”だった今剣(大平峻也)が、かつての主の想いゆえに暴走するも、最後は岩融(佐伯大地)と共に自らの役割を見つける物語だった。~幕末天狼傳~では、“主に選ばれなかった”側の大和守安定(鳥越裕貴)のコンプレックスが物語の機動力になっていたし、~三百年(みほとせ)の子守唄~では、戦いを好まぬ石切丸(崎山つばさ)の戦わなければいけない理由が、大きなクライマックスをつくった。いずれも自らの存在意義を強く問う作品だった。

このテーマは~つはものどもがゆめのあと~でさらに深まり、今剣は重大なアイデンティティクライシスに直面する。原作でもすでに明かされていた事実ではあったが、ある種、彼らの存在意義を根幹から揺るがす内容だっただけに、真っ向から取り組んだ姿勢には敬意を覚えた。『刀ミュ』は華麗な音楽や殺陣で盛り上げながらも、常に「自分は何者か」という哲学に近い問いを投げかけ続けた、非常に求道的な精神性を帯びた作品なのだ。

その精神は本作でもしっかりと継承されている。今回、最も自らのアイデンティティについて逡巡したのは、巴形薙刀(丘山晴己)だろう。巴形薙刀は、他の刀剣男士と違い、巴形という形状に分類される数多の薙刀の集合体。それゆえ特定の主もいなければ、物語も持たない。アイデンティティそのものをロストした状態で、巴形薙刀は顕現されたのだ。

自分だけ物語を持たないというのは、はたしてどんな気持ちなのだろうか。私たちがこうして日々を生きることができているのは、過去の様々な出会いや経験、そこから生まれる喜怒哀楽が糧となって生きる力を支えているからだ。巴形薙刀には、それがない。にもかかわらず、戦わなければいけない。たおやかな口調ゆえ、その苦悩はありありと見て取れるわけではないが、自分に置き換えてみると、その空虚さは想像を絶する。

近年、「自己肯定感」という言葉が雑誌や書籍でもよく登場するが、これはつまり現代を生きる多くの人が自分のアイデンティティに悩み、生きづらさを抱えている証拠だろう。自分は何のために存在するのか。何のために生きるのか。思春期はもちろん、大人になっても自分というものが見つけられず、傷ついたり苦しんだりすることは多い。だからこそ、眉目秀麗な刀剣男士たちが、自分たちと同じように一歩一歩階段を登りながら、自らのアイデンティティを発見していくさまに、強いシンクロニシティが生まれる。そして、死闘の先に成長を遂げる刀剣男士の姿に、憧れと眩さを覚えるのだ。

その刀身のようにまっすぐで、一途。人々の胸を打つ、主への誓いと仲間との絆

そして3つめは、大切な人を想う気持ち。『刀ミュ』のドラマをつくっているのは、この想いの強さだ。今回で言えば、土方歳三(高木トモユキ)の愛刀である和泉守兼定(有澤樟太郎)に、そのドラマは託された。そして、それが本作の前章にあたる~幕末天狼傳~で、長曽祢虎徹(伊万里有)が直面したテーマであり、長曽祢虎徹もまたその傷を引きずり続けているところに、シリーズものとしての面白さ、群像劇としての面白さが倍加されていた。

刀剣男士たちはみな主に対して忠実だ。中には表面的にはクールな態度をとったり、自由気ままな行動をとる者もいるが、主の命に対しては従順であり、すべてを投げ打つ覚悟を見せる。その一途さが、観る者の心を打つ。

そして、彼らの一途な想いは主だけに向けられるわけではない。同じ刀剣男士の間でも、戦いを重ねるごとに絆が深まっていく。特にそれを感じさせたのが、和泉守兼定と堀川国広(阪本奨悟)だ。相棒の和泉守兼定のために敵陣へと単独で潜入する堀川国広の姿は健気でいじらしく、またかつて自分が経験した苦悩を味わおうとしている和泉守兼定への長曽祢虎徹の包容力も、厚い友情を感じさせる。

極めつきが、陸奥守吉行(田村心)だ。すべての幕引きを担ったのが、同じように元の主の最期を看取った陸奥守吉行であるというところに、刀剣男士の残酷な運命、そして優しさや信義のすべてが凝縮されていた。

そもそもが刀ということもあるが、非常に日本的なのである。忠義の心も、自己犠牲の精神も、この国の歴史が脈々と現代へ受け継いできたものだ。されど、こうした日本人的価値観は今にわかに崩壊し、アメリカナイズされている。そんな現代だからこそ、刀剣男士たちが見せる大和魂や武士道に、多くの人たちが美を感じ、共鳴と陶酔を覚えているように思えた。

今後の動きとしては、ミュージカル『刀剣乱舞』~阿津賀志山異聞2018 巴里~が7月にパリにて始動。8月から東京でも上演される。もちろん原作のゲームをプレイしていればより楽しめるが、今回述べたように、単なるキャラものではなく、ドラマ性も極めて高いため、ゲームを知らない人でも十分楽しめる。最低限、歴史上のどの人物が使っていたか、登場する刀のごく簡単なプロフィールだけ掴んでおけば、あっという間に『刀ミュ』の世界に引きずり込まれてるはずだ。これだけ多くの人を熱狂させるコンテンツの核にあるものは何なのか。その答えは観る人の数だけあるだろう。ぜひ一度この世界にふれて、自分なりの解を見つけてほしい。

ミュージカル『刀剣乱舞』 ~結びの響、始まりの音~

東京公演:3月24日(土)~4月1日(日)@日本青年館ホール
大阪公演:4月8日(日)~4月15日(日))@梅田芸術劇場 メインホール
東京凱旋公演:4月20日(金)~5月6日(日)@TOKYO DOME CITY HALL
原案:「刀剣乱舞-ONLINE-」より(DMM GAMES/Nitroplus)
演出:茅野イサム
脚本:御笠ノ忠次
振付・ステージング:本山新之助

<大和守安定役> 鳥越裕貴
<和泉守兼定役> 有澤樟太郎
<陸奥守吉行役> 田村 心
<堀川国広役> 阪本奨悟
<長曽祢虎徹役> 伊万里 有
<巴形薙刀役> 丘山晴己

高木トモユキ
辰巳智秋
新原 武

藤田 玲他

オフィシャルサイト

Blu-ray&DVD
発売時期:2018年予定
価格:Blu-ray 8,500円+税、DVD 7,500円+税
仕様:本編+特典映像 ※会場予約特典・通販予約特典あり

©ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

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