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ボブ・ディランを「聴いて歌って描きまくる」!浦沢直樹展記念イベントで語られた、マンガと音楽の熱い関係

ボブ・ディランを「聴いて歌って描きまくる」!浦沢直樹展記念イベントで語られた、マンガと音楽の熱い関係

漫画家・浦沢直樹さんの初の本格個展「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」が、世田谷文学館で開催中。『YAWARA!』、『MONSTER』、『20世紀少年』、『PLUTO』、『BILLY BAT』などの作品の膨大な量の原画をはじめ、音楽にまつわるイラストや、ミュージシャンに提供してきたジャケット画、音楽活動もしている自身の作曲メモ、20世紀少年仕様の特別ギターなど、音楽に関連したアイテムも展示されている。今回は、浦沢作品と、そのルーツともいえるボブ・ディランの関係性に迫るイベント「ボブ・ディラン 聴いて歌って描きまくる」の模様をお伝えしながら、その作品のなかにつねに鳴り響く、“音楽”の源泉に迫りたい。

アイキャッチ写真:Yuki Kuroyanagi


1月31日、世田谷文学館。浦沢直樹さんによるトーク&LIVEイベント「ボブ・ディラン 聴いて歌って描きまくる」は大盛況だった。抽選で運よくチケットを手にしたファン200名を前に、浦沢さんが文字どおり「歌って描きまく」ったこのイベント。3月にリリースされたばかりの浦沢直樹さんのニューアルバム『慢音(MANNON)』の楽曲はもちろん、自身で日本語詞をつけたボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』などをアコースティック・ギターで演奏し、熱唱。また、ディランの音楽との出会いから、これまでの人生に与えた影響を熱く語った。

「ボブ・ディランが大好きなんですよ。1972年の吉田拓郎さんの大ブームがきっかけです。そのとき拓郎さんは『和製ボブ・ディラン』と呼ばれていた。当時僕は中学生ですから、ボブ・ディランといえば、ガロの『学生街の喫茶店』の歌詞の『♪片隅で聴いていたボブ・ディラン』のイメージ。つまり、大学生のお兄さんたちが難しい顔をして聴いている難しい音楽だと思っていたんです。でも、僕は拓郎さんに憧れていましたから、拓郎さんに近づくにはボブ・ディランを理解しなければならない!と、ラジオから流れてくるディランの曲を片っ端から録音して聴き込みました。それでも、やっぱりぜんぜん(よさが)わからない(笑)。
修業のように毎日聴き込みました。修業をはじめたのが中学2年生。それで、3年生になるころ、ライブアルバム『偉大なる復活』収録の『ライク・ア・ローリング・ストーン』に出会ったんです。ガラガラガッシャーンと雷鳴がとどろきました。『わかった!』。翌日、その『偉大なる復活』を買いにレコード屋さんに走りました」

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ボブ・ディラン(Bob Dylan、1941-)はアメリカのミュージシャン。フォーク歌手としてデビューし、1960年代前半、公民権運動の高まりとともにブレイク。ビートルズにも影響を与え、60年代の世界的な若者たちの革命の中心人物となった。66年にバイク事故の影響で隠遁するが、70年代中頃に本格復帰、アルバムが立て続けにヒットチャートのトップを記録。70年代の終わりから80年代にかけてキリスト教に傾倒するも、90年代後半以降、何度目かの黄金期を迎えた。半世紀に渡る活躍でロックの殿堂入りを果たした、リヴィング・レジェンドのひとりである。

浦沢さんは以前から、ボブ・ディランのファンとしても有名だが、多くの人がそれを認識したのは『20世紀少年』のケンヂの存在ではないだろうか。

?浦沢直樹・スタジオナッツ/小学館

(c)浦沢直樹・スタジオナッツ/小学館

悪が支配する世界にギター1本で闘いを挑むヒーローというほど勇ましくはなく、若者代表のような姪のカンナに担ぎ出されるのも、何年ものあいだ“隠遁”期間があったのも、その佇まいまでも、ボブ・ディランを彷彿とさせる。おまけに物語終盤、ケンヂが歌って人々に希望を与える楽曲のタイトルは「ボブ・レノン」だ(ビートルズのジョン・レノンもディランに影響をうけた一人)。

中学時代のケンヂが校内放送でT-REXの名曲『20センチュリー・ボーイ』をゲリラ的に流すところから物語がはじまり、ラストも同曲で締めくくられる『20世紀少年』は、ゼロ年代を代表する“音楽的”漫画だと私は考えている。

浦沢直樹展より、『20世紀少年』の第7巻に登場する中学時代のケンヂのカラー原稿。(c)浦沢直樹・スタジオナッツ/小学館 写真:チバヒデトシ

浦沢直樹展より、『20世紀少年』の第7巻に登場する中学時代のケンヂのカラー原稿。(c)浦沢直樹・スタジオナッツ/小学館
写真:チバヒデトシ

“ともだち”という巨悪に立ち向かう策が音楽祭(1969年のウッドストックからヒントを得た野外フェス)というのに意表をつかれたひとは多いと思うが、本気で音楽を信じている人間なら空想せずにはいられない設定なのだ。

音楽の表現の仕方にも驚いた。のちに「ボブ・レノン」と名づけられる“ケンヂの歌”が登場した回では、歌詞が記された吹き出しのなかに、なんとしっかりギターのコードネーム(和音を表す記号)が入っている。

本来は音がついていない漫画における歌の表現方法にはさまざまなものがあるが、“コードネーム入り吹き出し”は、私にははじめて出会うものだった。和音をキーボードで弾いてみて、「浦沢先生はしっかり作曲してから描いてるんだ……」と感動したのを覚えている。その音楽愛のルーツを、この日のイベントではじめて、はっきりと目の当たりにすることになった。

浦沢直樹展より、作曲メモと、コード入りの歌詞(左)。鉛筆で「E」「D」などと添えられているのがコードネームだ。 写真:チバヒデトシ

浦沢直樹展より、作曲メモと、コード入りの歌詞(左)。鉛筆で「E」「D」などと添えられているのがコードネームだ。
写真:チバヒデトシ

『ライク・ア・ローリング・ストーン』を歌い終え、白木哲也さん(ソニー・ミュージック)が壇上に上がった。ディランの40周年から一緒に仕事しているという白木さんに、浦沢さんは熱心に質問。インタビュアー浦沢直樹の手腕が光る。

警官に補導されたディラン、楽屋口で止められてしまうディランの様子を楽し気に語る浦沢さん。「ここぞというときは必ず水玉のシャツにサングラス」「絵描きとして見て、ディランの顔は同一人物と思えないくらい雰囲気が変わる。自分以外の誰かになりたかったんですかね」と、追いかけつづけなければわかり得ない――そして視覚が研ぎ澄まされた漫画家の洞察力でなければ解き明かすことのできないディラン・ヒストリーの解釈には圧倒された。

「以前描いたイラストシリーズに『ライトサイド・オブ・ボブ・ディラン』、つまり“ボブ・ディランの右側”というものがあるのですが、じつはボブ・ディランのジャケットは右向きの顔が多いんです。調べたら、40枚を超えるアルバムのなかで、右向きではない、左向きで右のほっぺがでているのは6枚だけ。デビューアルバムの写真は、よく見るとギターの弦の並び方がさかさまなので、写真が裏焼で、元は右向きだったということがわかる。数少ない左向きのジャケットの中で有名な『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の顔は、坊やみたいにカワイイ。次のアルバム『時代は変わる』は、正面でしかめつら。調べてみると、左向きの顔はみんなかわいいんです。どうやら左を向くといいやつになっちゃうぞってことで、右ばかり向いているようなんですね。もしかしたら、右側はボブ・ディランではなく、ロバート・ツィマーマンさん(本名)の素顔なのかもしれない」

浦沢さんは、ディランを見ていて「この人の顔は、どれが正解なんだろう」と考えてしまうことがあるのだという。『MONSTER』のようなサスペンスや『20世紀少年』のようなSF作品において、「顔や名前のない人物」にこだわりつづける点にもつながりそうな話だ。

その後は浦沢さん所有の貴重なアナログ盤を紹介。ボブ・ディランのアルバムのジャケット写真をスクリーンに投影し、時代時代における出来事やジャケットにまつわるエピソードを語る。『欲望』のジャケットでかぶっている帽子にジョン・レノンが憧れ、『ヘルプ』のころよくかぶっていたとか、別れる間際の恋人とのツーショット写真をジャケットにした『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の中身は失恋ソングばかりとか。

「バイク事故の前、ロンドン・ツアーをしていたディランは、もじゃもじゃ頭で痩せていて、ザ・バンドも水銀のようなエレクトリックな音を出していた。その音に乗せて震えながら歌っているディランを見て、きっと客席にいたであろうデヴィット・ボウイや(T-REXの)マーク・ボランはすごく憧れたんじゃないかな。彼らはのちにディランに捧げる歌も作っている。だから僕は、グラムロックの源流はボブ・ディランだと思っているんです。あの青白い感じに憧れて、みんな化粧で顔を白くしたんじゃないかなって」

1978年、初来日の大騒ぎも鮮明に覚えているという。

「その後キリスト教に傾倒しちゃったときは、“フォークの神様”がなぜ神様に仕えなきゃいけないんだろう、と不思議だった。あとから考えると、1977年にエルヴィス・プレスリーが亡くなっているんですよね。ずっとエルヴィスに憧れていたボブ・ディランが自分自身の“神様”を失って、アメリカでトップにいるのが自分ということになってしまった。そうなった瞬間、『俺は一番じゃないよ。神様じゃないよ』って抗ったんじゃないか。それが僕の推測です」

やがて立ち直ったディランだが、折悪く暗黒の80年代に突入。暗黒を抜けたのは90年代間近だった。

「自伝によると、とあるツアーの途中で、ぜんぶやめて引退しようと決意して夜の街をさまよったことがあるらしいんです。するとクラブで、黒人のじいさんが歌っていた。その声が、すごくよかった。こういうふうに続けてもいいかな、とそのとき生まれ変わったらしいです。
その後、ダニエル・ラノアというプロデューサーとニューオーリンズで録音する。そこから、いまのディランが形成されるんですね。ラノアというひとは、U2とかピーター・ガブリエルのような、エコーのなかで漂うような音を作る人。アメリカーナと呼ばれる、アメリカの古い音楽を探求する方向性も合致したんでしょうね。新しいものはもういい。古いものを探求していく人になる――アルバムジャケットは頭も寝起きみたいなんだけど、アコギ1本に戻ったディランの音楽は冴えていくのです」

Yuki Kuroyanagi

写真:Yuki Kuroyanagi

会場にはボブ・ディランの歴史を浦沢氏が絵で表した原画が展示されるなど、浦沢さんのボブ・ディラン愛がつまっていた。「漫画家・浦沢直樹」の創作のルーツを垣間見ながら、ロックの歴史をたっぷり楽しめた濃密な1時間半だった。

ボブ・ディランの曲を浦沢氏自ら演奏し、それをループさせながらアドリブで絵を描きあげる「ライブ・ドローイング」にも圧倒された。ひとりのアーティスト、ひとつひとつの作品への愛こそが、新たな創作の原動力になるということを、まざまざと思い知らされた時間だった。

浦沢直樹展 プレスブリーフィングにて。写真:チバヒデトシ

浦沢直樹展 プレスブリーフィングにて。
写真:チバヒデトシ

「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」は3月31日まで世田谷文学館にて開催中。
また、ボブ・ディランは4月に2年振り、通算8度目の来日公演が決定している。4月4日の東京オーチャード・ホール公演を皮切りに、全国4都市、12公演(http://udo.jp/)。この機会に、浦沢作品の源流に流れる“音楽”を聴いてみたい。

取材・文 / 高野麻衣

「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」

2016年3月31日(水)まで
世田谷文学館
オフィシャルサイト http://www.setabun.or.jp/

浦沢直樹ニューアルバム「慢音(MANNON)」発売中


ボブ・ディランについての詳細
ボブ・ディラン オフィシャルサイト http://www.sonymusic.co.jp/bobdylan