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中川晃教&入野自由らが“永遠の青春”を伝えてくれる感動作。舞台『銀河鉄道999』~GALAXY OPERA~ゲネプロ&囲み取材レポート

中川晃教&入野自由らが“永遠の青春”を伝えてくれる感動作。舞台『銀河鉄道999』~GALAXY OPERA~ゲネプロ&囲み取材レポート

6月23日より明治座にて、舞台『銀河鉄道999』~GALAXY OPERA~が上演中だ。原作の松本零士によって描かれた漫画『銀河鉄道999』は、1977年の連載開始以来、現在でも老若男女問わず多くの人に愛されている。松本零士の壮大なスペース・オペラが舞台で蘇ることは、ファンならずとも楽しみだろう。そんな舞台のゲネプロと囲み取材が初日公演前に行われた。

取材・文・撮影 / 竹下力

どんな人でも自分の人生と重ね合わせられる

暗闇の中に“ある男”が舞台に立っている。薄暗いピンスポットが当たり始めると、ボサボサの髪、黒縁メガネ、白いダボダボのシャツの男だとわかる。いつの時代かわからないが、その男はペンを持って、紙に向かって何かを書いている。しかし、どんなことを書いているのかはわからない。

しばらくすると、彼のペン先の動きに導かれるように、舞台袖から、星野鉄郎(中川晃教)、メーテル(ハルカ)、続いてクイーン・エメラルダス(凰稀かなめ)、キャプテン・ハーロック(平方元基)が登場。彼らが渦を巻く銀河のように動き出し、舞台が暗転する。

明転した先は、行き場を失った子供たちがガヤガヤと行き交うスラム街だった。まるで戦後すぐの闇市に賑わうアナーキーな日本を生きる子供たちのようだ。そのなかで鉄郎も例外ではなく、仲間と“スリ”を繰り返して日々を生活している。そして、そんな人生を肯定するかのようなラップスタイルの「GALAXY OPERA 999」が歌われる。スラム街の住民と、鉄郎(中川)のライムが絡み合う。クソみたいな生活の中でも「俺たちは生きている」という宣言に聴こえる。痺れる、かっこいい。けれど、鉄郎には野望があり、夢がある。そこでとある金持ち夫妻の「999号」の切符を盗むのだが、警官に逮捕されそうになった間一髪のところをメーテルに助けられる。そこから鉄郎の回想シーンへと繋がっていく──。

そうこれは、“ある男”が描き出した世界であり、『銀河鉄道999』は、劇中劇として成立していることがわかる。

鉄郎の回想シーンで、鉄郎と母親(小野妃香里)は、「999号」の切符1枚を手に、機械伯爵(染谷俊之)の“人間狩り”から逃げ回っているところだった。母親は「永遠の命」を求めて「機械人間になれ」と鉄郎を逃すものの、その母親は機械伯爵に殺され、切符まで取り上げられてしまう。鉄郎は、悲嘆に暮れながら「永遠の命」を手にするために機械人間になること、機械伯爵への復讐を誓う。それは彼の存在意義だ。だからこそ「999号」の切符に執着している。

その後、鉄郎は「999号」の切符をメーテルからもらい大喜びする。そこに彼女の思惑があるとも知らずに。そして、鉄郎のドラマと並行して、“ある男”が、九州から憧れの東京へ旅立とうとしている。 “ある男”と鉄郎の“憧れ”や“夢”は螺旋になって絡み合い竜巻のように空を駆け巡る。

「999号」では、全身がクリスタルガラスのクレア(美山加恋)、車掌(お宮の松)といった様々な個性的なキャラクターと出会っていく。途中下車したタイタンという星では、アンタレス(塚原大助)ら暴漢に絡まれ、トチロー(入野自由)の母親(小野妃香里)に助けられ、そこで“戦士の銃”とマント、あのヨレヨレの帽子をもらう。誰しもが知る、あの鉄郎がありありと浮かび上がる。

その後も彼はメーテルと旅を続け、冥王星で機械になったシャドウ(雅原 慶)から「機械になるとは? 永遠の命とは?」と問いかけられ、心に葛藤が生まれ始める。人間とは? 生きていくこととは? 母の本当の願いとは? そのことに直面し、自分の夢を見失いかけ、身動きが取れなくなったとき、“ある男”が鉄郎を救うために意を決して、自分が作り出した物語の中へ飛び込んでゆく。

いわば、作者が物語に入り込むという非現実の世界が生々しく、そこに立ち上がる。これは演劇ならではの仕掛けであり面白さだろう。そしてトチロー、メーテル、エメラルダス、ハーロックらの手助けもあり、鉄郎は機械伯爵と立ち向かう決意を新たにするのだった。

脚本の坪田 文は、劇中劇という手法を取りつつも、原作『銀河鉄道999』をリスペクトしながら破綻なく物語を進めていく。さらに、映像演出のムーチョ村松の手腕が映え、明治座の舞台を目一杯に使ったスクリーンに、“宇宙”“銀河”“星”といった壮大な世界を、緻密かつダイナミックに映し、本物の宇宙空間を作り上げてみせた。また、作詞の石丸さち子と音楽の久保田 修のタッグは、“憧れ”“葛藤”“焦燥”“悲しみ”などの人間の揺れ動く様々な感情を、フルスケールで表現。ケルト風の音楽、ラップ、壮大なオーケストレーションを自在に操りながら、あらゆる音楽的な手法で観客を魅了していた。演出の児玉明子は、スタッフの力をフルに使い、手に汗握るノンストップのエンターテインメントに仕立て上げた。

スタッフの力を活用しながら、キャストたちは銀河の世界で躍動する。メーテルを演じたハルカは、控えめな感情表現のメーテルを凛とした佇まいで涼しげに好演。鉄郎にとっての母親代わり=母性の象徴としての居ずまいには安心感あった。また、ハルカトミユキとして活躍する透明感のある声と、鉄郎役の中川晃教とのデュエットは、絶妙なハーモニーで、2人の声が交じり合うと、微かな色香も漂い、舞台に華を添えていた。

機械伯爵役の染谷俊之は、鉄郎の人生の大きな壁としてライバル的に存在していたが、実はその壁にはヒビが入っており、機械でいる自分の存在に悩みを持っていた。人間に憧れを抱きながらも、人を殺めることを止められない、そんな狂気にかられた演技には怖いほどの迫力があり、その葛藤を染谷は繊細に描きだしていた。

クレア役の美山加恋は、クリスタルガラスの体を持つという独特のキャラクターを、時にキッチュに、可愛らしく演じ、原作の松本零士が描く、柔らかいタッチの滑らかな女性を、衣装や美しい体躯も交え見事に表現していた。

車掌役のお宮の松は、自身の役どころをしっかりと理解したうえで舞台に存在していた。まさにコメディアンとして場を盛り立てる自身の手腕を発揮し、要所要所で見せるコミカルな動き、ヘンテコな喋り方にはついつい笑ってしまうほど。

また、トチローへの哀歌「風の弔い」で朗々とした歌声を聴かせたエメラルダス役の凰稀かなめには、涙腺が崩壊するほどのクオリティ高い歌力を感じた。

鉄郎の憧れの存在であり父性の象徴として存在したハーロックを演じた平方元基は、鉄郎を鼓舞し助け続ける、まさに理想の父親という愛情深い、懐の深さを持って演じきっていた。

ハーロックの無二の親友にしてエメラルダスの最愛の人、大山トチロー役の入野自由は、鉄郎の映し鏡 “もう一人の鉄郎”のようだった。唯一違うのは、彼は“宇宙病”という不死の病を患っていること。そこで鉄郎は自我を持ち、自ら行動し、生きていくという運命を突きつけられる。トチローは、「イザナギとイザナミ」のように“運命の神”という絶対的な存在で、入野がインタビューでも「先生自身が投影されているキャラクター」と述べたように、松本零士の“魂”を一心不乱に体現している存在だったと言える。さらに、入野と中川による「男たちの螺旋」では、本当にエモーショナルなデュエットを明治座に響かせており、ハイライトのひとつだった。

そして、星野鉄郎役の中川晃教はオープニングからキレのいいライムを炸裂させ、中川が自ら作ったという曲「メインテーマ」では希望を高らかに宣言。そこにはこの舞台にかける彼の決意のようなものもかいま見ることができ、胸に力強く響いてきた。また、彼のひと言ひと言のセリフ、歌声からは、鉄郎が“悩み”“苦しみ”、トチローやメーテル、仲間たちによって支えられながら、生きること、人間であることの答えを見つけ出していく、ひとりの大人になっていく成長過程、感情の揺れ動きを繊細に、まっすぐに伝えてきた。

観劇が終わったあと、胸に宿った爽快感は、まだ旅が続いているという証左なのだろう。人生に終わりはない。インタビューで中川は「現在でも物語が続いているから、どんな人でも自分の人生と重ね合わせられるのが魅力」と語っていたが、人は生き続けるかぎり物語は終わらない。鉄郎は力強く我々に訴えかけてくれた。「これから先、どんな物語になるのかは、あなたが、あなた自身の決断で、勇気を持って決めるのだ」と。

東京公演は6月30日まで。7月21日・22日は福岡公演(北九州芸術劇場大ホール)、7月25日から29日は大阪公演(梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ)と続き、彼らの終わりなき旅は、大千穐楽を迎える。

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