Interview

宇多田ヒカル デビュー20周年を飾るにふさわしいアルバム『初恋』。完成までのプロセス、そして作品たちに注いだ想いを訊く。

宇多田ヒカル デビュー20周年を飾るにふさわしいアルバム『初恋』。完成までのプロセス、そして作品たちに注いだ想いを訊く。

宇多田ヒカルの7thアルバムは、その名も『初恋』。彼女のアルバム史上、初めての日本語によるアルバムタイトルである。そして多くの読者がお気付きの通り、1999年に大ヒットし、今も多くのリスナーに愛されている1stアルバム『First Love』を想起させるタイトルでもある。まさしくデビュー20周年イヤーを飾る上で相応しい、膝を打つタイトルとなった。急逝した実母の鎮魂に捧げられた前作『Fantôme』から1年9ヶ月ぶりにリリースされる本作は、果たしてどのようなプロセスを経て生まれたのか? また、そこで彼女が描いた様々な物語と思いとは? まさに“二度目の初恋”とも言える注目作について、宇多田に話を聞いた。

取材・文 / 内田正樹

『First Love』からの今回の『初恋』という対比が、自分の中ですごくしっくりときました

宇多田さんは先日「宇多田ヒカルの言葉」(エムオン・エンタテインメント刊)という歌詞集を出されました。今回の新作の作詞はどのような環境で進めていったのでしょうか?

前作(『Fantôme』)の時は、ラップトップパソコンで書いた曲もあったんですけど、前回も今回も、ほぼほぼスマートフォンで。基本的に歩きながら歌詞を考えます。家ではあまり考えられないので、歩いてトラックを聴きながら考えて、何かひらめいたらメモして。定番のコースは、ロンドン界隈を歩きながら考えて、途中でいつも行くカフェに入って、そこでちょっとお茶をしながらまた考えて、まとめて、見直して、店を出るとまた歩いてどっかまで行ってっていうのをひたすら繰り返して、最後はスーパーに寄って帰るという(笑)。

それは一度で何時間ぐらいかけるんですか?

作詞がノってきたら何時間でも。どこまで歩いちゃっても、どこを歩いてるかも気にしない。何か生活面のことでやらなきゃいけないこととか、考えなきゃいけないことがあって集中できない時は早めに切り上げますけど。あと、最近はお風呂に漬かっている時も結構ひらめきますね。

アルバムタイトルの『初恋』は、ファーストアルバムの『First Love』を想起させますね。

「初恋」という曲が完成して、そろそろアルバムタイトルを、と考えていた時、ふと、「あれ? 『初恋』でいいんじゃない?」とひらめいて。自分でも象徴的なアルバムタイトルになったと思います。もちろん、『First Love』と『初恋』の間にはいろいろな流れを経ているんですけど、その一方で、私としては特にスタンスを変えたつもりもなく、むしろデビューの頃から今まで、自分が歌っている主題は、基本的にあまり変わっていないと思っていて。そうした思いの中で、かつての『First Love』からの今回の『初恋』という対比が、自分の中ですごくしっくりときました。

その主題をあらためて言葉にしていただくと?

人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。浅いものから深いものまで。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くの場合は無意識に作用して、他者との関係性に影響していく。その無意識の影響を紐解いては、「何故なんだろう?」と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです。

〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、“全てはいずれ終わる”という考えに繋がっていて。

アルバムの一曲目は「Play A Love Song」です。この曲の歌詞の一部は、ご自身も出演されている清涼飲料水のCM撮影の際に訪れた雪原で浮かんだそうですね。

雪の中にいたせいか、〈長い冬が終わる瞬間〉というのがぱっと浮かんで。『Fantôme』には喪に服しているような緊張感があったけれど、今回はそこからの雪解けというか、春が訪れたような生命力や開放感みたいな方向へ向かっていたので。これは今回の全ての曲に通じるんですが、〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、“全てはいずれ終わる”という考えに繋がっていて。“諸行無常”という分かり易い仏教の言葉があるけれど、それを理解して受け入れることというのは、そんなに簡単なことじゃないよねっていう。今回はそういう思いが詰まったアルバムでもあって。

そう思いました。いくつもの“始まり”と“終わり”が詰まったアルバムだなって。

そう感じてもらえたらうれしいです。例えば「初恋」という曲も、恋の始まりとも終わりともとれるように書いています。初恋というのは、それを自覚した瞬間から、それ以前の自分の終わりでもあるので。

「Play A Love Song」の英語の差し込み方からは、『Fantôme』以前のポップさが思い出されました。

自分でも久々に言葉の響きや語呂遊びで“遊べた”気がします。白洲正子さんの『名人は危うきに遊ぶ』というエッセーが昔から好きなんですが、私は“遊び”という言葉が“余裕”という意味で使われていたというのをその本で知ったんです。例えば紐を緩めることを「遊びを持たせる」と表現するじゃないですか。今回の自分の作風や気持ちって、それに近いというか。着物の帯をちょっと緩めて、息を深く吸うような感じで詞曲に臨むことが出来ました。

「初恋」は、『花より男子』の続編テレビドラマ『花のち晴れ〜花男Next Season〜』のイメージソングです。

『花のち晴れ』の原作を読んであらためて気付かされたんですが、神尾さんの作品は、一見、恋愛が繰り広げられる学園もののようで、実は年齢性別を問わない社会や他者との関わり方や、本質的な意味での自分との闘いのプロセスが描かれているんですよね。私、本来、少女マンガってあまり得意じゃないんですけど、神尾さんの作品はだから好きなんだなって。それに気付いたら、曲も歌詞もどんどん膨らんでいきました。

「あなた」は、映画『鎌倉ものがたり』の主題歌でした。

原作のマンガを読んで、あの世とこの世が交差する感じや、この世とは別次元なのかもしれない世界が、この世と同時に進行/存在しているような感じにまずグッときて。あとは、この世に何らかの未練や執着があって、成仏できない存在が異形の物になってしまったという魔物の存在にも気持ちが惹かれて。そこからイメージを膨らませていくうちに、もしも私がいま死んでしまったら、この世に思い残すことは何だろう?と考えたら母親目線が現れてきて、いわゆる“母から子へ”みたいな曲がたまにはあってもいいのかな?という気持ちになりました。でも、ラブソングにも聴こえるし、恋人間や夫婦間の歌ともとれる歌詞だと思います。

たしかにそうですね。

あと、「あなた」の曲は、もともと小袋成彬(※先日、宇多田のプロデュースでメジャーデビューした)君にあげようと思って作曲したものでした。アルバム(『分離派の夏』)の中に、「一曲くらい私が作った曲があってもいいかもね」という話になって。自作を歌う彼とはまた違ったボーカリストの一面を引き出したいと思って試しに歌ってもらったんですけど、歌い辛そうで全く合わなくて、結局、私が歌いました(笑)。その時に学んだのは、私が作るメロディは、私の独特な歌い回しとか声色の操作とか、私が最もこだわる不思議なタイミングのずらし方とか、そういうもの抜きでは成立しないのかなってことでした。この20年、自分が歌う前提でしか作曲をしてこなかったので、当然かもしれませんが。人に楽曲提供ができるほど、自分は器用じゃありませんでした(笑)。

今回は大半の曲のドラムを、クリス・デイヴ(※アデルやエド・シーラン、ディアンジェロの作品に参加)が叩いています。

「誓い」という曲の一部が『KINGDOM HEARTS Ⅲ』のトレーラーで公開された時、「リズムの取り方がわからない」、「どういう拍子だか理解が出来ない」という反応が多かったんです。私自身は、ごく普通で単純な、心地の良い6/8拍子のつもりだったんで、それはとても予想外な反応でした。それであらためて、自分がすごくスウィングを付けていることや、そこに細かく刻んだハイハットがさらにノリを複雑化させていることや、ドラムとピアノが溜めたり突っ込んだりしていることが、実は独特なノリで、誰にでも感じられるものではないんだなと気付かされて。ドラムがクリスじゃなかったら、この曲は成立しなかったかもしれない。「Forevermore」もそうでしたね。私一人のプログラミングで済ませていたら、決してここまでの熱量にはならなかったと思います。

どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか

「Too Proud featuring Jevon」は“セックスレス”について歌われているようですが、このモチーフに着手した動機とは?

これって夫婦に限らず、恋人間でも起こる話で、特に私が書きたいと思った理由のひとつが、もちろん海外でも全くないわけではないんですが、“特に日本で多い”という事実を知ったからでした。これ、海外で話すと、「何でそうなるの?」っていう反応なんですよ。だから日本語の歌として書くことに意味があるなって。しかも以前に観たドキュメンタリー番組から、日本の若い人たちの間でもかなり多いと知って、なおさら探求してみたくなりました。そこから日本で色濃い理由を突き詰めてみると、それは“臆病さ”であり“拒絶されることへの恐れ”なのかなって。セックスに限った話ではなくて。ある程度の自尊心が確立されていれば、仮に信頼している相手から、意図的ではなくとも、傷つけられたり、一時的に受け入れられなかったとしても、そこで「自分に価値がないからだ」とか「もう駄目だ」なんて思わず、また相手に向き合えると思うんです。でも、そこに怖さを強く孕ませてしまう空気が、どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか、すごいじゃないですか。“一度挫折したらもう終わり”みたいな雰囲気とか。

たしかにそうですね。ラップで参加しているJevon(ジェイボン)とは?

ブラジル系のルーツを持つイギリス育ちのラッパーです。私の歌メロ自体がトラップっぽくて、シンコペーションしているノリ方もラップっぽかったので、この曲にはラップが入ったら面白いと思ってラッパーを探していたんですけど、なかなか上手くハマらなくて。それで自分がセンスを信頼している周囲の人たちに相談したら彼の名前が挙がって。適度にやんちゃなんだけど、品性もあるところが気に入って、ほとんど直感でオファーしました。

「パクチーの唄」は、「ぼくはくま」以来の衝撃作ですね。

実は10年くらい前から温存していた曲でして(笑)。でも、そこからどう曲に仕上げたらいいのかがずっと分からなかった。で、この曲には小袋君が参加しているんですが、彼との制作のやりとりの中で、ある日、世間話からこの曲の話になって、歌って披露したんですよ。そしたらもう、「は? 何言ってるの、こいつ?」という無言の表情が返ってきて(笑)。でも「ずっと真剣に悩んでいるんだけど」と話したら、その後、「こんな感じのコードとかどうなの?」というのを投げかけてくれて、ようやく完成に至りました。

ちなみにどうして“パクチー”だったんですか?

単にパクチーを食べるのが好きで、カレーとか鍋とかにいっぱい入れていたから。「ぼくはくま」と同じようなノリですね。書いた時期も近かったかもしれない。すごく気に入っています!

「残り香」は20年のキャリアと30代という年齢があってこそ書けた艶っぽさだと感じました。

たしかに30代感のある歌詞かも。〈ワイン〉なんてこれまで使ったことなかったし。歌詞はかなり悩みましたね。湿気の多い夏の夜に誰かに立ち去られた喪失感のようなものが、うわっと襲って来た瞬間に、ぐでんとしているような色気や艶っぽさというイメージまでははっきりとあったんですが、途中、日本語の作詞にギブアップしかけて、一度は英詞にしようかと思いました。でもお風呂の湯船の中で急に〈肩を探す〉がひらめいて、そこからブレークスルーしました。

その「残り香」の喪失感から「大空で抱きしめて」の浮遊感へと続いてきます。

アルバムの曲順で、特に最後の4曲の順番はよく考えました。「大空で抱きしめて」は自分の曲の中でも珍しいぐらい、前半と後半でがらっと雰囲気が変わるんですが、その転換を演出しているのがストリングスでして。違う世界へと誘うような感じで、やはりストリングが目立つ「夕凪」、「嫉妬されるべき人生」へと続きます。夢の世界のような、あの世のような、またはその中間にあるような場所みたいなイメージですね。

その「夕凪」は、今回、最も作詞で悩んだ曲だったそうですね。

この曲を入れないで11曲にするかというところまで悩みました。本当は『Fantôme』に入れようと思っていたんですが、上手く書けなかったんです。実際、これは「人魚」(※『Fantôme』収録)の頃まで自分を戻して、その延長で書かなきゃ駄目だと覚悟しました。そうじゃないと本来在るべき姿まで曲を持っていけないなって。〈小舟〉や〈波〉という水回りのイメージもあったので、結果としても「人魚」の続編みたいな曲になりましたね。

ラストの「嫉妬されるべき人生」は今作の中でも小説的な要素がより色濃い歌詞です。

パーソナルなようでいてフィクション性の強い、私小説のような歌詞ですよね。日本人の平均寿命から、7、80歳ぐらいの老夫婦を設定して、片方が片方を看取る様子から、二人の出会いまで遡りました。出会って、絆が深まった時、既に数十年後の死別の時を思い描いて、これが最初で最後の恋という気持ちでいる。いつか来る死別の瞬間さえも愛おしく思い描いているという、私にとっての理想型とも言えるカップルをイメージしました。いまの私が書ける“至上の恋”を描く、究極のラブソングにしようと思い付きました。

これまでで最もパワフルなアルバムになったと感じています。

最後に、あらためて、この『初恋』は宇多田さんにとってどんなアルバムになりましたか?

制作の最後に「夕凪」の歌詞が書けた時、全ての物事は始まりでもあり終わりでもあるんだという思いが、一気に収束するような達成感を強く感じられてほっとしました。『Fantôme』とはまた違った重さを備えた、これまでで最もパワフルなアルバムになったと感じています。

その他の宇多田ヒカルの作品はこちらへ

ライブ情報

宇多田ヒカル CONCERT TOUR 2018

11月6日(火) 横浜アリーナ
11月7日(水) 横浜アリーナ
11月14日(水) マリンメッセ福岡
11月15日(木) マリンメッセ福岡
11月22日(木) 日本ガイシホール
11月23日(金・祝) 日本ガイシホール
11月28日(水) 大阪城ホール
11月29日(木) 大阪城ホール
12月4日(火) さいたまスーパーアリーナ
12月5日(水) さいたまスーパーアリーナ
12月8日(土) 幕張メッセ国際展示場 9~11ホール
12月9日(日) 幕張メッセ国際展示場 9~11ホール

宇多田ヒカル

シンガー・ソングライター。
1983年1月19日生まれ。
1998年12月9日にリリースされたデビューシングル「Automatic/time will tell」はダブルミリオンセールスを記録、15歳にして一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。
そのわずか数か月後にリリースされたファーストアルバム『First Love』はCDセールス日本記録を樹立。いまだその記録は破られていない。
以降、アルバムはすべてチャート1位を獲得。2007年にはシングル「Flavor Of Life」がダウンロード世界記録を樹立。
2010年に「人間活動」を宣言し一時活動休止期間に入ったが、2016年4月に配信シングル「花束を君に」「真夏の通り雨」のリリースによってアーティスト活動を本格始動する。2016年9月に発表した6枚目のオリジナルアルバム『Fantôme』は自身初のオリコン4週連続1位や全米のiTunesで3位にランクイン、CD、デジタルあわせミリオンセールスを達成するなど、国内外から高い評価を受けた。2017年3月にEPICレコードジャパンにレーベル移籍。デビュー20周年を迎える2018年、627日に7枚目となるアルバム『初恋』を発売、11月から約12年ぶりとなるコンサートツアーを開催。

オフィシャルサイト
http://www.utadahikaru.jp