【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 79

Column

松任谷由実 オリッピックひかえ、「未来は霧の中に」がデジャヴュする今こそ聴きたいこの名作!

松任谷由実 オリッピックひかえ、「未来は霧の中に」がデジャヴュする今こそ聴きたいこの名作!

ユーミンはかつて、“雑誌を作るようにアルバムを作る”と言っていた。さしずめこの『OLIVE』は、まさにジャケットからして、イタリアあたりのちょっとノスタルジックなファッション誌の表紙のようである。ならば今回は、巻頭からページを捲るように、1曲目から聴いてみることにしよう。

先日、建設中の新国立劇場の近くに仕事で出向き、変わりゆく街の景色を眺めていたら、頭の中にユーミンの「未来は霧の中へ」が流れ出した。今回とりあげる、アルバム『OLIVE』のオープニング曲だ。この歌には、彼女が9歳のときの回想が描かれていて、[東京のまちはオリンピックひかえ]というフレーズも登場する。そう。だからあの場所で、想い出したのだろう。

イントロで聞こえるシンセサイザーの音からして、郷愁を熊手で集めるかのような音色をしてる。でも、かなり長めにボコーダーのロボット・ヴォイスみたいな間奏があり、これ、歌詞を口ずさんでいるのが気配として伝わるが、言葉としてハッキリは聞き取れない趣向である。まさに、未来はいまだ、霧の中なのである。

ツー・コーラス目では4年後へ跳ぶ。彼女が13歳の時、アポロ11号の月面着陸が伝えられ、そのことにも触れている。ただここで、失恋を経験し、捨て鉢な気分ゆえか、人類が[火星に降りても][愕かない]と、そんな風にも歌うのだ。この歌の前半にカルダンやクレージュの名前が出てきて、60年代に流行ったモードのひとつ“スペース・ルック”への言及もあり、[科学も夢を見てた]はずなのに、いきなり根拠を示さず火星着陸の話にもなっていく“非科学性”な結末が面白い。

こういうスタイルの歌、つまり、“その時、自分は何歳だった…”みたいな歌というと、浜田省吾の「路地裏の少年」なども浮かぶ。しかしあれは“十六”からの回想であり、“9つ”からというのは早熟と言える。しかも13歳の失恋のあと、もう恋なんていうのは[みんな同じ]と達観しちゃう。

2曲目の「青いエアメイル」は、イントロなしで歌い始められる。それはまるで、この手紙がふいにポストに届き、このエピソードがカットインして始まったことを象徴するかのような構成とも受け取れる。

それは雨の日に届き、エアメイルの薄い紙質の封筒ゆえ、水が染みないよう手早くポストから取り出した主人公は、1秒でも早く読みたくて、郵便受けと家屋の途中、[傘をほほで]支えつつ、両手で開封するのだった。

この、[傘をほほで]にいたく感動する。まったく同じ経験がなくても、明らかにこういうことは、誰でも思い当たることではなかろうか。日々、生活していて、両手はふさがっているけど、ムリしてでも、その瞬間、済ませてしまいたかったこと。この場合は傘だったけど、受話器を肩で支えた時でもいいし、手の代わりに足を使った、なんて時でもいい。そうした瞬間、ヒトは心が無になるほど集中している。

ユーミンは曲作りにおいて、具体的な経験の有り無しではなく、感情として心覚えの“ある”ことを重視し、描こうとしているのだろう。だから彼女の作品には汎用性があり、紛れもなくポップと言えるのだ。

話題作というか問題作というか衝撃作というか、それは「ツバメのように」だ。投身自殺した女性のことを歌っていて、しかも現場の描写がドキュメンタリー・タッチで生々しい。ただ、この人物のことを深く知る人間は、辺りに誰一人いない様子だ。

そんな重たいテーマとは裏腹に、演奏はカリブ海あたりのビートを思わせ、乾いた音が心地良く、つい腰が動いてしまったりもする。サビのところでは“In Rainy Sky”なんて、主メロに対して他人事っぽい相の手(これもユーミンが歌ってる)も入る。不謹慎だなぁと思いつつも、音楽の効用なんだから仕方ない。

「ひこうき雲」とか「コンパートメント」とか、彼女には「死」を扱ったと思われる楽曲が存在する。“普通はポップスだと、そんな暗いテーマはやんないもんだけどねぇ”と思うのも自由だが、おそらくユーミンは、死後も魂の旅を続くと考えているから、こうした歌も作るのかなぁ、とも思う。

次の「最後の春休み」は、おセンチな青春ソングであり、卒業ソングの傑作でもある。通っていた教室に、もう通うこともないんだと思った時、無造作に置かれた黒板消しさえもが、特別なものへと変わる。誰もが覚えアル、そんな感情を扱っている。

巧みな構成である。卒業した主人公は、ロッカー室の忘れ物を取りに、母校へと赴く。そして、片想いだった相手の机に座り、ふたを開け、そのなかに、埃にまみれたボタンをひとつ、発見する。つまり、本当の“忘れ物”とはロッカー室の私物ではなく……、というわけだ。

「甘い予感」は“夏の恋は続かない説”に抵抗している歌であり、常套的なラブ・ソングをそのまま重ねていくのではなく、なんとか新味をもたらそうという意欲を感じる。曲調は、ビートルズより少し前のシックスティーズの雰囲気だ。歌のなかでは、カーラジオからビーチボーイズが流れる設定となっている。すでに相手とはラブラブな感じであり、そしてそれを、主人公は秋以降も継続希望なのだが、いいところでフェイドアウトして、一部終始は描かれない。

「帰愁」は大胆なほど歌謡ポップス調である。そのあたりを以前、ユーミンに訊ねたら、「これは継子(ままこ)です」とのことだった。作品が子供なら、そんな姻戚関係だということ。次の「冷たい雨」は、ハイ・ファイ・セットでお馴染みの名作を、このアルバムのためにセルフ・カバーしている。賑やかにホーンが加わり、リズムも跳ねていて、雨の温度はさほど冷たく感じない。この歌の巧みさは、ツー・コーラス目でパッと後日談に切り替わるところだろう。しかも歌い出しの歌詞はワン・コーラス目と同じ“冷たい雨”なので、一瞬、繰り返しなのかなと思い、すぐに違うと気付くところ。

さて次は「風の中の栗毛」。主人公は鞍の上の歌だ。「青いエアメイル」同様、郵便が出てくるが、この歌の場合、それは“告白”を意味していて、しかも未開封ならキャンセル可能な状態となっている。ただこれ、空想的というか、聴くヒトにより、印象はさまざまだろう。間奏で、ジョニ・ミッチェルと共演した時のジャコ・パストリアスのようなベースのソロが聞こえてくる。こういうアレンジは珍しい。

さらに「稲妻の少女」は、山下達郎ほかのコーラスも見事な、“耳から飲むエナジー・ドリング”みたいなアッパーなサーフソングなのだが、この登場人物たちは、台風の動向も把握しての“ビッグウエイヴ”狙いであり、歌詞に出てくる[バレーのようなカット・バック]とは、知らなかったので調べたら、波の上でボ−ドをカッコよく回転させることのようだ(もっとちゃんと知りたい人は、自分で調べてください)。

「稲妻の少女」には、ぜひ注目したいフレーズが他にもある。[何のたしにもならない]ことに[ムキになれる]相手を賞賛していることだ。それはまさに、波乗りそのもののことでもある。確かにマルクス経済学的に言えば、なんの生産関係も生まない行為なのである。

この『OLIVE』は、台風の季節のサーフィンの歌から一転、最後は「りんごのにおいと風の国」という、(林檎と風といえばおそらく)青森あたりが舞台の歌で終わっていく。歌詞にハロウィンが出てくので晩秋の季節だろうか。歌詞のなかでの“いのこずち”というひっつき虫系植物の活用は、改めて想えば、のちの「真珠のピアス」の[片方捨てた]作戦に、若干近いと言えなくもない。

このアルバムにおいては、一番静かな曲調で終了である。秋の日はつるべ落とし、なんて言葉があるが、このアルバムはこの曲でつるべ落とし、という感じがしないこともない。

文 / 小貫信昭
写真提供 / EMI Records

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