小田和正『あの日 あの時』特集  vol. 1

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小田和正のたしかなこと

小田和正のたしかなこと

小田和正『あの日 あの時』特集Part.Ⅰ

自分に嘘をつかない音楽・・・ ソロデビューから数えて2016年は30年。 毎年毎年、様々な楽曲が世の中に送られ、流行していくなかで、 小田和正はあくまでも独りで、時代に抗いながら 極めてオリジナルな音楽を創り続けてきた。 今回の特集では、世代を超えてリスナーを惹きつける 小田ミュージックの魔法を紐解いてみたい。

文 / 小貫信昭


 

小田和正に会ったことがあると言うと、「どんなヒトなの?」と訊ねられる。でも、そう訊ねる人は既に自分の中に「小田和正像」を持ち合わせている場合が多い。ではそんな人達の中の小田のイメ-ジとはどういうものなのだろうか? 「己に厳しく、時にその厳しさが他人に対しても伝播する」。まずはこんなことではなかろうか。

厳しいといっても、他者に対して闇雲に厳しいだけなら困りものだ。この場合の「厳しい」を、もし他のコトバに置き換えるなら、「妥協しない」、ということだろうか。いくら理想を掲げたとしても、その1時間後には妥協に浸食されてしまうのが世の常だとしたら、小田の掲げたことは、たやすく浸食などされず、彼の胸の中に深く息づいているように思う。2000年に、彼は「the flag」という歌を発表した。これは学生時代に掲げた理想をかつての同胞に問う内容だった。この歌を堂々と歌えたのは、そんな生き方をしてきたからだろう。こうやって、やれそうでやれないことを貫いていく人間は気高く、なので「小田和正という人間は厳しいらしい」というこの人への評価は、憧れの裏返しでもある。

戦後の日本の(特に金融の世界などで)ひとつの常識であったのが「護送船団方式」という考え方である。簡単に言えば落伍者を出さないよう“一番速度の遅い船に合わせる”。小田のデビュ-からの音楽活動を見てみると、しかしこの方式ではない。目指すのは、お互いが切磋琢磨し、レベルアップすることだ。船の全体の速度を上げることなのだ。音楽の世界に護送船団なる言葉をはめ込むのは最初から無理があるのは承知だが、しかし小田の「厳しい」というイメ-ジは、このことと無関係ではないだろう。

ここで彼が生まれた時代を見てみよう。1947年生まれであり、モロに団塊世代に属する。やたらとヒトが多かった(2015年に生まれた赤ちゃんは100万人強、一方、小田の生まれた1947年は268万人弱もの出生数である)。そして団塊というのは「ビ-トルズ世代」とも言い換えられる。この世代の音楽的な特徴は、アマチュアが鍛錬してプロになるのがそれまでだったら、アマチュアがアマチュアのまま音楽を発信出来るようになったことだ。いわゆるフォ-ク・ブ-ムが起こり、ギタ-のコ-ドを三つか四つ押えることが出来るようになれば、自分にもボブ・ディランみたいなこと(あくまでみたいなこと)がやれる喜びが訪れた。多くの若者にとって、それは何物にも代えがたい自己表現だった。

しかし小田がやりたかったことは、音楽を“やれる喜び”の享受には留まらなかった。音楽に感動したなら、なぜ自分は感動したのか、その理由を隅々まで知りたかったし、オフコ-スの相棒であった鈴木康博とともに、探求に勤しんだのだ。同世代の他のア-ティストとの違いはここにあった。そしてその探求は、フォ-クからニュ-ミュ-ジック、さらにJ-POPと呼ばれる時代になっても、絶えず続けられている。もしかしたら小田は、いまだに音楽を思い通りに“やれてない”のかもしれない。だから彼の音楽は弛緩せずキリリと今も響くのかもしれない。

さて、最初は好きな洋楽のコピ-に熱中していた小田にも、オリジナルを書く日がやってくる。初めての作品が「僕の贈りもの」である。いまもスタンダ-ドとして残っているが、生まれて初めて書いた曲が“習作”的なことに終わらず人々の記憶に残るなんて、実に稀なことだろう。4月20日にリリ-スされる初のオールタイムベストアルバム『あの日 あの時』も、もちろんこの曲から始まる。

小田がなにか新たな活動をすると、ついて回るのが“最年長記録”という文言である。スポ-ツ紙の見出し的には非常に目を引くが、もちろんそこを目指してきたわけじゃない。というのも、長く音楽活動を続けるというのは、同世代を意識するだけで実現するものではないからだ。むしろその時代、その時代、自分が息をしている“今”との絶え間なき戦いなのである。

彼のライヴに行くと、非常に幅広い層の観客が詰めかけているのがわかる。それはつまり、様々な時代に小田と遭遇してファンとなった人達の集まりだからなのだ。もし小田が団塊の世代だけにわかる表現をしていたなら、若い世代からのシンパシ-は到底得られないだろう。もし自分の世代にしがみつくなら、一瞬にしてノスタルジ-のなかの登場人物になりかねない。ここで知りたくなるのは、なぜ小田の音楽は世代を超えて人々を魅了するのか、ということだ。

それは彼の音楽が流行廃りを超えたところで「本物」と感じ取れるものであり続けるからだろう。いや言葉で書くのは簡単だが至難の業である。そもそも「本物」と「偽物」の区別というのは、どこにあるのだろうか。哲学に関する興味深いエッセイを数多く残した池田晶子は、「本物か偽物かというのは、その人間の心の構え、つまり、その人が本物か偽物かということに他ならない」と書いている(『14歳からの哲学』)。目から鱗である。これだけ大勢“ア-ティスト”と名乗る人間がいて、みなは個性的であろうとするが、結局、他人の真似に終わるほうが多いのは、そもそも“人と違うことを”と他人を意識した時点で、自分の中に他人が入り込んでしまっているからだ。では小田和正には、どんな独自性があるのだろうか。

流行のスタイルやサウンドに乗ったりせず、自分のしたいことを自分の出来る範囲でやることで、それは生まれる。自分に嘘をつかない。そう表現してもいいだろう。もちろん“その人間”はずっと同じだし、自分に嘘なくやってれば世に言うマンネリと受取られることにもなりそうだ。実は一度、「小田さんの歌にはよく風が出てきますよね」と訊ねたことがあった。ご丁寧に僕は、タイトルや歌詞にこの言葉が出てくる例を1曲づつ短冊にして持参した。けっこうな数だ。それを本人の目の前に広げると、小田は「こんなにたくさんあるのか」と意外な顔をした。それはまったく無意識のうちにしていたことだったからだろう。たびたび風を歌おうと思ったのではなく、その都度自分に嘘をつかずに表現した結果が、たまたまそうだったということだ。

ふと思うに、マンネリと受取られかねない表現の局面というのは誰にでもあり、これは“その人”の所産なのだということが伝わっていく前の「儀式」かもしれない。そこで不安になり自分にない個性を無理に求めたりしたなら、結局は自分を無くしてしまうのかもしれない。

4月20日にリリ-スされる初のオールタイムベストアルバム『あの日 あの時』は「僕の贈りもの」から始まる。そして最新曲である「wonderful life」「風は止んだ」まで全50曲が収録されている。ベストなのだから過去の名曲満載であるのは確かだ。しかし『自己ベスト』『自己ベスト2』という、過去に出したベスト二作が、単なる名曲集を超えたものであったことを思えば、『あの日 あの時』にもしっかりその方法論が息づいていることだろう。リリ-ス直後のツア-では、ここに収められた名曲達が、惜しげもなく披露されることだろう。春が待ち遠しい。

小貫信昭

80年代より、雑誌『ミュ−ジック・マガジン』を皮切りに音楽評論を開始。以後、主に日本のポップス系ア−ティストのインタビュ−、各媒体への執筆などに携わりつつ今日に至る。主な著書には日本の名ソング・ライタ−達の創作の秘密に迫る『うたう槇原敬之』(本人との共著)、小田和正『たしかなこと』『小田和正ドキュメント 1998-2011』(本人との共著)、人気バンドの凝縮された1年間を繙いたMr.Children『es』(本人達との共著)、また評論集としては、ロック・レジェンド達への入門書『6X9の扉』、J-POPの歌詞の世界観を解き明かした『歌のなかの言葉の魔法』、また、ゼロからピアノ習得を目指した『45歳・ピアノ・レッスン!』などなどがある。現在、歌詞のなかの“言葉の魔法”を探るコラムを「歌ネット」にて好評連載中。

収録曲
【DISC 1】

1. 僕の贈りもの
2. 眠れぬ夜
3. 秋の気配
4. 夏の終り
5. 愛を止めないで
6. さよなら
7. 生まれ来る子供たちのために
8. Yes-No
9. 時に愛は
10. 心はなれて
11. 言葉にできない
12. I LOVE YOU
13. YES-YES-YES
14. 緑の日々
15. たそがれ
16. 君住む街へ

【DISC 2】

1. 哀しみを、そのまゝ
2. between the word & the heart-言葉と心-
3. 恋は大騒ぎ
4. ラブ・ストーリーは突然に
5. Oh! Yeah!
6. そのままの 君が好き
7. いつか どこかで
8. 風と君を待つだけ
9. 風の坂道
10. それとも二人
11. my home town
12. 真夏の恋
13. 伝えたいことがあるんだ
14. 緑の街
15. woh woh
16. the flag
17. キラキラ

【DISC 3】

1. たしかなこと
2. 大好きな君に
3. 明日
4. 風のようにうたが流れていた
5. ダイジョウブ
6. こころ
7. 今日も どこかで
8. さよならは 言わない
9. グッバイ
10. やさしい雨
11. 東京の空
12. その日が来るまで
13. 愛になる
14. そんなことより 幸せになろう
15. やさしい夜
16. wonderful life
17. 風は止んだ

小田和正スペシャルサイトhttp://www.kazumasaoda.com/

オフィシャルサイトhttps://www.fareastcafe.co.jp/

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